#10 満足
「ねえ、あなたは誰なの?」
「……私かい?」
「あなた以外にはここにいないでしょ」
気がつくと私はそこに立っていた。そこは小笠原の部屋ではなく、神奈川県にある私の部屋だった。
「私は"満足"だよ。まあ他にも言うべきことはあるがね。言わない。そう簡単には言わない」
自分勝手に他人のベッドに座る男。満足気なニタニタとした笑顔。人を揶揄するようなあからさまな憎たらしい顔。どことなく無邪気で子供っぽい声だった。
「他人のベッドに座って失礼だと思わないの?」
「そう……かい。じゃあ立つよ。それでいい?」
「ダメ。私の部屋から出て行って!あなたの顔を見てるとイライラするの」
「…なら君が私の部屋から出ていけば良いのに」
「は?いやだよ。何で自分の部屋から出ていかないといけないの?」
「君と私は相性が良いね。騙されたと思って出て行ってよ。大丈夫、大丈夫。それでぜーんぶ上手くいくからさ」
「……」
部屋の扉の前で立ち尽くす。すると扉を開けるのが怖いと感じている自分がいることに気がついた。そしてその扉の向こうに私に害を与えるものがあると確信した。それは何だろうか。私が知らない事実がそこにあるのだろうか。
「いーからさ!さあ、早く!」
しかし同時に、このままではいけないということも理解していた。この扉の向こう側に夢の終わりがあると分かっていたからだ。明晰夢の領域にもうたどり着いていたのだ。
その時、私は部屋の扉のドアノブをほとんど無意識的に見た。ドアノブの鍵穴から赤い鉛筆が出てきていたのだ。「にゅるっ」と赤い鉛筆が、想定される鍵穴の詰まりとか物理的な性質とか一切考えないような方法で出てきた。だから「にゅるっ」と出てきた。私はそう表現した。
「はっはっ!早く出ていかないから手遅れだよ」
それを見ていると赤色の鉛筆が溢れ出してきた。最初は蛇口を少し捻る程度であったその勢いも、段々と力を増している。鉛筆が溢れ出してきた。
「その考え方じゃあいつまでも答えに辿り着かないだろ?」
鉛筆は私の足元を満たした。あまりにも早く、水みたいに床を這った。腰まで鉛筆に浸かった時、揺れが起きて足元から崩れ落ちた。鉛筆の波に飲まれ溺れていく。
「たっ、助けて」
鉛筆は一つ一つが削られていたわけではないので、とくに痛いとかそういうわけではなかった。しかし確実に「苦しい」状態であったのは間違いがない。私はその中を泳いで行くことに決めた。
鉛筆の中を泳ぎ、そして何キロも先に到達すると光が見えて──
起きた。
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