第4話 異変

 腕を擦りながら弱音を吐く真春を押して祀理まつりの後を追い、俺たちは噂の心霊スポットであるパラライズ呪の二階へと上がった。

 玄関ドアの開錠をしているところだった祀理がこちらを振り向く。


「ちょっと待ってね。今開けるから」

 

 その顔に恐怖や怯えといった暗い影は無い。つまりは住んでも問題ないってことだ。

 どんなヤバイ場所かと楽しみだったのに、この様子だとなにも起こらなそうに思う。

 だというのに、噂を信じて真春は未だにビビったままだ。


「うーーっ、絶対ヤバいって」

「ハルはいつまで怖がってんだよ。祭が住んでるんだから大丈夫だろ」

「だけどさぁ」

「開いたよ。どうぞ」

「おう。お邪魔しまーす」


 鍵を開けた祀理がドアの横にどき、俺たちを中へ促した。

 中を覗けば広いキッチンがあって、壁は白く、床はワックス掛けされて綺麗なものだった。

 どこにも心霊スポットらしさはない。


「綺麗なもんだな」

「うん。リフォームしたらしいからね」

「へー、良い感じじゃん」


 靴を脱いで家に上がり、奥の部屋へと向かおうとしたところで真春が後ろで大声を上げた。


わりいっ!俺やっぱ帰る」


 謝りながら駆け去り、階段を勢いよく下りるバタバタという音が聞こえてきた。

 暫し突然の逃走に呆気にとられる。

 祀理も扉を抑えたまま、真春が走り去っていくのを呆然と見送っていた。

 俺は靴を脱いでいたし、止める暇もなかった。

 いや、むしろそんな隙を衝いて逃げ出したのかもしれない。


「なんだあいつ」

「よっぽど怖かったのかな」

「マジ無いねーわー。追いかけんのもちげーし放っておこーぜ」

「いいのかな」

「いいっていいって。明日学校でからかってやろうぜ」


 真春のあの様子だと、今後この家には来たがらないだろう。

 とすると、ここは溜り場には向かないか。

 だが意外と祀理も物怖じしないし、気が良い奴っぽいから俺だけで来るには問題ないかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は居間につながるドアを開けた。


「へー、広いじゃん」


 何畳とかそういうのは分からないが、自分の部屋よりはかなり広い。

 家具はテレビにテレビ台、それにローテーブル、ベッド、衣装箪笥、あとは本棚がある。

 綺麗に片づけられていて、ますます自分の部屋との違いを感じた。


「座布団とかないけど、適当に座って」


 言われるまま、床にはラグマットが敷かれていたのでその上、かつローテーブル近くに腰を下ろした。


「コップ使う?」


 キッチンから祀理が聞いてくる。


「ペットボトルだからいらね」

「了解」


 冷蔵庫を開けて飲み物を注いでいる祀理を尻目に、コンビニの袋から自分の飲み物とお菓子を出してテーブルに乗せて開封し、摘まみながら室内を見回した。

 目を留めたのはテレビ台。

 そこにゲーム機が置かれているのを見つけたので物色する。

 だが目ぼしいものがない。どれも少し古いタイトルばかりだった。


「なんだ。古いのばっかじゃん。新しいのはダウンロードか?」

「ダウンロード版もないよ。最近はあまり遊んでないから」


 祀理がコップを持って近くに来ていた。


「一人暮らしなのにか?もったいね。俺なら一日中やるのに」

「以前までだったらそうしたけど、今はちょっとね。親にも申し訳ないし」

「死んでるのに?」


 言葉を発してから、少し無遠慮なことを言ったかもしれないとそう思った。

 だけど祀理はあまり気に留めなかったようで、顔色に目立つ変化をさせずにあっけらかんと答える。


「だからこそかな。勉強しろよって言われてた頃よりも今は勉強してるかも」

「あぁ…、そっか」


 手にしていたゲームソフトを元の場所に戻し、今度は本棚に歩み寄る。

 教科書や参考書も並んでいるが、大部分を占めるのは漫画だった。

 好きなものとして語っただけはあって、メジャーどころからマイナーな自分の知らないタイトルまでいろいろ揃っている。こっちは最新刊のものもあるようだ。


「漫画はいっぱいあんのな」

「ゲームよりも短い時間で楽しめるし、息抜きには丁度いいんだよ」

「そう言って何時間も読んでたりしねーの」

「あはは、まあそんな時もあるかな。だけどゲームもやってた時よりは勉強してるから」

「へー、とりあえずなんかお薦めってある?」

「どんなのが好みか分からないけど、自分が好きなのは………これとかどう」


 祀理も立ち上がり本棚前に来ると、読んだことのないタイトルのものを指差したのでそれを手に取った。


「じゃあ読んでみるわ」

「うん、どうぞ」


 漫画を持って戻り、読み始める。

 薦めるだけあって序盤からなかなか面白かった。

 しばらく集中して読み進めていたのだが、

「おかえり」

と祀理が言ったので、気になって彼を見ると玄関の方へ顔を向けている。

 釣られてそちらを向いたが、玄関のドアが開いたり誰かが入ってきたりはしていない。

 聞き間違いだろうか。

 俺に何かを言ったのかもしれないし、念のため確認することにした。


「今なんか言ったか?」

「なんでもないよ」

「おかえりって聞こえたんだけど」

「うん、まあ。気にしないで」

「なんだそれ。独り言ってことだよな。それでそんなこと言うか」


 変な奴だな。

 そんな風に流したが、おかしなことはそれだけに留まらなかった。

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