第18話 マーロの発展がやばい
3-7 ヴィエンナ
統一歴0年5月22日
○ バルディ・ソリニウス・マーロ
分厚い雲で覆われた空を、大型の鷲が旋回している。地面を這う獲物を吟味するかのような姿は空の王者と評するに足る。
全てが順調に進んでいる。カバンから北上し、西に進路を取れば7日もせずにナーブの領都に到着できる。
マーロの周辺3領の平定は、想定よりも簡単に終わった。以前の自分のままであれば、領域主との一戦一戦が命懸け、カバンの領域主にいたってはこちらが死んでいた可能性の方が高い。
突然力が増したこの身体に何が起きたのか、付き従う兵達に何が起きているのか、疑問は尽きない。だが、今この瞬間、必要な力を得たことは確かであり、何故?に時間を割くより、行動に時間を割くべきと考え、義父殿の賭けに乗ったのだ。
結果、無茶な遠征は成功し、一ヶ月の間でこの力自体に慣れた自分がいる。
「オヤジぃ!あの旋回してる鷲、うざったくねぇか?俺、やってもいい?」
レチェも上空の鷲が気になっていたようだ。雲スレスレの位置を飛んでいるようだが、かなり大きく見える。あの動きと大きさは魔物である可能性が高い。襲ってくるわけでもないものを攻撃することに多少の抵抗はあるが、あれは魔物なのだと自分を納得させた。
「別にいいが、けっこう高いところにいそうだぞ?投げ槍で届くのか?」
「誰に言ってんだよ!まぁ、見てろよ。タトス、行くぞ!」
不敵に笑ったレチェがゲミルから槍を受け取り、愛馬に速度を上げさせ集団から離れていく。隊から100メードほど離れた地点で振り返りこちらに向かって駆けてきた。人馬が一体となり風をきる。言動に問題はあるが馬に乗る姿は美しい。こちらとすれ違いながらタトスの上で全身を弓のように後方に反らせた。
「オラァッ!!!!!」
タトスを急停止させ、その反動と身体のバネを利用し槍を上空に投げ放つ。上空の鷲に槍が肉薄する、当たるか、ダメだ。軌道が読まれている。余裕を持って避けられたようだ。
「ちぃっ!ダメか。オヤジぃ!思ってるより高いところにいるぞ、あいつ。この距離だと軌道が読まれて当てられそうにねぇや。」
投げ放った槍の落下地点に回り込み、落ちてきた槍を空中で掴みながらレチェが負け惜しみじみたことを言ってくる。
「あぁ、この距離であのデカさ。あいつはたぶんヴィエンナの領域主だろう。あの高さにいられると、かなり厄介だな。レチェ、俺もやってみる。槍を貸してみろ。」
見事な槍の投擲に触発された。自分の力を試してみたいという欲望もある。
「いや、オヤジでも結構きついぞ?あれ。」
「あぁ、当たるかは分からんが試してみたいことがある。」
「別にいいけど、この槍、結構気に入ってるから壊すなよ?」
レチェから槍を受け取り空を見上げる。先程まで円を描きながら飛んでいた鷲が8の字に飛ぶようになった。こちらの動きへの警戒が見て取れる。当てるのは厳しいだろうか。
試したいこと。カバンの領域主打倒後、身体に流れる魔力を感じられるようになった。魔法、これまで使いたくても使えずにいた能力。自分に魔法が使えれば、と思ったことは一度や二度ではない。それが、今なら使える気がする。
空を見ながら意識を集中させていく。カバンの領域主が使っていた闇魔法を想像し身体に流れる魔力を操り、手の先に集めていく。指先が暖かくなりカチリと何かが合わさった気がした。瞬間腕を上げ、鷲に目掛けてそれを放つ。
5つの黒い球体が現れ、上空に放たれた。カバンの領域主のものと比べると小さいが同じ魔法だ。自分に迫るそれらを見た鷲が旋回の速度を上げ回避しようとしている。
やつの軌道が読めてくる。馬の上に立ち上がり、跳躍。その勢いのまま全力で槍を投げ上げる。
飛んでいく槍。遅れて聞こえてくる槍が大気を断つ振動。黒球に気を取られていた鷲が槍に気づいた。だがすでに遅い。槍が、鷲に当たる。
寸前の所で体を傾けられた。胴を外れ翼に当たり、槍が粉々に砕け散った。
