第3話 情報屋、斉藤ハジメ
「無理無理無理! こんなの食べられませんって!!」
叩きつけて殺した蛇に香辛料をまぶした上で葉を巻いて地中に埋める。
その上で火を焚く。しばらくして火が消えたら土を退け、蒸し焼きになった蛇を取り出す。
付け合わせはカタツムリである。殻の部分に木の枝を刺し、また別の火で炙るのだ。
これは立派な調理。日本にいれば普通はお目にかかれない食材だった。
奇食ハンターの
料理人はこの辺りに住まう伝統ある部族の一員で、そういう割にはアメコミのロゴTシャツを着てスマホを持っている。歯茎をむき出しにした満面の笑みに悪意はない。
「む〜り! 今回ばかりは絶対むり!」
カメラマンの前で、
しかし、ディレクターは「食べないと次のロケ行けないよ」と突き放す。
料理の周りには現地に人が大勢集まっていて、ゴスロリメイドの奇怪な東洋人に好奇の視線を向けていた。
彼らにしてみればこの料理は馳走であり、奇食ではない。
斎庭リエはその後もオーバーリアクションで悩み続け、葛藤を画面におさめ、葉の皿で差し出された蛇の肉を受け取る。
涙目で遠い故郷への想いを綴り、青果店を営む両親に産んでくれたことを感謝し、彼女なりの祈祷を完了してからかじりついた。
「んぐっ!?」
さて、ただ食べるだけではテレビの前の視聴者は納得しない。
これ見よがしな反応だけでなく、奇食ハンターには食レポが求められるのだ。
ピンク髪のゴスロリメイドが蒸し焼きにした蛇の皮をパリパリ貪る姿はまさにエンターテイメントそのもの。
普通に生きていたら絶対にお目にかかれない。
そんな彼女の口から、鼻にかかった声が出る。
「すっげぇくさい」
歯に衣着せぬストレートな感想を述べる。
勿論、現地人たちは日本語を理解していない。しかし、斎庭リエの顔から感想は察したことだろう。
「なんだろ、肉が獣くさい? あ、獣じゃないか。でもこう鼻にツンときて、ハッパのせい?」
画面下のテロップでは『ハッパ』が強調される。
麻薬を揶揄したブラックな笑いの取り方だ。
恐怖を隠そうとしない斎庭リエだったが、なんだかんだでしっかりと咀嚼している。白い手袋をした手でにょろっと長いものを掴むジェスチャを交えて解説をした。
「皮はね、あれに近い。焼いてパリパリになった鶏皮」
さらにもうひとくち。今度は皮だけじゃなく蛇肉も噛み込んだ。
年齢の割に童顔な斎庭リエは虚空に視線を送りつつ、自らの語彙で感想を編み出そうとしている。
「こう……口に含むとングってなって、呑み込むと臭いがブワァッって容赦なく広がる。でも、ぜんぜん食べられるわこれ。前にさ、アザラシに海鳥詰めたやつ食べたけどあれよりはイケる」
画面の端にマイルドなイラストのアザラシと海鳥が出てくるが、実際の見た目は推して知るべし。
なんだかんだで完食した奇食ハンターは、それから現地の人間の踊りやら音楽やらの歓迎を受けつつ、本人もテンションで追従して画面を賑わせた。
ディレクターから次の目的地を告げられてちょっとしたオチが入って、バラエティ番組の1コーナーが終わる。
僕は動画ファイルの再生を止めて、一息ついた。
自宅兼オフィスは広くもなければ片付いてもいない。
腰を庇うための高価なOAチェアーと、資料を広げるためのL字のテーブルの上だけは整頓してある。
ノートパソコンの画面を閉じて天井を見上げると、シーリングライトの中に虫の死骸を見つけた。あとで時間ができた時にでも取り外して掃除しよう。
「ふぅ」
あの事件の後で
といってもタブレットPC越しである。しかも取材は数分で打ち切られている。
できれば画面など間に挟まずに会ってみたい。そういった願いは叶わなかった。
さっき見ていた動画も実はレアモノだ。
斎庭リエの出ていた番組は全て中止、公開されていたコンテンツも閉鎖、出版した本まで残らず回収という始末である。
世間がいかに人喰いを忌み嫌うのかよく分かった。キャラクターとしては存在ごと抹消されたにも関わらず、本人には下卑た興味が付き纏っている。
なんとも歪んだ状況だった。
『サイトウハジメ様からお電話です。サイトウハジメ様からお電話です』
「つないで」
本棚の一角を占領しているディスプレイ付きのスマートスピーカーに通話の意思を告げると、画面には情報屋の顔が映し出される。
年齢は知らないが僕よりちょっと年上だろう。おでこの真ん中で髪を分けた黒髪の美女で、スーツ姿がよく似合っていた。
街中で見かけたら社長秘書か、あるいは本人が起業家かといった感じのオーラを発している。
『こんばんは、
「ハジメさんは地獄耳だね。どこで聞いたの?」
