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 ちなみに、エルの家に来るまでにある裂け目だが、ピテルが通い始めて3日程で、簡単な橋が架けられた。

 山の奥の方から、かなり長くて立派な木を何本か切ってきて、魔法でちょいちょいと加工したとのことだった。

 邪魔になりそうな枝は適当に落とし、少々野性的な丸太になったそれらを半分に割って、横に並べる。そして、長さが足りない部分はどうやったのか分からないが、縦にも繋げてあった。

 そんな見た目の橋は、両端がそれぞれ生きた木に埋め込まれ、そこから伸びた蔦が巻き付いているような不思議な現象が起きていた。


“橋を作っておいたから、明日からそれを使え”と言われた翌日、ピテルは橋の前で呆然と立ち尽くした。

 1日で橋が架かるという非常識さもだし、生きた木から橋が生えているように見えるのは、完全に理解不能だった。

 しばらくしてから正気を取り戻した少年は、潔く思考を捨てることにしたという。


 後から聞いたところによると、エルは初め、転送装置を作ろうと思ったらしい。

 しかし、必要な魔力を宝魔晶で補うとしても、装置の仕様として、とりあえずピテルしか使えない物になる。それよりは、誰でも使える橋が良いだろうと考えたとのことだった。



 さて、そんな橋を渡って、2人は街へとやってきた。

 エルファヌはあまり歩くのが好きではないらしいが、ピテルと街へ向かう度にあれこれ言い合っていたので、とりあえず諦めたようだ。

 出発の前に“飛行車……いやせめて魔行車は用意するぞ……”などと恨みがましく口にするのはご愛敬だ。


「そう言えばおれ、時遣組合って入ったことないわ」


 街外れから組合に向けて歩く道すがら、ピテルが言った。

 時遣組合は中央通りにあるので、街に入ってからも少々歩くことになる。


「そうか。俺も最近使ってねえから、行かせたこともなかったか」


「うん」


「なら、今日ついでに依頼の出し方とか教えるわ。今後、必要な素材も出てくるだろうしな」


「分かった」


「にしても、俺のところで働く前に、組合に入るって考えはなかったのか? 給料は、どっこいだったかもしれねえけどよ。……ガキだと厳しいか?」


 保証金さえ払えれば、基本的には誰でも働くことが出来る時遣組合だが、いくら先着順と言えど子供は職員に止められる場合もあった。そうなると、給料の安い不人気の任目しか受けられないということになる。


「うーん、それもあるんだけど……そもそも、保証金すら払える状況じゃなかったんだ」


「払えない場合に回してもらえる仕事もあるぞ? 誰もやりたがらないような任目だけどな。でも、それやって金貯めて保証金にするやつもいる」


「へえ、そうなのか。まー、でもさ。多分あのぎりぎりの状態で、もっときつい仕事って無理だったと思うし、やっぱ学校行きながらじゃ大して変わんなかったんじゃねえかな」


 エルは、確かにと頷いた。


「エルは、どんな仕事受けてたんだ? 戦闘系ばっかり? あ、採取とか?」


「俺は、戦闘ばっかだな。魔獣狩ったり、害獣狩ったり。後は護衛なんかも少しやったぞ。採取は、受けたことねえな」


 エルファヌはそう言うが、時遣組合にある任目で一番多いのは、土木関係などの単純な力仕事である。

 次に多いのが、農作業の手伝いや、公共スペースの掃除、そして簡単な道具の組み立て作業等々だ。


「そうなんだ? 薬屋なのに? 得意そうじゃん、そういうの」


「いや、俺が魔法薬やり始めたのは、時遣者になって結構経ってからなんだわ。教えてくれた爺さんのとこで働き始めてからはあんまり組合の仕事は受けなかったし、自分で必要な分を採りに行くことはあっても、任目でやったことはないな」


「へえ……。ん? そしたら、エルはいつから働いてるんだ?」


 ピテルは首を傾げた。

 エルファヌの年齢は知らないが、おそらく20代後半だと思っている。

 時遣者になって、しばらく経ってから薬を習い始め、その後にまた時遣者として働いていたのなら――魔法薬はそんなに早く習得出来るものなのだろうか? それとも、かなり若いうちから働いていたのだろうか?

 今まで詳しい過去の話は聞かなかったが、少々興味が湧くピテルであった。


「16だ。2年で赤札2枚持ちだぜ、すげえだろ?」


 エルファヌは、ふふんと笑った。


「えっ……! そりゃ……かなりすごいな」


 ピテルは目を見開いた。


「だろ? ただ、まぁ……ここに店を構えた時に、まあいいかって正直に申請したのは――あれはちょっとばかし失敗だったな。なんの用件か知らねえが、まさか呼び出されるとは」


 組合に登録している者は、基本的にその地域から移動することはない。しかし、家族の転勤や、どうしてもその地域に任目がない場合は移動せざるを得ない。

 そんな時には、保証金を払った組合に申し出て“支払い証明書”という紙を貰うのだ。

 金に余裕があるのなら保証金を払い直せば良いのだが、残念ながら時遣者でそこまで余裕がある者は少ない。そもそも組合自体が、まともな職に就けない庶民の救済機関の側面が大きいのだ。

