何かをできる度胸はなかった

 いじめっこの動画を撮った春永の顔は無表情で、その顔をいじめ主犯は「恥」と「暴力」と「快楽」を撮られ、いつのも倍以上に罵倒し蹴り上げ髪を引っつかみ腹を、顔を、殴り続けた。

 教室ということもあり服を脱がせるとか、そういうことはしない。

 変なところで保守的なんだなって思っていた。

 撮影に興奮した藤堂は、顔を真っ赤にしながら設楽の背中を蹴り上げる。

 設楽は、やめてくれ、やめてくれ、とずっと言っていた。

 誰も助けない。藤堂は教室の中では一番体格がいいし、柔道部だし、文化系の部活に所属する人も運動系に所属している人も固まっていた。

 ここで関わったら「自分の番」それが在り在りと分かる。

 そのなかで春永は無言で撮影していた。藤堂は設楽の情けない姿を撮っているのだろうと思っているはずだ。

 でも、僕は無表情の春永に一筋の光りを見ていた。目が笑っていない。

 ただの記録係。たまに藤堂が「とれてるか~」なんて言うから「うん、撮れてるよ」と春永は返す。藤堂は満足そうに「次は服な、真っ裸は心に残るぞ~」最高だ。

 藤堂が宣言すると設楽の胸元を掴み上げてブチブチと前ボタンを千切り始めた。

 流石にクラスの全員が響めいた。男子も女子も小さく「やり過ぎじゃ」と口々に言う。

 めでたく、設楽の服は破られて、薄い胸元が露わになった。

「ズボンもやるか~?」

「その必要はなくない? いい映像だよ」

 春永は藤堂を止めて「次はズボンを脱がした絵を記録すればいい」その言葉に藤堂は納得したらしく、楽しそうな顔から設楽への侮蔑、中傷、存在の否定を吐き出して、その場を去ろうとした。

「待ってよ、藤堂」

「あん?」

 止めたのは春永だった。記録していたiPhoneをいじりながら、

「これだけの動画ならカツアゲも出来るんじゃない?」

 その提案にニヤリと藤堂は笑った。新しい発見をして子どものように笑った。

「いいじゃん! いいじゃん! おい、設楽、お金いくらもってるよ」

 散々虐められた設楽は意識が朦朧としているのか掴みかかれても目がうつろだ。

 しかたなく藤堂はズボンのポケット漁り、なければ設楽を地面に叩きつけて、彼の荷物を漁りと、お目当てのモノを見つけたらしく、二つ折りの黒い財布をひらいて札束を数えはじめた。