『いやん、鈍いわねぇ。私がけしかけたんだからマークしてないわけないでしょ』
誰かにつけられていたのだろうか。それならわざわざ、他の友人に行き先を告げる必要なんてなかったかもしれない。
もっとも、ハジメさんのことだから僕に何かあっても放っておいて、事件が成立した後で騒ぎ立てるに違いなかった。ウワサの新興宗教団体、フリージャーナリストを拉致!みたいな見出しをつけるだろう。
『それで愛しの姫君とは会えたのかしら?』
「う〜ん、どうだろう。話したのは数分で、しかも通話アプリを使わされたよ。本人には会えなかったね」
『あらあら。それじゃ取材に行った意味ないわねぇ。まぁ、あのカマボコみたいな建物の中に隠れているのは確かよ』
「あぁ、ハジメさんもアレはカマボコに見えたんだ」
『デザイナーのセンスを疑うし、あれで建築OKしちゃった施主には笑っちゃうわねぇ』
せっかく容姿に恵まれているというのにハジメさんはキャラ作りがちょっと古くさかった。
敢えて指摘するようなことでもないので黙っておく。
それに、この人は俺の情報源だから下手なことはしたくない。
「でも顔は確認できた。髪は黒く染め直していたし、メイド服じゃなくて煌煌館の信者の服を着ていた。受け答えは……ダメみたいだ。途中でカウンセラーが割って入ってきて中断させられたよ」
『それも妙な話ねぇ。カウンセラーってそういうお仕事じゃないでしょ』
「精神疾患の人を治すんだから合ってるんじゃない?」
『クライアントの……あぁ、クライアントというのはカウンセリングにおける治療を受ける人って意味よ。カウンセラーはクライアントが自らを見つめ直す手助けをするお仕事なの。治すという表現は正確じゃないわ』
「でも薬を出したり、悩みを聞いたりするもんでしょ」
『
「ハジメさんの言いたいことが分からないな」
『認定団体が認めればカウンセラーになれるけど、世の中には無認可の自称カウンセラーがウンザリするほどいるってこと』
「……斎庭リエは適切な心的治療を受けられていない?
『もしくは本人が望んでいないかのどちらかね〜』
それを十分承知した上で付き合っている。
こういう風に話を転がしてくるのは、僕に動いて欲しいからだろう。
「そのカウンセラーの正体って、もしかしてハジメさんは掴んでいたりするのかな」
『さすがに無理ねぇ。だってリエちゃんの居場所だけで精一杯。あの施設の中で何が起こっているかまでは知らないわぁ』
「顔、押さえてきたよ」
『マジ?』
「すぐ送ります」
僕は眼鏡を外し、つるの裏側にある転送ボタンを押す。
フチにあるネジはシャッターになっていて、装飾に偽装した超小型レンズが仕込んであるのだ。
タブレットPCでの通話中に男が割り込んできたとき、眼鏡の位置を直すフリをして咄嗟に撮影したのである。
煌煌館の支部長、船越に「彼は何者ですか?」と聞いたところカウンセラーだと答えていた。
そいつの写真は一旦、僕のノートパソコンに転送され、編集ソフトでちょっと補正をかけてからスマートスピーカーに再転送した。
ハジメさんは目を細めてその男の顔を眺め、スマホを取り出して何やら操作を始めた。
『え〜っと、こいつは川岸亮太。31歳。カウンセラーの資格を持っているってのは本当。G県にある江南クリニックと1年ごとの契約雇用。あぁ、例のカマボコからクルマで30分くらいのところに住んでるわねぇ』
「1分もかからず特定できた理由は?」
『イヤねぇ、鏑木ちゃん。それは私の情報網がスペシャルですごいからよ』
十分承知した上で付き合っているのに、僕でも怖くなることがある。
あるいは最初から知っていて、僕を思い通りに動かすつもりかもしれない。
「ということは、川岸の働いている江南クリニックから、斎庭リエが通話したということですかね」
『それは無いわぁ。リエちゃんは間違いなく
そう断言するだけの根拠があるらしい。
だが実際に確認した方が無難だろう。人里離れた新興宗教団体の施設にいるより、そのクリニックとやらにいてくれた方が取材し易い。
「あ、そういえば川岸の情報料はいくらですか?」
『そういう律儀なところ好きよ。そうね、後でタフネスバーガーのワームチーズバーガーでも奢ってちょうだい。セットでジンジャーエールとポテトも忘れないでねぇ』
たった950円で個人情報を売られた川岸涼太には同情しておく。
ともあれ、こうなってしまった以上は彼にも話を聞かなければならない。
僕の次の取材先はG県にある江南クリニックになった。
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