 また、エルファヌのように旅をしながら組合を転々とする者も居ないではないが、商人以外で旅暮らしというのはかなり珍しい。移動手段が限られている上、整備されていない場所では魔獣や害獣の危険もあるのだから、戦えない人間にとって旅が厳しいのは当然のことだった。


「申請って? なに“おれ、赤札もってるぞー!”って言うのか?」


「言わねえよ、馬鹿。いや、大半のやつは言うか。優先して任目受けられることもあるし」


 ピテルはどうやら、証明書のことは知らないらしい。

 エルファヌは、支払い証明書のことを説明した。


「なるほど。ってことは、前に登録してた組合で特に問題起こさなかったら、違う街に行っても保証金要らないんだな」


「そうなるな」


「でもじゃあなんで、札持ちだってバレるんだ? その証明書とやらに書いてあるのか?」


「いや? 書かれないぞ。バレたのは、俺が証明書を貰ってこなかったからだろうな」


「は?」


 札持ちだったとしても、証明書にはそれが記載されることはない。

 ただエルが言うように、優先して受けられる場合や、ごく稀に札持ち以外は受けられない場合もあるため、大半の人は自分から報告するのだ。

 とはいえ、報告の義務もないので隠そうと思えば隠せる。一握り以下の“名前が売れてしまった”時遣者が、騒がれたくなくて隠すことはあった。もちろん、目立ちたがり屋が逆のパターンを行くこともあるが、エルはどちらかと言えば前者だ。


 そんなエルファヌなので、街を移動する際には、大体はきちんと証明書を貰っていた。大体は。

 その“大体”に入らなかった時に、札持ちが受けられる恩恵がある。

 それが、札を提出すれば証明書がいらない、ということだった。

 偽物じゃないか軽く調べられはするが、もし偽物だったとしても、困るのは大抵本人だ。優先されたり、札持ち以外お断りだったりの任目は、当たり前だがそれなりの働きが求められる。もし出来なかったのなら、偽物だとすぐに分かるのだ。


「証明書貰い忘れて来ちまってよ。でもどっちにしろ組合は依頼で使うだろうし、もしかしたら何かあって任目受けるかもしれねえし。いやー、保証金払い直しても良かったんだけどな、しばらくここに住むつもりだから、正直に伝えとくかと思ってな」


 ピテルは少しだけ、呆れた顔をした。


「へー……。なんて言うか、エルは別に目立ちたいとかないんだな。都会に行けば、結構有名な時遣者とかいるじゃん」


「受けられる任目はほとんど変わんねえのに、目立つ意味あるか?」


「うーん、モテる、とか?」


「はんっ! 興味ねえな!」


 エルファヌは鼻で笑った。


「大体、時遣者なんてモテねえよ。結局、底辺の仕事だからな。定職に就けないやつのなれの果てだ」


「そうでもないだろ? うちの街には有名な人いないけど、都会じゃ姿絵が売られてる人だっているらしいじゃん」


「そんなのは、地蟲のやつらがほとんどだろが」


「いや、まあそうかもしれねえけどさー。地蟲って……かっけえじゃん、魔窟探索者!」


 魔窟探索者、または探魔者とは、エルのように“地蟲”と毛嫌いされることもあれば、ピテルのように“かっこいい”と言われることもある者たちだ。

 彼らは、魔窟という、普通の人間からすれば危険極まりない場所を探索することを職としている。ただ、職とは言っても、時遣者のように給料が支払われるわけではなく、魔窟で得た物を金に換えて生活しているのだ。

 当然、保証なんてどこにもない。なので、普通は探魔者などになろうと考えることはまずないのだが、世の中には変わった人もいるのだ。

 そして、当たれば一攫千金を羨んだり、単純に強さに憧れる一般人もいる。

 エルファヌの赤札に興奮した少年が“かっこいい”と考える方なのは、当然かもしれなかった。また、元々庶民には探魔者に対する忌避感があまりないことも関係しているだろう。


「頭おかしいのばっかだぞ、あいつらは。遠くから見てる分には、まあ良いのかもしれねえけど。見てくれは山賊崩れだと思うけどな」


「えっ!? 知り合いがいるのか!?」


「あー……まあ」


「有名な人!?」


「ん!? いやー……はは、それは、どうだったか……」


 エルファヌは、一瞬“しまった!”という顔をした。明らかに何か誤魔化している。


「誰!? 誰!? おれも知ってる人かな!?」


「いや、ぜんっぜん! ぜんっぜん、有名じゃねえから!」


「えー誰だよ! あ、探魔者になったら会えるかな!?」


「おまっ、やめろよ、マイケが泣くぞ! 息子が地蟲になんかなろうもんならな! あんなキチガイ集団、ほぼ山賊みてえな――あ! ほら、着いたぞ」


 丁度組合に着いたのをこれ幸いと、エルは少々速足で中へ入って行った。


「あ! ちょっと! ……くそー教えてくれたって良いじゃないかよっ」


 ピテルも不貞腐れながら後を追った。

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