第8話 ハンバーガートリップ
タフネスバーガーで昼飯を食べた。駅前の店舗なのに妙に人が少ない。昼時から外れているせいもある。半端な時間に呼び出されたから仕方ない。
並んで座る斉藤ハジメさんは、ワームチーズバーガーに齧り付いていた。
僕も同じものを頼んでいる。肉がミルキーな味わいで、辛めのソースと絡んで意外とイケた。バンズのセサミからもいい香りがする。
芋虫の形を真似た成型肉からは肉汁が溢れていた。
僕はハジメさんの横顔を一瞥する。
黒髪を真ん中で分けたスーツ姿の美女。こういうところで、こういうものを食べるタイプには見えなかった。
「本当にこれが情報料ってことでよかったんですか?」
「いいのよ」
「980円ですよ」
「高いわね」
新品の自動車と同じ金額の腕時計をした女性のセリフとは思えない。
けど相手の懐状況を探るような真似はしないでおく。
ガラス張りとなった外では灰色の景色が広がっている。駅へと人の列が吸い込まれ、駅から人の列が吐き出される。サラリーマンだったり、学生だったり、ごちゃ混ぜなのにどれも同じ顔に見えてしまう。
単調な繰り返しだが眠気を誘うものじゃない。
都会の喧騒は僕たちにまるで興味がないようで心地よさを感じた。
ここ最近、地方にばかり足を運んでいたので人間の情というものを感じる場面が頻繁にあった。
ちょっとした親切心をありがたいと思うこともあるし、鬱陶しいと思うこともある。
そういったものと無縁のここは気楽だ。
「久しぶりに直に会ったのに、そんなに外の景色が気になる?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけどね」
しょっちゅう電話をかけてくるので画面越しに顔を見る機会が多い。
指摘の通り、こうやって直に会うのは久しぶりだった。
僕にとっては大差ないように思えてしまうけど、それを口に出すほど無粋じゃない。
「で、どう? 取材の方は」
「向こうは僕の顔を覚えてくれたみたいですね。タブレット越しですがちょっとずつ反応が変わってきました」
「どういう風に?」
「最初の頃は怯え。次に警戒心。最近は興味といったところです」
「
「手厳しい。けど多少ですが言葉を交わしています。大体は例の川岸涼太が出てきて中断されてしまいますけどね」
なお、新咲ユリから提案された「何も喋らない作戦」はあっさりと失敗している。
試すだけ機会を無駄にしたわけだけど、そのことは忘れよう。
押してダメなら引いてみるのもいい。そんな風に浅はかに考え、案を採用してしまった僕が悪いのだから。
ハジメさんは興味があるのではなく、ただ世話話がしたかっただけのようだ。
それ以上、
しばし沈黙となる。僕は仕事以外で自分のトークにバリエーションがないことをたまに悔やむ。
こういうとき何を話せばいいだろうか?