「あーーーっ!!!オヤジぃ!!!槍壊すなって言ったろうがーーー!!!あれ、大事にしてたのにー!」
片翼を失った鷲が空から落ちてきた。大きな音をたて頭から叩きつけられる。遠目で気づかなかったが頭が二つある。片方は潰れているが、片方はまだ、生きているようだ。
当たるとは思っていなかった。殺すつもりもなかった、が虫の息の魔物。剣を抜き斬撃を放ち、トドメを刺した。空の雲が晴れていく。やはり、この双頭の鷲が領域主であったようだ。
「レチェ、すまん。帰ったら新しい槍を買ってやる。」
「あれが!!!気に入ってたんだよ!!!」
レチェが拗ねてしまったようだ。ああなると暫く口も聞いてくれない。能力や話し方に似合わず子供っぽいところはいつまで経っても変わらないな。
《5領を治めました。称号:小領主 を入手しました。領主館が拡張されます。領主の能力が向上します。領主スキルが強化されました。》
頭の中に声が流れてきた。突然のことに身体が強ばる。同時に身体に力が流れ込んできた。5領を治めた称号?治める領の数が増えることで力が増す、ということか。
それにしても今の声はなんだ。なぜ力が与えられる。誰が力を与えた。分からないことだらけだ。世界を動かす意思のようなものが垣間見えて、驚きよりも気持ち悪さを感じる。
この世界を作ったやつは、人と魔物を戦わせて遊んでいる。神か、それに近い存在か、分からない。だが、この存在がやっていることが悪趣味な遊びであることは確かだ。
悪趣味な遊びに付き合わされる人間や魔物。
そこにある命や意志をなんだと思っていやがる。
沸々と湧いてくる怒り、こんなふざけた世界は早く終わらせなくてはいけない。
「レチェ!拗ねるな。ナーブに急ぐぞ。」
進路を西に取り、ナーブの領都を目指して馬をかけさせる。
3-6 ナーブ
統一歴0年5月26日
ナーブの領内に入ってすぐに、整備された道にぶつかった。幅10メードはある石畳のような道路。10年前にはなかった道が整備されていることに驚く。道路の周囲一面には刈り入れを待つ麦畑が広がり、ナーブの豊かさと義父殿の統治能力の高さを表していた。
進みやすい道路を領都に向け駆けると2日ほどで領都が見えてきた。ゲミルを先行させ、義父殿に到着の報告を入れさせる。
領都に着くと門のそばに義父殿が迎えに出て来ていた。
「婿殿!よく参った!その様子じゃと、万事上手くいったようじゃの。まぁ、話は後じゃ、まずは館で旅の疲れを癒やしなさい。」
義父殿の笑顔が明るい。こちらの動きはある程度掴んでいるようだ。
「有難う御座います。3領の平定、終えて参りました。兵も馬も疲弊していますので、お言葉に甘えて少し休ませて頂きます。」
「かっか、そう固くなるな、婿殿。3領どころか4領平定して来たのじゃ。ゆっくりしてくれればよい。ナーブの禅譲に関してはその後で良い。なに、こちらの準備は整っておる。」
ナーブの領主館に案内され、馬と兵達に休息を告げた。こちらの到着をある程度把握していたのか、兵舎や食事の準備が整っていた。案内された部屋で旅装を解いていると扉を叩く音が聞こえた。
「婿殿、休んでいるところ済まんの。食事の前に明日以降の打ち合わせをしておきたい。」
「問題ありません。明日以降というと、禅譲の件でしょうか?」
「そうじゃな。領民にはナーブの禅譲は既に伝えておるからいつでも良いのじゃが、婿殿もマーロを離れて久しいじゃろ?禅譲は早めのほうが良いと思うんじゃが、どうじゃろ?」
「申し出、有り難く。たしかに早くマーロでカリーナとシーザーに会いたいと思っています。」
「ふむ、なら禅譲は明日やってしまおう。統治に関するあれこれは後日、キャベリも交えてで良いじゃろ。道もできておるし、ここらからマーロまでなら3日もあれば着くじゃろうから儂も婿殿と共にマーロに行くことにしよう。」
「3日ですか?あの道路はマーロまで建設されているのですか?いや、ナーブの技術力は凄まじい。」
