何かをした日

 その日は隣のクラスから聞こえる怒号から始まった。

 私は教室の隅でメイと話ながら、あまりの音量に二人で顔を合わせる。

「なんだろう」

「隣って藤堂っていう不良がいるじゃん」

 疑問を告げたメイの声に「多分」と付け加えて言う。

「知らないけど、隣のクラス、何かあるの」

 私の顔を覗き込みながらメイは恐る恐る言った。

「あー、イジメらしいけど」

 そんなことを言ったら私だって、ある意味、いじめられてる。

 ただのシカトだけど、あまり気にしない。

 この顔と、勝手に張られたレッテルと、嫉妬と、今にも火傷しそうな女同士の戦い。冷戦状態のそれは終結を見せずに高校生活は終わる。

 最近、一つだけ変わったのがボッチ同士のメイと出会ったことだ。

 私はクラスの視線がイヤで何も見ていなかった。でもメイがいた。

 暗がりの放課後、魅せられた絆、何もしない自分、諦めている自分。

 とても悔しかった。苦しかった。そんな中、夢中で走り辿り着いた棟でメイに会った。

 クラスから孤立しているメイに、私は気づかないまま過ごしていたから、同じクラスだと教えてもらった時は「ごめん」と謝ってしまい、メイは「暗いし席は端っこだし」と言い訳みたいなことを言わせてしまった。

 そして今、ぼっちはぼっち同士、二人で過ごすことが多くなり、放課後の読書クラブから教室で喋り込むほどの勇気を持ち、シカトされながら二人でいる。

 実害がない分、お隣のクラスよりいいかもしれない。

 まだ藤堂の声は聞こえていた。何を言っているか分からないけれど、碌でもないことは確かだし、相手も酷い目にあっていることだろう。

 そして誰も隣のクラスに行こうとしないのは、野次馬根性で見に行けば藤堂に目をつけられる可能性を考えているから。誰もが無視する。

 私とメイだって、あちらに乗り込んだところで何かできる訳でもない。

「こういうの、小説だと誰かが録画してて告発、とかあるけど、そういうのないのかなあ」

 メイは手元の文庫本を触りながら言う。

「ロマンチックねえ」と私は返したが、数日後、藤堂は謹慎処分となった。

 決め手はクラス内の優等生が撮ったイジメ動画。

 逆らえない優等生が藤堂に命令されて撮らされた、ばっちり暴行シーンに恐喝シーン。退学処分されないのが不思議だったけれど、学校側は、そうしたらしい。

「いたねえ、告発者」

「告発っていうよりボロが出たって感じじゃない」

 ロマンがあったね、なんていうメイに呆れたけれど「事実は小説より奇なり」と最近仕入れた言葉を思い出した。

 ほかほか顔のメイを見ながら、私は天井を仰いだ。

 自分とメイだって出会うことがない人種、みたいなものだし、あの日、あの時、メイが傍にいてくれなきゃ登校拒否になっていたかもしれないし……たらればを考えれば切りがない。

 あの日、メイと出会えた日。

 確実に私は変われた。

 ぼんやりとした日常から定着した現実に呼び戻されたんだ。

 あの時、メイを突き放さないでよかった。あの日を思うたび、メイと話すたびに、そう思う。

 やっと私は何かが出来たんだ。

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