第13話

 一限目が終わった休み時間のこと。

 また土屋君が僕のところまでやって来た。なにやら難しそうな顔をしている。


「どうかしたの」

「ハルから返事が来たんだけどな、今すぐ来れねえのかって言うんだよ」

「今すぐ?」

「ああ。なんとかできるらしいから放課後行くって伝えたら、『なんとか出来るなら学校に行ってないで今すぐ何とかしてくれ』だとさ」


 学業を疎かにするのは避けたいんだけど、もしも命の危機というならばそんなこと言っていられない。今すぐ帰って茜さんにお願いするべきだろう。

 ただこうやって連絡が取れているという事は、まだ余裕があるとも思える。


「そんなに危ない状況なの?」

「どうだろ。聞いてみる」


 それから授業を間に挟みつつ、土屋君と春日君の間で幾度かのやり取りが行われた。

 春日君がどんな心霊現象に遭っているのかを聞き、件の近づいてくるという幽霊が今現在どこにいるのか。他に変わったことはないかという話だ。


 聞いて分かったのは、やっぱりまだ春日君が命の危機には陥っていないこと。

 確かに徐々に近づいて来るといのは怖いと思うが、現状は未だ玄関前。

 家の中には入られていないという。

 初めはインターホンのチャイムを鳴らされていたそうだが、昨日はただ黙って立っていて、今日は扉をノックする音が断続的にするという。

 チャイムもそうだったらしいが、春日君にしか聞こえないそうだ。

 以上の事から、僕はまだ大丈夫だと判断した。


「家の中に入られていないなら、今日の放課後でも大丈夫そうだね。安心して待っててって伝えてもらえるかな」

「おう」



 そんなやり取りがあって、今度は昼休み。

 一人でコンビニで買ってきたパンを食べ終え、午前中の授業の復習をしていた時のことだ。

 土屋君が今度は少し苛立った表情で僕の席まで来た。


「どうかしたの」

「聞いてくれよ。さっきからずーっとハルからメッセージが来てんだよ。マジしつこいくらいに」

「あー」


 いくら大丈夫と言っても、やはり当事者本人としては不安もあるだろう。

 気持ちは分かってあげられるけど、如何ともし難い。


「俺も祀理の家に行った帰りに怖いもんみたからさ、気持ちはわかるんだよ。分かるけどさぁ」


 初耳の話だ。

 茜さんが土屋君には悪いものが付かないようにまじないを掛けたって言っていたのに、効果が無かったのだろうか。


「大丈夫だったの?」

「まあな。この通り無事だし、その後は一回も見てないから大丈夫っぽい」

「そっか」


 効果があったのか、なかったのか。どっちなんだ。


「見間違いだったって思うことにするから、俺のことは「花菜だよーーー」」


 土屋君との会話中、朝の再現のように小さい元気な女の子が教室に入って来た。

 そして一直線にこちらへと向かってくる。


「何しに来たんだよ」

「ツッチーに会いに来たんじゃありませんー。私は転校生君に会いにきたんですー」

「うっざ」

「ふーんだ。それよりも転校生君―――まずは自己紹介しよっか。私は四葉花菜よつばかな、花菜だよ。よろしくねー」

「僕は古野間祀理です。よろしく」

「オッケー、祀理君だね。覚えた。でさー、朝は時間がなくって無理だったけど、いつだったらお化け屋敷のお話してくれる?今?」

「何を聞きたいの?」

「全部!」


 全部と言われると困ってしまう。

 それに時間も足りないんじゃないだろうか。そろそろ昼休みも終わりそうだ。


「今は無理じゃないかな」

「だよねー。分かってた。いっぱいいろいろ聞きたいし。今日の放課後はどう」

「今日は予定があるんだ」

「そうなんだよ。残念だったな」

「何?ツッチーと遊ぶの」

「遊ぶんじゃないよ。ちょっと用事があって」

「それって私も付いて行っていい用事?」

「ダメだ」


 土屋君が即座に却下した。

 危ないからという優しさか、それとも邪魔に思っての事か。多分後者かな。

 四葉さんはそれに対して聞く耳もたず、僕を期待した目で見つめてくる。

 だけどわざわざ人を連れて行くものでもないと考えて、僕も首を振る。


「むぅ。じゃあ代わりに明日ね。明日の祀理君の放課後は私たちがもらった!」

「勝手に決めてんじゃねえよ」

「それならいいよ」

「祀理…」

「やった。乙葉ちゃんにも伝えてくる。乙葉ちゃーーーん」


 そう言って、四葉さんは黒いローブを着た女の子のところに駆けて行った。


「気軽に引き受けてっけどよー、あいつら、特に静森と絡んでると祀理もイロモノ扱いされるぞ」

「もうそんな扱いをされている気がするけど」

「……確かに」

「でしょ。それに仲良くしてくれるに越したことは無いし」

「祀理がいいならいいわ」

「うん」


 乙葉という名前らしいあの子がまだどんな子か知らないけれど、仲良くなれれば良いと思う。


「まっ、あいつらの事は放って置いて、だ。ハルから未だに引っ切り無しにメッセージが来ているわけだが」


 土屋君がスマホを取り出して画面を見せてくれる。

 未読件数が溜まってきていた。そうやって見ている間にもまた一つ増える。


「放課後にしか行かん!って伝えてもう無視することにするわ」

「返事してあげないの?」

「キリがないだろ。それとも俺の代わりに祀理が相手してくれるか?連絡先伝えたら授業中に邪魔になるくらいメッセージ届くと思うけど」


 それは困るので丁重にお断りした。


「だよな。っと、そろそろ昼休みも終わりそうじゃん。俺、トイレ行ってくるわ」

「そうだね。行ってらっしゃい」


 手をひらひらと振って、土屋君が教室を出て行った。

 僕はというと、次の授業の準備を始める。


 その後は特筆することもなく時間は過ぎ、春日君を待ちに待たせた放課後がやってきた。

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