6
「薬は、どこで貰ってるんだ? 魔法薬……なわけねえかぁ……」
「街のお医者さんで貰ってる。倒れた時に診てもらって、そこからは薬だけ買ってるんだ」
エルファヌが“魔法薬なわけがない”というように、魔法薬は普通の薬とはかなり価格が違う。
普通の薬だと、簡単な回復薬で銅貨1枚くらいからなのに対し、魔法薬は最低ランクのEの薬屋のものでも、銀貨5枚と値段が跳ねあがる。
もちろん、その分の効き目はあるのだが、庶民が気軽に買えるようなものではないのは確かだ。
「なるほどね。それで、今はどのくらい働いてる?」
「えっと、パン屋で仕込み手伝ってから学校行って、おれの場合学校は昼までだから、帰ってから夕方までは、飯屋の厨房で下働きさせて貰ってる。休みの日は昼間も働けるから、もうちょっとやるけど、大体飯屋かなぁ。……どっちも母さんが働いてた店なんだけど、いい人達でさ、時間短くても雇ってくれてるんだ」
ピテルの言うように、本当にいい人達なのだろう。14という年の割に体の小さいピテルは、力仕事ではあまり戦力にならないはずだ。
どうやら、近所に支えられて何とかやってきたらしい。
エルファヌは、あごに指をあてて少し考えた後、小さく頷いた。
「分かった。じゃあ、俺は日に銅貨3枚やろう。休息日は1日、どっか好きな時にとれ。別に毎週一緒じゃなくてもいいぞ。あ、もし金に困ってたり、暇だったりしたら、来てもいい。給料もちゃんとやる。その代わり、今やってる仕事は、事情を話して全部辞めさせてもらえ。学校が終わり次第、用がなければ店に来い。」
「えっ……?」
「なんだ? 不満か?」
「いやっ……そうじゃないけど……」
「じゃああれか? 店をやめたら迷惑が掛かるか?」
「たぶん……それは大丈夫」
ピテルは悔しさを滲ませて言った。自分でも厚意で雇ってもらっているのは分かっているのだろう。
「それなら問題ねえな」
エルファヌはそう言って、石煙草を口に咥えて吸った。だが、もうなくなっていたらしく、小さく不満げな声を漏らした。
「やべ、桃色しかねえや……気分じゃないんだけどな」
そうは言いつつも、未練たらしくポケットを漁って他の石がないのを確認すると、渋々桃色の石をはめた。
「何か、質問は?」
エルファヌは、桃色の煙をふーっと吐き出した。
「えっと……そうだ、仕事内容は、毎回聞けばいいのか?」
「あー、そうだなぁ……雑貨屋には顔出してから来てもらった方が良いのかもなぁ……あとは買い出しか……まぁ、良いか。追々考えるわ! とりあえず、俺の指示に従えば良いから」
「……分かった」
「じゃあ、もういいか? 納品あるから、とりあえず街に――」
「あ! あのっ」
ピテルは、突然思い出したように声をあげた。
「あん?」
「名前……あんたの名前は、なんていうんだ?」
その言葉を聞いたエルファヌは、目を見開き固まった後、じわじわと肩を揺らして笑い出した。
「少年……俺の名前も知らないで来たのかよ! はははっ! おもしれえなあ、お前!」
ピテルは気まずそうに眼を逸らした。
「気に入ったよ、ピテル。――俺は、エル・ニカモだ。好きに呼べ」
「エル、さん」
「ああ」
「あの……ありがとう、ございます、色々と……給料の分は、頑張って働くんで……!」
ピテルは、ばっと頭を下げた。
「なんだ、突然。気持ちわりいな。普通通りにしろよ。なんだったら“エル”で良いぞ、エルで。」
エルファヌは器用に片方の眉をあげると、立ち上がって少々乱暴にピテルの頭に手を置いた。
「行くぞ」
「は、はいっ……いや、うん、分かった」
先に歩き始めたエルファヌに、慌てて返事をしたピテルだったが、エルの言う“気持ち悪い”言葉遣いをしたところ、思いきり睨まれるというおまけがついた。
“今更だから直す必要がない”という主張と“けじめはつけるべき”という心理が働いた言葉遣いは、結局雇い主の意向に沿うことになりそうだ。
その後エルファヌは、1階に降りかけたところを思い直し、ピテルだけ先に行かせた。
そして自分は、ツリーハウスの2本の木の間――枝の絡まった上にある小屋に向かった。テラスの反対側に位置するその小屋は、薬を作るのに使ったり保管に使っており、2階部分から出られるようになっている。主に仕事で使うので、他と比べて建物自体が大きめだ。
小屋に入ると、まずはディムタに持っていく傷薬を用意した。これがなくては納品も何もあったもんじゃない。
次に、依頼のあった医癒院の回復薬と毒消しと熱さまし等を取り出し、机の上にある透明の台へ置いた。
その台は、厚みが人差し指の長さくらいで、縦横がどちらも両手を目一杯開いて並べたくらいの正方形だ。材質は透明度の高いガラスに似た何かで、中が空洞になっているわけではないのに、色とりどりの小さな石が埋められ模様になっている。また、中に埋められた石のほかに、台の表面にもいくつか石が取り付けられていた。
エルファヌは、台の上部四隅に付けられている石のうち、手前右側のものに不思議な模様の書かれた板を重ねた。
そして、反対側――左側手前に手を置き、魔力を流し込む。
すると、台に置かれていた薬がすっと消えてなくなった。医癒院へと、転送されていったのだ。
この無駄にきらきらした台は、そのまま転送台という。もう少し機能を減らした巻物状のものは、転送陣などとも呼ばれていた。
それらは、離れたところにある陣へと物を送ることが出来る道具なのだが、如何せん高い。特にエルファヌが持つ転送台は、送受信どちらも可能な上に“とある人物”の特別製なので、もしピテルが値段を聞いたら腰を抜かすだろう。
しかし幸い、よく納品する医癒院は余裕があるらしく転送陣を所有していた。逆に言うと、だからこそエルファヌの薬をよく買ってくれるというわけだった。
「あ、しまった、納品書つけるの忘れたな……」
エルファヌが呟いた瞬間、転送台の右奥の石が光った。そして気づくと、代金の入れられた袋と、まあまあ上等な紙が一枚送られてきていた。
つけ忘れた納品書の代わりに、送ったものの確認とサインがされており、その下に“次回も同じ内容でお願いします。3日後に”というメモがあった。
「あそこの事務員は優秀だな」
事務員が優秀なのもあるが、エルファヌが今までに何回も忘れてきた結果でもあった。
「さて、今度こそ街行くぞ。ナターリアんとこも転送出来たら楽なんだけどなぁ。……ま、無理だよな」
エルファヌは用意した傷薬を持ち、ピテルが居る店へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます