第3話 土屋と真春
うちのクラスに転校生がやってきた。
夏に差し掛かろうかというこの時期にという事もあって、朝のホームルームは普段以上にざわついている。
「古野間祀理です。訳あって今の時期に転校することになりました。よろしくお願いします」
「古野間君、他にも何かアピールしてみよう。何が好きとか趣味とか、あとは家族構せ…はいや、すまん。なにか友達作りに繋がるようなアピールをしたらいいと思うんだ。うん」
緊張しているのか淡泊な自己紹介をした転校生に、途中なにやら咳払いなんかして言葉を濁しながら担任がアドバイスをしていた。
第一印象は普通。地味そうってなものだった。
だが次の言葉で一気に注目を浴びる。
「えーっと、趣味はー、特にないですね。好きなものはまあ漫画でいろんなジャンルを読みます。あと一人暮らししてます」
クラスの連中の多くが最後の言葉に興味を惹かれたようだった。
あちこち近くの席同士で会話が生まれる。
俺もそんな一人だった。
内容はどこも似たようなもの。
「一人暮らしだって」
「羨ましい」
「いいなぁ」
「俺(私)もしたい」
そんな感じ。
ホームルームの時間が終わると、数人のクラスメイトが転校生を囲んで質問攻めしに行った。
俺はというと、友達の
「一人暮らしとか俺もしてえわ」
「俺もだって。つうか誰だってしたいだろ。うるせえ親から何も言われない生活とか憧れるわ」
「なー。でもなんで一人暮らしなんだろ」
「それはあの連中が今聞き出してるんじゃね」
「あー、だな。後で聞くか」
「ん?なんかあいつら散ったんだけど」
顔を向けた先では、転校生を囲んでいた集団が微妙な顔をして解散していくところだった。
「俺聞いてくるわ」
散っていった内の一人を捕まえに真春が向かい、こそこそと話すとすぐに戻ってきた。
「なんだって」
「耳貸して」
真春が耳元に顔を寄せ、ヒソヒソと耳打ちをする。
「あいつの家族死んでんだってよ。天涯孤独ってやつ」
「あー、それでか」
質問した奴らは気まずくなって逃げたわけだ。
一人になった転校生を見やる。
これで腫物を触るような扱いにあいつはなるかもしれねえ。
こっちとしては話しかけやすくなってありがたい話だ。
昼になったら話しかけて、家を見せてもらおうと決めた。
そして昼になり、目論見通りに事は進む。
放課後、真春と一緒に転校生の祀理に付いて下校することになった。
向かって行くのは俺の家がある方とは真逆の住宅街。
真春の家はこっち方面なので、もしかしたらご近所さんかもなんて言いながら歩いていた。
途中見かけたコンビニによって、飲み物やお菓子をいくつか買う。
真春は漫画雑誌も買っていて、祀理と今買った雑誌だとどれが好きだとかいう話題で盛り上がっていた。
しばらくして祀理が「うち見えて来たよ。あそこ」と指差すので真春と二人、視線をそちらに向けた。
「はっ!?嘘だろ」
「っくりした。なんだよハル。急にでけー声出すなって」
今の間にいったい何があったのやら、突如大声を出した真春に文句を言う。
だが真春は俺にお構いなしに転校生を問いただし始めた。
「祀理。お前冗談だよな」
「何が?」
「何がってお前。あれパラライズ呪だろ」
「正しい名前はパラダイス寿だよ」
パラライズ?パラダイス?
こいつらは何の話をしてるんだ。
「ちげーよ!そーいうことじゃねえんだって。マジであそこに住んでるとか言わねえよな」
「住んでるけど」
「ばっか、おま、噂知らねえのかよ」
「あーー、知ってる」
「知ってるってお前。ばっか、おまえ、ばっか」
真春がバグったのかと思うように、『馬鹿』と繰り返している。
「なーにいきなり騒いでんだよハル」
「だってアレマジヤバイじゃん」
「だから何がよ」
「ツッチーだって知ってるだろ。アレ、パラライズ呪じゃん」
「あ?」
「怨霊の巣窟!トラウマ製造工場!」
それを聞いて思い当たる。
俺らが住む地域で有名な心霊スポットの名前だ。その中に確かにパラライズ呪なんてのもあったはず。
怖い話をすれば誰か一人は必ず口にする地域の名物。
誰も行こうとは言わなかったためこれまで目にしたことは無かったけれど、アレがそうなのかと遠目に見やる。
外観は綺麗で、どこにでもありそうなアパートだ。
ただ異質なのは住宅街にありながら周囲がぽっかりと空き地になっていること。
駐車場になっていたり、『売地』と書かれた看板が立っていたりと、まるで件のアパートを避けるような様相だ。
俄然興味が湧くってなもんだ。
「面白そうじゃん。よっしゃ行こうぜ」
「俺は行かない!」
先を促し、意気揚々と進もうとしたところで待ったの声が掛かった。
当然拒否の姿勢を示したのは真春だ。
「なーにビビってんだよ。心霊スポットなんて面白そうなの前にして怖くて逃げ帰んのか」
「だってアレはマジでヤバいって」
「何?お前の知り合いが誰か呪い殺されでもしたんかよ」
「いないけど、でも皆ヤバいって言ってるし」
「だーからそれってあれだろ。知り合いの知り合いがってやつ。怖がらせたくって話盛りまくってんだって」
「でも……」
「大丈夫だって。いーから行くぞ。な、祀理」
「うん。大丈夫だよ………多分」
祀理が小さく呟いた言葉を聞き取れないまま、俺たちは噂の心霊スポットへと向かう。
俺は興味深さから笑顔で、真春は怯え帰りたそうに、祀理は何食わぬ顔で、三者三様の表情を浮かべていた。
「ちょっと離れろ」
服の裾を掴んで離さない真春を押しのける。
「だってよー」
「だってじゃない」
彼女がすれば可愛い仕草だが、男からされたって何も嬉しくない。…まあ彼女なんていないけど。出来たこともないけど。
「仲良いね」
俺たちのやり取りを見て祀理が笑いながら言う。
「ほら笑われてんぞ。ハルとは中学からの付き合いなんだよ」
「そうなんだ」
「おう」
「うわーぁ、もう目の前だぁ。絶対帰ったほうがいいって」
未だ弱気な真春の言う通り、建物はもう目前だった。
見上げてみるも、噂を聞いて想像していたようなおどろおどろしさはない。
道路側に二階への外階段があり、祀理は「うち二階の手前だから」と階段を上がっていく。
「ほら、ハル行こうぜ」
「ひいっ!?」
俺たちも二階に上がるため、真春の背を押して先に進ませると、短い悲鳴が前から漏れ聞こえた。
どれだけ怖いんだよと揶揄しようとしたところで、建物の敷地へと俺の足が踏み入ったその瞬間、寒気が背筋を震わせ肌が一斉に粟立った。
「うおっ」
「ツッチーも感じたよね。絶対ヤバいって、ほら」
粟立った肌を真春が袖をめくって見せつけてくる。
「夕方になって冷えただけだろ」
「まだそんな時間じゃないじゃん」
「細けえこと気にすんなって」
薄ら寒いものを感じはしたが、気のせいと断じて真春を更に押し、俺たちはパラダイス寿の二階への階段を上ったのだった。
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