アイリ、落ちる


 アイリが何でここに居るのかはわからない。

 あぁ、いえ。別に難しい事ではないわね。単純に行方不明になっているらしい辺境伯の元に居た、と言うだけだろうし。さすがにその理由はわからないけど。


 でも、スタンピードを起こして何がしたいのかしら? まさか本当に嫌がらせ何てことはないわよね?


「ちょっと! これどうにかしなさいよ! 先に進めないじゃないの!」


 アイリが目の前の堀を指さして怒鳴る。


「無理ね。さすがに魔物を引き連れた犯罪者を通す訳ないでしょうに」


 ここで通してしまったら私も犯罪に加担してしまうことになる。まあ、そんなことを気にするまでもなく通すつもりはないのだけれど。


「えっと、あの子と知り合いだったりするのかな?」

「え? ああ、そう言えばロイドは知らなかったわね」


 そう言えばロイドはアイリと会ったことは無かった。いえ、そもそも会っていたらおかしいのだけれど。


「まぁ、私が貴族だった時の義妹ね。簡単に言えばあの受付嬢みたいな感じの子かしら」

「あー、なるほど。そう言うやつか」


 あまり気にしていなかったけれど、あの元受付嬢とアイリって似たような感じよね。権力を上げること以外の努力を一切しないとか、そんな感じで。


 アイリが堀の前で足止めを食らっている最中にも魔の森から魔物が多く出て来ている。もしかしたら今までの魔物もこうやって森の外に出されていたのかもしれない。


 魔物に言うことを聞かせる魔法は存在している。ただし、それはあくまで単体用のものであってこうも多くの魔物に言うことを聞かせることは出来ない。


 しかし、アイリが多くの魔物を引き連れてきているのはどうしてかしら? 何か魔道具を使っているのか、別の方法があるのか。


「早く通しなさいよ!」


 さらに魔物が集まって来る。よく考えればアイリだけなら堀を越えることは出来ると思うのよね。魔法を使えば簡単に越えられるはずだから。


 あ、後続の魔物に押されて先頭に居た魔物が一頭落ちたわね。悲鳴を上げて…下まで落ちたような音がしてから悲鳴は聞こえなくなったけど。


「ははは早く通しなさい!」


 落ちていった魔物を見て、自身の後ろで魔物が渋滞していることに気付いたアイリが焦ったように声を上げた。


「貴方だけなら魔法を使えば飛び越えられるでしょう?」


 私がそう言うとアイリは今更気付いたような表情をしてから、周りに居る魔物を確認した。

 何故、周りの魔物を確認したのかはわからないけれど、今まで魔物に襲われていないことを考えると何かあるのかもしれない。


 そもそも魔物は同種以外の生物は食べ物や敵としか思っていない生物だ。だから、アイリが近くに居るにも関わらず気にもしていないと言うのはかなりおかしい。

 と言うか、よく見ると、集まっている魔物は一種類じゃないわね。スタンピードだからと言えばそれまでだけれど、こうも一か所に多種類の魔物が集まれば食い合いや殺し合いが始まってもおかしくはない。

 やっぱり、それを考えるとアイリが何かをしている可能性が高いわ。


「くっ!」


 そんなことを考えている間に、アイリは躊躇うような表情をしてから堀に向かって一歩踏み出した。


 しかし、その瞬間、今まで気にしていなかった近くの魔物がアイリに向かって飛び掛かった。それと同時に今まで何もなかった魔物たちも忙しなく騒ぎ始める。


 魔法を使おうとした瞬間にこうなった、と言うことは何か魔道具を使っていたと言うことだ。たぶん他の魔物を同種の仲間だと誤認させるような物かしらね。

 効果範囲が広かった所為で他の魔法が使えなくなっていて、それを切った瞬間にそれが解けてこうなったと言うことかしら。


「嫌っ! 止めっ!?」


 そうこうしている内にアイリの所には複数の魔物が集まっていた。それに今まで密集していた所為で逃げられるような所もないため、防戦一方な状態に持ち込まれてしまっている。


 助けた方が良いかしら? いえ、でもこうなったのはアイリの行動が原因だから助ける必要は無いかしらね?


「嫌ぁあ! え?」


 魔物の攻撃を受けてアイリの体が浮き、少し後ろに飛ばされた。そしてその後ろには地面などは無くそのままアイリは堀の中に落ちていく。腕や足に噛みついていた魔物と一緒に。


 ああ、これは助からない。助けるつもりはあまりなかったのだけど、目の前で落ちていくのを見てしまうとさすがに申し訳ない気持ちになる。まあ、自業自得ではあるのだけれども。


 そうして先導していたアイリが居なくなったことにより、魔物たちはより暴走し始め、とりあえずこの場を脱しようとしているのか、堀に向かって移動し始めた。

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