しかもハジメさんの方からは視線が飛んできた。
目で「なにか話して」と訴えている。
困ったもんだ。食べ終わったし今日はこれでさよなら、なんて告げたら怒られそうだ。
「あ」
「どうしたの?」
「いえ、知り合いが前を通りまして」
「ちっちゃくてかわいいポニーテールの女子高生が?」
ガラス張りの向こうには、ブレザーの学生服を来た女の子が立っていた。
すぐ目の前で微笑みながら手を振っている。
コワーキングスペースのアルバイトであり、探偵気取りの新咲ユリだった。
間もなく新咲ユリはタフネスバーガーの店内に入ってきた。
「こんにちは、鏑木さん。打ち合わせ中でしたか?」
「新咲さんならすぐ判断ついたと思うけどね」
「あはは、確信が持てなくて裏を取りに来ちゃいました」
こういう場合は気付かぬフリをして通り過ぎて欲しいんだけどなぁ。
どうして裏を取る必要があるのかわかったもんじゃない。新咲ユリのバイト先からそう遠くないから、通りかかってもおかしくはないけどね。
あとでからかうネタにでもするつもりだろう。
「鏑木くん、このお嬢さんはどちら様?」
「僕がよく利用しているコワーキングスペースのアルバイトをしている子です」
「はじめまして! 新咲ユリです」
「斉藤ハジメです、はじめまして」
勢いよくお辞儀する新咲ユリに対し、ハジメさんの方は至って普通に対応していた。
二人は本当に雑談らしい雑談を始めるけど、何故か僕は気が休まない。
情報屋(と本人は名乗っている)と探偵(と本人は名乗っている)
なんだかお互いの腹を探り合っているみたいだ。
「あ、お仕事の話だったんですね。お邪魔しちゃってすいません! もしかしたらあの鏑木さんにカノジョがいたのかな〜なんて妄想しちゃって」
「新咲さん、それはハジメさんに失礼だよ」
「おやおや名前呼びなんですね」
妙なところで引っかかってくる。
でもまぁ、あとは無難に対応して退場してもらった。
どの道、新咲ユリにはバイトの時間があるのだから。
嵐のように去っていく彼女を見送り、ハジメさんは半眼になって僕を睨む。
「あぁいう子がタイプだったなんて意外ね、鏑木くん」
「なんのタイプですか?」
「ううん、別にいいけど。それはそうと、もしかしなくてもあの子なの? 『道具箱殺人事件』を解決した安楽椅子探偵ってのは」
「どうしてそう思うんですかね?」
「女の勘」
これまた返しにくい根拠を述べてくれる。
隠し立てするのは不義理な気がしたので「はい、彼女です」と答えておいた。
ハジメさんはとっくに空になったドリンクのストローを啜る。なんとなくつまらなそうな様子に見えた。
「ふ〜ん、そうなんだ」
「解決といっても、作業している僕のパソコンを後ろから勝手に盗み見て当て推量を披露しただけですよ」
「セキュリティが甘いなぁ」
「あの件以降、覗き見防止のプライバシーフィルタを付けてます」
「甘いのはガードの方みたいねぇ」
どういう意味なんだろう?
首を捻っているとハジメさんはスマホを取り出して何やらチェックしている。
「そういえば提案があったの。わざわざ呼び出したのはそのため。聞いてみる?」
「なんの提案かによりますね」
「新しい情報が手に入ったわ。
「情報料は?」
悪い癖ですぐに値段を聞いてしまう。少しは驚く反応でもしておいたほうがよかったかもしれない。
ハジメさんは「そうねぇ」と悩んでいる。
「そんなに大した内容じゃないのよね。学生時代に与野村と同じゼミだった人間を見つけたの。でも鏑木くんの興味の範疇じゃないかも」
「……与野村は大学時代から
「あら。それなら情報の評価が変わってくるかもね」
同じゼミの人間とはいえ、親しかったのかは分からない。
それに斎庭リエでなく、彼女のマネージャーだった故人を探って意味があるのだろうか。
でも今の僕が気にしているのは煌々館という、新興宗教団体が生み出した繋がりだ。
与野村のことを調べ、そこから何らかの材料でも得られれば事態は変わってくるかもしれない。あるいは徒労に終わる可能性もある。
「じゃあ、こうしましょう。情報料としてカラオケ奢って」
「ハジメさん、もう少し真面目に考えましょうよ。学生のノリですよそれ」
「他人の奢りで歌うのは格別なのよ?」
「まぁ、わからなくもないですけど」
「よし。じゃあ行きましょう。すぐ行きましょう」
「今からですか?」
やれやれ、参った。
こうして僕はカラオケに付き合うことになった。
ハジメさんは驚くほど歌がうまく、それはそれで新しい発見だったけど、こんな形で情報を売られている当人たちが哀れに思えてきた。
そして、そんな情報を元に動く自分も結局は哀れだと感じるのだった。
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