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「薬は、どこで貰ってるんだ? 魔法薬……なわけねえかぁ……」


「街のお医者さんで貰ってる。倒れた時に診てもらって、そこからは薬だけ買ってるんだ」


 エルファヌが“魔法薬なわけがない”というように、魔法薬は普通の薬とはかなり価格が違う。

 普通の薬だと、簡単な回復薬で銅貨1枚くらいからなのに対し、魔法薬は最低ランクのEの薬屋のものでも、銀貨5枚と値段が跳ねあがる。

 もちろん、その分の効き目はあるのだが、庶民が気軽に買えるようなものではないのは確かだ。


「なるほどね。それで、今はどのくらい働いてる?」


「えっと、パン屋で仕込み手伝ってから学校行って、おれの場合学校は昼までだから、帰ってから夕方までは、飯屋の厨房で下働きさせて貰ってる。休みの日は昼間も働けるから、もうちょっとやるけど、大体飯屋かなぁ。……どっちも母さんが働いてた店なんだけど、いい人達でさ、時間短くても雇ってくれてるんだ」


 ピテルの言うように、本当にいい人達なのだろう。14という年の割に体の小さいピテルは、力仕事ではあまり戦力にならないはずだ。

 どうやら、近所に支えられて何とかやってきたらしい。


 エルファヌは、あごに指をあてて少し考えた後、小さく頷いた。


「分かった。じゃあ、俺は日に銅貨3枚やろう。休息日は1日、どっか好きな時にとれ。別に毎週一緒じゃなくてもいいぞ。あ、もし金に困ってたり、暇だったりしたら、来てもいい。給料もちゃんとやる。その代わり、今やってる仕事は、事情を話して全部辞めさせてもらえ。学校が終わり次第、用がなければ店に来い。」


「えっ……?」


「なんだ? 不満か?」


「いやっ……そうじゃないけど……」


「じゃああれか? 店をやめたら迷惑が掛かるか?」


「たぶん……それは大丈夫」


 ピテルは悔しさを滲ませて言った。自分でも厚意で雇ってもらっているのは分かっているのだろう。


「それなら問題ねえな」


 エルファヌはそう言って、石煙草を口に咥えて吸った。だが、もうなくなっていたらしく、小さく不満げな声を漏らした。


「やべ、桃色しかねえや……気分じゃないんだけどな」


 そうは言いつつも、未練たらしくポケットを漁って他の石がないのを確認すると、渋々桃色の石をはめた。


「何か、質問は?」


 エルファヌは、桃色の煙をふーっと吐き出した。


「えっと……そうだ、仕事内容は、毎回聞けばいいのか?」


「あー、そうだなぁ……雑貨屋には顔出してから来てもらった方が良いのかもなぁ……あとは買い出しか……まぁ、良いか。追々考えるわ! とりあえず、俺の指示に従えば良いから」


「……分かった」


「じゃあ、もういいか? 納品あるから、とりあえず街に――」


「あ! あのっ」


 ピテルは、突然思い出したように声をあげた。


「あん?」


「名前……あんたの名前は、なんていうんだ?」


 その言葉を聞いたエルファヌは、目を見開き固まった後、じわじわと肩を揺らして笑い出した。


「少年……俺の名前も知らないで来たのかよ! はははっ! おもしれえなあ、お前!」


 ピテルは気まずそうに眼を逸らした。


「気に入ったよ、ピテル。――俺は、エル・ニカモだ。好きに呼べ」


「エル、さん」


「ああ」


「あの……ありがとう、ございます、色々と……給料の分は、頑張って働くんで……!」


 ピテルは、ばっと頭を下げた。


「なんだ、突然。気持ちわりいな。普通通りにしろよ。なんだったら“エル”で良いぞ、エルで。」


 エルファヌは器用に片方の眉をあげると、立ち上がって少々乱暴にピテルの頭に手を置いた。


「行くぞ」


「は、はいっ……いや、うん、分かった」


 先に歩き始めたエルファヌに、慌てて返事をしたピテルだったが、エルの言う“気持ち悪い”言葉遣いをしたところ、思いきり睨まれるというおまけがついた。


“今更だから直す必要がない”という主張と“けじめはつけるべき”という心理が働いた言葉遣いは、結局雇い主の意向に沿うことになりそうだ。



 その後エルファヌは、1階に降りかけたところを思い直し、ピテルだけ先に行かせた。

 そして自分は、ツリーハウスの2本の木の間――枝の絡まった上にある小屋に向かった。テラスの反対側に位置するその小屋は、薬を作るのに使ったり保管に使っており、2階部分から出られるようになっている。主に仕事で使うので、他と比べて建物自体が大きめだ。


 小屋に入ると、まずはディムタに持っていく傷薬を用意した。これがなくては納品も何もあったもんじゃない。

 次に、依頼のあった医癒院の回復薬と毒消しと熱さまし等を取り出し、机の上にある透明の台へ置いた。

 その台は、厚みが人差し指の長さくらいで、縦横がどちらも両手を目一杯開いて並べたくらいの正方形だ。材質は透明度の高いガラスに似た何かで、中が空洞になっているわけではないのに、色とりどりの小さな石が埋められ模様になっている。また、中に埋められた石のほかに、台の表面にもいくつか石が取り付けられていた。


 エルファヌは、台の上部四隅に付けられている石のうち、手前右側のものに不思議な模様の書かれた板を重ねた。

 そして、反対側――左側手前に手を置き、魔力を流し込む。

 すると、台に置かれていた薬がすっと消えてなくなった。医癒院へと、転送されていったのだ。


 この無駄にきらきらした台は、そのまま転送台という。もう少し機能を減らした巻物状のものは、転送陣などとも呼ばれていた。

 それらは、離れたところにある陣へと物を送ることが出来る道具なのだが、如何せん高い。特にエルファヌが持つ転送台は、送受信どちらも可能な上に“とある人物”の特別製なので、もしピテルが値段を聞いたら腰を抜かすだろう。

 しかし幸い、よく納品する医癒院は余裕があるらしく転送陣を所有していた。逆に言うと、だからこそエルファヌの薬をよく買ってくれるというわけだった。


「あ、しまった、納品書つけるの忘れたな……」


 エルファヌが呟いた瞬間、転送台の右奥の石が光った。そして気づくと、代金の入れられた袋と、まあまあ上等な紙が一枚送られてきていた。

 つけ忘れた納品書の代わりに、送ったものの確認とサインがされており、その下に“次回も同じ内容でお願いします。3日後に”というメモがあった。


「あそこの事務員は優秀だな」


 事務員が優秀なのもあるが、エルファヌが今までに何回も忘れてきた結果でもあった。


「さて、今度こそ街行くぞ。ナターリアんとこも転送出来たら楽なんだけどなぁ。……ま、無理だよな」


 エルファヌは用意した傷薬を持ち、ピテルが居る店へと戻った。

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