第9話 影の音

RPGによくあるをご存知だろうか?

プレイヤーがゲーム画面の中にいる誰かから頼まれて、アイテムを入手していくイベントのことだ。

僕は現実世界においてをさせられているのだと思いたくはない。

何故ならこれは取材であり、記事を書くための必須事項である。

もちろん、何の裏も取らずに書くことだってできた。人間には想像力というものが備わっている。いや、一部には備わっていない人もいるか。

だが僕がやりたいことは取材に基づいて、僕の考えを世の中に問いかけたいというもの。

過程が辛いことは多々あれど、斎庭リエの件は難物と言わざるを得ない。


新興宗教組織に足繁く通い、関係者に会い、薄皮を剥くように真相へ近づく。

実際は真相などという大仰な言い方は相応しくない。知りたいのは何故という点だ。

僕は単なる道徳の問題に落とし込みたくなかった。

だって、そうだろう?

自分の命が助かるために他人を犠牲にするシチュエーションなんていくらでもあるのだ。

答えの出ないジレンマを論じるのは、知性を持った生物特有の現象だと言える。


そこを抜いても、生物は共食いをしない場合が多いと思う。共食いシステムが種の存続に組み込まれていない限りにおいて。

人間には備わっていない。文化に毒された人間には特に。


の合間にいらないことを考えて、そのものは飛ばしてしまいたいと思う。

ぶっちゃけてしまえば与野村誠よのむらまことと同じゼミだった人物からは真新しい情報は得られなかった。

大学院に進学して今は助手をしているそうで、出向いてはみたものの与野村に関しては「ゼミでも勧誘して教授に怒られた」程度の印象しか持っていなかったそうだ。

同期を他に当たるのも手だったけど、深入りしても本質からどんどん逸れていく予感がする。


僕は手短に礼を済ませて、レンタカーの元へ戻ってきた。

実はここはG県にある国立大学で来客用の駐車場だ。街の中心からは離れていて、学生もクルマで通学している者が多いらしい。

正門の外にはバスの停留所があったけど、その脇には学生用の広い駐車場があった。ちょっと覗いてみたら二十歳くらいの若者(僕はそれより少し上といった年齢だけど)がみんなマイカーを持っている。地域性というやつだろう。


どういうわけか斎庭リエの件でG県への出張が多くなっている。それだけ関係者の出身地ということかな。

景色はいいけどアクセスが悪く、経費が嵩んでいるのでちょっと悩みどころだ。

いっそこっちのホテルにでも泊まって行動したほうが安上がりかもしれない。

山奥には温泉地もあるし、なかなか魅力的に思える。


そんな風に思考の枝葉を伸ばしていると、レンタカーのワイパーに紙片が挟まっていることに気付いた。

手に触れる前に周囲を確認しておく。

来客用の駐車場は学舎の裏側にあって人の気配はほとんどない。時間帯は昼過ぎなので学生たちは授業を受けているのだろう。


僕はハンカチを取り出し、自分の手で触れないように紙片を取り除いた。

ルーズリーフを小さく切ったものを四つ折りにしている。

中を開いてみるとボールペンで小さな文字が綴られていた。


『これ以上は詮索するな』


心臓が脈打つ音が耳の裏側で響いた。

少しびびってしまったじゃないか。

これが人違いで届いたメッセージという可能性もあるけど、そこまで楽観的じゃなかった。


もう一度、周囲を注意深く見回す。

その気になれば僕の様子を伺うために潜むのは簡単そうだ。

身を隠せそうな雑木林があるし、建物の中からだってここが見える。

さらに念のためレンタカーの周りをグルグルと回った。素人目だけどクルマが何かされた形跡はない。ブレーキのオイルやガソリンが漏れていないか、臭いも嗅いでみたが異常なし。タイヤだってパンクしていない。

シャシーの下に潜り込まれて発信機でも付けられていたらお手上げだが、ナンバープレートが「わ」で始まっているので借り物だとすぐ分かるだろう。


どうせなら、もっとビビったふりをしてみようか?

それとも手遅れか。妙に冷静だなと自分でも笑ってしまいそうだ。

さて、モタモタしていれば手紙の主が出てくるかもしれない。

僕はレンタカーに背を預けて、もう一度そのルーズリーフを観察してみた。


筆跡や紙を追うことはできる。すごくお金がかかるけどね。

でももっと簡単な方法があった。

駐車場の角を見上げると監視カメラがあるのだ。

ここの警備に掛け合って、誰がこの紙を挟んだのか教えてはもらえないだろうか?

完全な部外者である僕が頼んでも無理かな。


ともあれ、手紙の主が伝えたいことは『詮索するな』ということ。

いったいなんのことだととぼけてやりたいが、この大学へ来た原因のことに違いないだろう。

ここまで取材だった。今は不明瞭な何かが僕を止めようとしてくる。


考えれば考えるほど分からない。

直接、そう言ってくればいいのに姿を隠している。ということは正体は知られたくないのだろう。

シャイな脅迫者だ。


僕は一旦、クルマに乗って駐車スペースから前進させた。

さらに自分のメモ帳を取り出して連絡用のメールアドレスと一言を書き込み、それを適当な石を乗せて駐車スペースへ置く。

あとは大学を去るだけ。ルームミラーをチラチラと気にしていたが追跡されてはいなさそうだ。


もし、誰かが見張っていたならメモを拾うだろう。

その人物がどうして詮索をやめろと言うのか、それが気になる。

是非とも連絡をとりたい。もっと言葉を交わしてみたい。


だからメモにはこう書いておいた。


『あなたを匿名で取材させてください』

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