「しけてんなー」

 マンガで読んだことがある台詞を吐き出しながら、千円だろうか、遠目で見えなかったが藤堂が渋い顔をしてカラになった財布を設楽に投げつけた。

「もっと親からせびれよ、役に立たねえな」

 ガンッ、と藤堂は設楽に蹴りを一発いれて、その勢いで設楽は床につっぷと動かなくなった。

 一部の女子が小さく悲鳴を上げる藤堂は、その女子を睨みつけ「お前も金あるの」と口に出しす。

ぶんぶん、と顔を横に振る同級生は涙目で、周りを囲っていたグループ女子が一歩下がり、まるで贄のように藤堂とご対面した。

「お、お金なんて……」

「お前さあ、オタクだろ? 金持ってんじゃねえ?」

「そん、そんな、ちが、ちがう」

「とりあえず財布見せてくんね? 流石にさ~女を殴るの駄目だな~て思う訳」

 殴る以外はいいのか、藤堂は女子の頭に手を乗せて、いいこいいこと撫でた。

 これは引っ張る、誰もが思った。

「藤堂、面白い絵が撮れたし、設楽への脅しも……まあ、女子はいいんじゃね? お前の印象が悪くなるだけだし」

 ああん? 藤堂は目を細めた。

「男も女もいいじゃねえか」

 ……

「戯れて、遊んでましたってな」

「……」

 それに春永は答えなかった。

 じっと藤堂を見た後、

「そうだな、脅すネタは撮れたし、今はこれだけでいいだろう」

「あー」

 春永の声に藤堂は首をひねって天井を見、

「まいっか。お前的にイイ絵が撮れてんだろ」

 携帯電話を仕舞いながら春永は藤堂を見て頷いた。

 それを『満足』として藤堂は教室を出て行く。

 張り詰めた教室が、ゆるゆると紐が解けていく。

 誰も設楽を助けにいけない。もしバレれば明日の身は自分かもしれない。

 それは設楽も分かっている。服を着て、髪を整え。ぐちゃぐちゃに荒らされた鞄をまとめると、俺たちに一礼をして教室を出て行った。

 春永はスマートフォンの撮影を止めて、胸ポケットに入れる。

 俺は近くにいたから「はる、は、はるなが」とどもりながら声をかけた。

 冷たい目が俺に突き刺さり、声をかけなければよかったと後悔した。

「つまんないだろ」

「……え?」

「学校生活って刺激的で楽しいもんじゃん。それが大きければ大きいほど刺激がたまらない。そうだな。それを迷惑だって思う人もいるけど。俺は『最高だな』てゾクゾクする」

「……えっと、春永は、どっちの、味方?」

 春永はニタリと笑うと「また明日な」と言って鞄持ち教室を出て行ってしまった。

 刺激? 刺激ってなんだろう。

 こうやって人が人を虐めること? こんなの刺激じゃない。

 胸が苦しくて、何もできない虚無、他人事の後悔、苦しいことばかりで刺激なんてありはしない。藤堂にとっての刺激は設楽への暴力で、それを撮るのが春永の刺激? 分からなかった。

 悶々と哲学的なことを言われて肩を落とした。

 しかし『刺激』は、すぐにやってくる。

 藤堂が校長室に呼び出されたのだ。

 響めきが走り、俺は「まさか」と思い、教室の隅にいる春永に近づいた。

 彼は笑い「無理やり撮らされていたんだよね」と口にする。

「お、大人が信用するの?」

 そのまま続けて、

「成績のいい俺、品行方正な俺、こうすることしか告発できない健気さ」

――にたり

 春永は笑った。

「さっきさあ、校長室の前、もうさあ、めっちゃくちゃ藤堂が叫んでた」

「俺も撮影して楽しんでいたって、何度も何度も。俺はイジメている証拠を集めただなのにね?」

 春永は笑う。俺に笑って、

「刺激的だっただろ?」

 にたりとは違う。春永は柔らかな青年だ。むしろこんなことを起こさない人間。だけれど、春永の中には悪魔がいた。

「バカとは言わないよ。そういう種類、とする。それが外部に攻撃的であること、それは生活圏において面倒な訳だ。ねえ、見城みきや、この決着は……」

――どう思う?

 設楽は救われた。藤堂は怒られた。春永は告発して勇者、になった。

「俺は」

 春永の顔が、すぐ目の前にある。

「……だれも、救われてない、と、思う」

……少しの沈黙。そして春永は笑った。

「なるほど、なるほど、見城はそう思うんだね。考えてみれば誰も救われてない。設楽の傷は癒えないし、藤堂の暴力性も治らないかもしれない、そして撮影していた俺は、もっともっと刺激的なものが欲しい! 見城、ありがとう。でも、当分はお休みかな。クラスのみんなにはバレてるし、ねえ、見城も一緒に『遊ばない』?」

 春永は両手を広げて気持ちよさそうに語った。でも俺は一ミリ足とも意味が分からない。

「……俺は普通に本を読んだり、勉強して、ちょっと苦労して学園生活を終わりにするよ」

 その答えがあっていたか分からないが、両の手を広げていた春永は、腕をゆっくりと下ろして、にこやかに「そうかい」と言ってくるりと踵を返した。

 二、三歩の後、春永は振り向いて、

「気が変わったら言ってくれ。その時はサポートするよ」と

 言い残し、その背は遠くなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る