「何を言っとるんじゃ。あれを作ったのは婿殿のところの工兵じゃろ?あ、いや、まぁ、詳しくはマーロでキャベリにきいてくれ。では、また食事の時にの。」
うちの工兵?なにを言ってるんだ、義父殿は?まぁいい、帰ればわかることだ。そそくさと出て行く義父殿を見送った。
翌朝、領主館前の広場にナーブの有力者、領兵、文官達が集められた。壇上に義父殿と共に並ぶ。
「皆の者!忙しい中よく集まってくれた。先の通達通り、シャテル・コメティウス・ナーブはナーブの領主権をバルディ・ソリニウス・マーロに禅譲する!」
義父殿の宣言に集まった者たちが息を呑む。視線が俺に集まる。歳のいった者たちの目には涙が溢れている。
「なに、心配するな。儂もただ引退するわけじゃない。婿殿の後見としてこれまで通り統治に参加するつもりじゃ。身体を酷使するのは若いもんに任せるということじゃ。皆には今まで通り、儂と、このナーブのために尽くしてもらいたい。」
義父殿の言葉に安堵の空気が流れる。
「うちの婿殿はすごいぞ?この一ヶ月で4領の平定をこなしおった!ナーブを加えて6領の領主じゃよ。このまま、10、20、いずれは50の領を征し皇帝になるはずじゃ。皆で協力し、人の世の世界を作るのじゃ!婿殿!宣言を!」
「バルディ・ソリニウス・マーロだ。皆に約束しよう。数千年続く人と魔の争い、俺と俺の息子が終わらせてみせる。この禅譲はそのための第一歩となる。義父殿とともに協力してくれ。」
「「「「「応!!!」」」」」ドンッ!!!!!
このドンッてやつ流行ってんの???
4-6 マーロ
統一歴0年6月2日
ナーブの領主権を禅譲され、即座にマーロへと移動を開始した。義父殿の話の通りマーロとナーブの間には道路が整備されておりまもなく領都に到着出来そうだ。
マーロの領内に入るとその変貌ぶりに驚かされた。道路の両端がことごとく開墾されており一部には作物まで植えられ育っているのが見てとれた。
驚きながら進んでいくと領都が見えて来た。たぶん、あれは領都のはずだ。
でかくない!!!?
領都でかくなってない!!!?
あんなに壁高かったっけ!!!?
全部倍くらいになってない!!!?
「レチェ!!!領都ってあんなデカかったっけ?」
「んなわけあるか!でかくなってるよ!俺も意味がわからないんだから聞くな!!!」
やはり領都が大きくなっているようだ。レチェもそんなに怒らなくてもいいだろうに。
領都に近づくと門の前までキャベリが迎えに出て来ていた。後ろには領兵達が並んでいる。たぶん、あれはうちの領兵だ。数は増えているが、レフィの姿もあるし。
なんか、見たことのないエルフとか獣人とかがいるけどね!!!!
うちの領兵であってるよね!!!?
領都内に入ると中の道も整備されていた。道の両端には領民達が並び迎えてくれている。花が投げられ、声援が送られ、まるで祭りのようだ。
「バルディ様!万歳!!!」
「うちの領主様、6領も押さえたみたいだぞ!」
「マジか!すげーな!」
俺の遠征の成功を皆が喜んでくれている。
「なんか、ジュリアス教もバルディ様に従ってるみたいだぜ?」
「最近、領都の飯が美味くなってるのも、領主様の料理人が作り方を教えてるみたいだぜ?」
「マジか!?じゃあ大聖堂も領主様の指示でできたのか!?あの美味いパンも?何でもありだな領主様!」
ん?何の話だ?
ジュリアス教?料理?パン?
大聖堂って、もしかしてあのでかい建物?
時計のあるやつ?
あんなもんいつ作ったの!!!??
というか、領主館でかくなってねぇ!!!???
「レチェ、なんか館もでかくなってないか?」
「だから!!!俺に聞くな!」
なんだよ!!!怒るなよ!!!
何?何が起こってるの!?
誰か教えて!!!
とりあえず
マーロの発展がやべぇええ!!!
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