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その後、食事を始めてもピテルはなんだかそわそわしていた。どうしても札が気になるのだろう。
エルファヌは、苛々しながらもしばらく気づかない振りをしていたが、やがて大きな溜息をひとつ吐くと、無言で首にかけていたチェーンを外し、放った。
「見ても面白いもんじゃねえぞ。ガキが」
あたふたしながらキャッチしたピテルに、吐き捨てるように言った。
「うわあ、すげー! こんな感じなんだな! すげー!」
少年は、エルの暴言は聞こえないらしく、夢中で札を観察している。
「結構重たいんだな!」
「……ああ、金属で出来てるからな」
シチューを頬張りつつ、エルファヌはめんどくさそうに応えてやった。
「っていうか、2枚も持ってんじゃん! すげえ!」
「ああ、そうだな」
「こないだは剣使ってたけど、やっぱ一番得意なのか!?」
「ああ、そうだな」
「すげー!」
「ああ、そうだな」
エルファヌは最早、適当に頷くだけの機械と化していた。
少年というものは、やはり強さに憧れるものらしい。すげーすげー言うのに忙しいのか、ピテルの前にあるシチューは、まだ一口も手が付けられていなかった。
「おい、ピテル。もし組合に着いてきたいなら、早く食っちまえ。置いてくぞ」
「い、いく! ちょっ、今食うから!」
エルファヌは慌てて食べ始めたピテルを見て、これでようやく落ち着いて飯が食えるとばかりにため息を吐いた。
それから少しして、早々に食べ終えたエルファヌが、石煙草の青い煙を吐き出す。
「お前さ、騎士でも目指してんの?」
「え?」
シチューにがっついていたピテルが、不思議そうに顔を上げた。
「いや、こんな札ごときで喜んでるみたいだから。戦闘職目指してんじゃねえかと」
エルファヌは、首にかけ直していたチェーンを引っ張り出した。その先には、当然赤証札が2枚ぶら下がっている。服の中に入れていて見えなかったが、どうやら普段からつけっぱなしだったようだ。
「ううん、全然。 そもそも庶民が騎士とか無理だろ」
この王国での騎士とは、王族や領主などに直接仕える者を指し、叙任されなければなることが出来ない。
また、名ばかりで扱いは微妙なところではあるが、貴族として数えられる。
基本的には一代貴族だが、親の後を継ぎ同じ主君に仕える場合に限り、子も同じ扱いで貴族となる。
騎士になれば貴族なのだから、親の後を継ごうが継ぐまいが変わらないと思われるかもしれないが、そんなことはない。
古くから騎士の家系は、頂いた称号や名誉、立場などがあり、実質的にそれらを引き継いでいくことになるからだ。周りからの評価や扱いは当然変わるし、所属する騎士隊での出世も早いことが多かった。
「そうとも限らねえけどな。平民から騎士になったやつも結構いる」
「そうなのか?」
「ああ。まあ、確かに平民でも金持ちが多いけどな。専門学校が高えから」
騎士だった親が死に、直接引き継ぐことになったなどの特殊な事情がなければ、大体が専門学校に通うことになる。
前述の通り必須ではないのだが、伝手も実力もなくいきなり騎士として叙任されるなんてことはありえない。そのため、殆どは専門学校を出て従騎士となり、騎士を目指すことになっていた。
ちなみにごく稀な例として、高位貴族の跡継ぎ以外の子が、色々な要因から従騎士をすっ飛ばすこともあるのだが、どちらにしても平民には関係のないことだ。
「そりゃそうだよね」
「つーかピテルはちびだから無理か」
ピテルはぎろりと睨んだが、言い返しはしなかった。自分が体格に恵まれた方ではないという自覚はあるのだ。
「もし戦いを学びたいなら、軍の方が学校は安いぞ。でっかくなれたらだけどな!」
エルファヌは揶揄うように笑った。
「誰もそっちに興味あるなんて言ってないだろ」
ピテルは、ちぎってあった最後のパンをシチューにつけ、口に放り込んだ。
そして、がちゃがちゃと心情を表すような音を立てながら、片づけを始めた。
「おー、ありがとよ。ごっそさん。美味かったぜ」
「ふんっ! お粗末様でした!!」
揶揄われてご機嫌斜めの少年は、水をいつもより多めに使いながら、荒っぽく皿を洗った。
悪い大人はにやりと笑って、取り出した黄色の石を煙草へとはめ込んだ。
食器が片付け終わったころ、エルファヌが思い出したように声をかけた。
「そういや、マイケはどうしてる? そろそろまた薬なくなるだろ?」
ピテルの母であるマイケ・ミックは、ピテルがここで働き始めてから、エルファヌの薬を貰っていた。
「あー、結構起きてられる時間が長くなったかな。まだ大体ベッドの上に居るけど……でも前と比べたら、かなり良くなってると思う」
「そうか。そろそろもう一回診に行こうかと思ってんだけどな。良くなってきてるなら、薬変えた方が良いかもしれねえし――あ、そうだ。世話になってるっていう医者に来てもらえよ。薬はこっちで出すから。俺、元々診察は本業じゃねえし、その方が良いだろ」
「なるほど……分かった、そうする」
「ああ。それと、ナターリアのところはこないだ持って行かせた分で足りてんだよな?」
ポンテッテ雑貨店の納品は、3日前に行ったときに済ませてある。今日は特に何も言われなかったので足りているということだろう。
ピテルはこくりと頷いた。
「何も言われなかったから。組合に行ってくれってこと以外」
「よし。じゃあ、さくっと行くか。今日はとりあえず採取も大丈夫だし、お前も来てそのまま帰って良いぞ」
「分かった」
「――あ、ちょっと待て。明日学校休みの日か? そしたら、今日給料か。待ってろ」
「……ありがとう」
どんな職業でも、時遣者以外の給料は、月毎に払われることが多い。
しかしピテルの場合は、エルの提案で今のところ週ごとに払われていた。面接に来たのが学校の休息日だったので、その日から数えて1週間分を次の休息日の前の日に貰っていた。
「つーかお前、どっか1日休んで良いって言ってんのに、毎日来てるよな」
言いながらエルファヌは、左手の中指にはめた指輪の石に逆の手で軽く触れ、一言何かを呟いた。
すると、気づいたときには右手に何枚かの硬貨が握られていた。
エルファヌによれば、これは“財布”だそうで、他にも荷物を入れるための溜魔晶もある。
魔力が尽きない限りは、決められた容量まで、重さを感じずに出し入れすることが出来るので大変便利なのだが、もし魔力が尽きたら、入れておいたものは全て消滅するので注意が必要だった。
ピテルも、これとほぼ同じ効果のある鞄を借りたことがあったので、もう今更驚きはしなかった。
ただ、一般でも“無限魔鞄”として売られているこの鞄の値段を聞いたとしたら、冷静では居られなかっただろうが。
「毎日来たら、迷惑か?」
「いや、そんなことはねえけど。休みの日は普段より早く来るし、たまには遊びたいとか、休みたいとかないのか?」
「ううん。別に遊びたいとかねえし、休みもいらない。今までより、体力的にはずっと楽だしな。それに、来たら給料くれるだろ?」
「そりゃな」
「迷惑?」
「いや」
「なら、来るわ」
ピテルはししっと笑った。
「お前が良いなら、良いんだけどよ。無理して倒れんなよ。薬が2人分になるぞ」
「大丈夫だよ。つーか、来ても大して仕事ない日もあんじゃん。山歩きもだいぶ慣れたし、全然きつくねえよ」
「そうか」
街での評判があまり良くない魔法薬屋は、思ったよりもずっとお人よしらしかった。
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