第8話 真春の夜 2
目が覚めて部屋の時計を見ると、既に正午近い時間だった。
寝起きが良いからすぐに昨日の事を思い出し、窓からこっそりと家の前を見渡した。
あの男は居ない。それにチャイムの音も聞こえてこない。
「はぁーーーーーっ。んーーっ」
ほっとして長い溜息が出た。
ついでに両腕を挙げて伸びを一つ。
朝になったらやっぱり幽霊も消えるらしい。これでまだ外に立っていたらどうしようかと思った。
でも夜になったらどうなるのかが不安だ。
また出てくるのか、それとも一日だけのことだったのか。
それが分からないから清々しさで上がった気持ちが下降していく。
誰かに相談するか。詳しそうな奴っていうと………あいつか。
いろいろと考えつつ、枕元に転がっていたスマホを手に取ったが電池が切れていた。
そりゃあそうだ。
スマホの充電もせずになかなか寝付けないからと、ずうっと音楽を聞いていたんだから。
コンセントに刺しっぱなしの充電器をスマホと繋げて、それから朝食兼昼食を食べるために一階に下りた。
当然親はもう仕事に出かけているから誰もいない。
冷蔵庫からパックの牛乳を取り出してコップに注ぎ、ダイニングテーブルまで持っていく。テーブルの上に朝食用にと置かれたパンがあったのでそれを食べる。
食べながら考えるのは学校のこと。
こんな時間から行くのも面倒だからサボろうかな。
うん。どちらにするにせよ、まずはシャワーを浴びよう。
昨日の夜はそれどころじゃなくて入れなかったから、ちょっと気持ち悪い。
というわけで食事を済ませると風呂場へ向かった。
髪を洗ったり鏡を見るときに若干昨日の事を思い出して怖かったが、何事もなかった。
風呂場を出てバスタオルで身体を拭きつつ、裸のまま二階へ上がる。着替えの用意をしていなかったからだ。
自室のクローゼットからパンツとシャツを取り出して着ると、ベッドに座ってスマホを手に取った。
ある程度は充電できているはずなので、電源を入れる。
ロゴ画面が出てしばらくすると、新着メッセージの通知がポップしたので順に見ていく。
『今日は遅くなるので夕飯は冷蔵庫にあるもので適当に食べてね』
『ちゃんと起きた?起きたら学校に行きなさいね』
これは親から。
『日曜に遊ぶ予定あるんだけど来る?』
『祀理の家ヤバかったわ。ハルは帰って正解』
『今からFPSゲーやるから暇な奴募集』
『ハル休みかー?』
これは友達連中から。他にも雑多な内容の連絡がいくつか。
土屋からの連絡にはイラッとした。
ヤベーのは初めっから知ってんだよ。なーにが正解だ。お前のせいで心霊体験とか初めてしたっつーの。
あいつも何かしら同じような目に遭ってるっぽい文面だけど、なんか軽くね?
なんで俺よりもあいつの方が平気そうなんだよ。理不尽だろ。
返信は親にだけしてスマホをベッドに放った。
その返信で『もう学校』と送ったし、あいつに相談するにも個人の連絡先を知らないから学校に行くしかない。
グループチャットには確かいたはずだが、流石に幽霊が出たから対処法を教えてくれって内容を皆に見られるのは躊躇われた。
学校に行く準備として服を選んで着て、洗面所に行き髪型も整えた。
時計を見やれば5限目も遅れそうな時間になっている。でもまあ6限に間に合えばいいか、と鞄と家の鍵を持って玄関に向かった。
ドアを開け、――外へと踏み出すことが出来なかった。
目の前のことが信じられずに無言でそれを凝視してしまう。
あのスーツの男が門の前に立っていた。
道路側じゃなくて家側にいる。
目は合っていない。だから気付かれないようにゆっくりとドアを閉めた。
心臓が痛いくらい動悸が激しい。
胸を抑えながらも、今見たものを否定したくて、信じたくなくてドアスコープ越しに覗き見た。
でもやっぱりそこにいる。いてしまう。
「昼なのに………なんで」
幽霊なら夜だけに出ろよという悪態を心の中で叫び、ゆっくりと玄関を離れた。
頭の中では『どうすればいい』という言葉が繰り返されている。
だが幽霊相手の解決策なんて浮かぶはずもなく、ひとまず離れたいという気持ちで二階の自室へと向かった。
こうなったら頼るのは他人の知恵だ。
というわけでスマホで解決法を探すべく検索をかけた。
だが出てくるのは怪しげなサイトばかり。
一応開いて見てはみるものの、やっぱり怪しい。
困っているからとはいえ、これらに頼るというのは悩んでしまう。
それに欲しいのは今すぐになんとかしてくれるものだ。
お祓いとか今から来てもらうのでは遅すぎる。
いろいろと見ているうちに自分でも思いついた対処法がある。
それはお経を唱えるとか塩を撒くとかなんだけど、俺はアレに近づきたくない。
脅かしてくるだけの幽霊ならいいが、映画とかであるような憑りついて殺すようなのだったらヤバイからだ。
怒らせるようなことをして危険が増す可能性を考えると出来ない。
じゃあどうする?
結局なにも出来ない。
そしてなにも出来ないまま時間は過ぎ、いつしか日が落ちて部屋は暗くなった。
俺は電気も点けずにベッドの上で布団に包まり、スマホで解決策を探し続けていた。
そんな俺の耳に玄関の開く音が微かに聞こえてきた。
緊張で身体が強張る。
あいつが入って来たのかと思ったのだ。
だが、
「真春ー、いないのー」
という声が聞こえてきて弛緩した。
母さんが帰って来たらしい。
普段通りの声音だった。
ということは母さんはあいつを見ていないのだろうか。
返事をせずに部屋を出て階段を下りる。
リビングを通ってダイニングへと向かうと、キッチンカウンターの向こうに母さんがいてこちらを振り返った。
「なんだ、いるんじゃないの。返事くらいしなさいよ」
「ああ」
「すぐ晩御飯作るからね。今日はハンバーグにするから」
「うん」
「今日の学校はどうだったの」
「普通」
「あらそう。普通なら上々ね」
普段通りの会話。
幽霊のゆの字も出てこない。
「あのさ」
「なあに」
「家の前で誰かいなかった?」
「家の前?特に会わなかったけど……、どうかしたの」
「いや、別に」
「なによ、もう。何かあったなら言いなさいよ」
「なんでもねーって」
それとなく聞き出したが、母さんはあいつを見ていないらしい。
もしかしたら本当にいない可能性を信じて、玄関に向かった。
静かに物音を立てないようにしながらドアスコープを覗き込む。
息を呑んだ。
そこにまだあいつは居た。
居ただけじゃない。こっちを見ていた。
昼には俯いていたのに、今は顔を上げてこちらを見ていたのだ。
ドア越しなのに、虚ろな目が俺を捉えていると感じた。
慌ててその場を離れた。
これで分かったことは二つ。
あいつは俺にしか見えていないということと、昼と変わらぬ場所にあいつが立っていたということだ。
見えないなら母さんたちに余計なことを言わないでおく。
それと一日ごとに数歩分しかあいつが近づいてこないなら、まだ対策が立てられる時間はあるかもしれない。
今日のうちにあいつに連絡する手段を得ておこう。
誰かしらは連絡先を知っているはずだから。
まずはクラスで仲の良い奴らから。
スマホを開き、チャットにメッセージを送る。
「助けてくれ」
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