第10話 うちの孫がやばい

 娘が嫁に行く。

 亡き妻によく似た笑顔の娘で子供たちの中で特に思い入れが強い。


 幸いにも相手は木訥だが意志の強い目をしたいい男だ。家族が増えるのは悪いことじゃない。別に遠くに離れるわけでもない。


 だが、この心を捉えて離さない寂しさはなんだ。こんな時、妻が生きていれば、あれこれ思い出話で気を紛らわせたんだろう。


 今夜は飲みなれない酒がすすむ。


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4-6 マーロ

統一歴0年4月9日

○バルディ・ソリニウス・マーロ


 義父上から手紙が来た。数日内にシーザーを見に行く、と書かれている。手紙を出した時点の数日内なら今日、明日にも到着する可能性がある。


 俺は義父上が苦手だ。優秀な先輩領主への嫉妬とカリーナを妻にする際に、半ば無理矢理に認めてもらった借りのようなものからくる苦手意識だ。


 シャテル・コメティウス・ネーブ


 ネーブの領主で、商人上がりの頭の回転速さで領地を豊かにしている。すでに3度の領域主の復活を切り抜けており、その治世は36年に及んでいる。


 36年間ただ領地を安定させていたわけではない。有り余る税収を使い数年に一回のペースで他領にも侵攻している。昨年も3つの傭兵団を使い隣の領であるヴィエンナを調査している筈だ。65歳という歳でその野心を見せる。俺の義父上も化け物ということだろう。


 その化け物も、味方になればこれほど心強いことはない。今回の来訪で領土の拡張の支援を貰えるならかなり助かる。シーザーのために、この機会を活かさなくてはいけない。


○ シャテル・コメティウス・ネーブ


 もうすぐ孫に会える。


 その期待に心が湧き立つ。出産後を乗り越えた娘にも久し振りに会える。ついでに面倒だが婿殿にも会わなくてはいけない。


 両隣には30年来の部下達が護衛として付き従っている。皆、皺が深く入りその年齢を思わせた。儂も同様に歳をとったということだ。


 遠くに見えるマーロの領都を見ながら物思いにふける。


 いつからだろう、冒険に心躍ることが減り、家族や友人と語らう時間が増えたのは。守りに入り、領の運営にのみ力を注ぐようになったのは。己の弱みを見せぬよう、形だけの他領への侵攻を見せつけるようになったのは。


 領主になることを夢見て家を飛び出したのは50年も前になる。まずは金を稼ごうと、背嚢一つで魔物から逃げながら商売をした。手元に残る利益など微々たる物でしかなかったが目標のための冒険に毎日が充実していた。


 腕っぷしが強いわけではない。万全の準備を整え、それでも足りぬと策を巡らし、慎重に慎重に商いを重ねた。20年経った頃には大きな商団を率い多くの傭兵を雇えるようになっていた。


 ナーブの領域主、猫頭を持った蛇タッツェルブルムの討伐にも策を使った。毒を使う魔物だが単独行動が多く動きも遅いことを事前に掴んでいた。幾重にも罠を張り、動きを封じ、罠の中へと追い込んでいった。落とし穴にハマり、何本もの槍が刺さり瀕死の領域主に、それでも慎重に近寄らぬように矢を射て、槍を投げとどめを刺した。


 ナーブの領主になった後は荒れ果てた領の再生に奔走した。幸いにもナーブの特産品は麦だ。作れば作るほど売れた上に、手間隙をかければ酒になる。酒もまた飛ぶように売れていった。


 ナーブの領主権には見たものの能力を鑑定できるようになる力があった。能力は数値化され、持っている技能や、ついている職業なども見ることができる。これを使うことで適切な人を雇い、導き、育てることが容易になり人の面でも充足していった。


 領内が安定し、そろそろ領土の拡張を考え始めた頃、カリーナが産まれた。


 40になって産まれた娘は目に入れても痛くないほど可愛く、その成長を見守りたいと領土拡張を後回しにしていった。カリーナが10を過ぎたときには、冒険への気力を失っていた。


 10年前、魔物に襲われていたカリーナを一人の若者が救った。愛する娘を救ってくれた若者に礼がしたいと領都の館に招いた。


 目の前に赤髪で堂々たる体躯を持った偉丈夫が立っている。娘への感謝に先立ち、儂自身が失った若さと、持っていなかった武を持つ青年への嫉妬と羨望が心を埋め尽くした。


 緊張を隠さない若者が開口一番カリーナとの結婚の許しを申し出てきた。カリーナも知らなかったのであろう告白に、横で頬を赤らめながら唖然としている。どうやら満更でもなさそうだ。


 見た目、強さ、勇気や胆力、婿に迎えるのになんの遜色もない。だが、口からは別の言葉が出ていた。


「ただの流浪者に娘はやれん。最低でも領主になってから戻ってこい。」


 カリーナが非難の目でこちらを見ている。儂はなぜあんなことを言ったのか。この頃からカリーナとの間には修復できない溝ができたままだ。


 追い返すための方便だった、領主という条件。驚くべきことに若者はものの一月で領主になり戻ってきた。バルディ・ソリニウス・マーロとして。右目と左手を失って。


 傷物になったバルディに娘をやるのは躊躇われた。が、そんなことは気にせず半ば駆け落ちのようにカリーナはバルディに嫁いでいった。


 その娘と久しぶり会う。最初はなんと声をかければ良いか。娘は、儂を許してくれるのか。


 マーロの領都、門は開けられ、婿殿が迎えに出てきていた。父親になったからか、領主として長い年月を過ごしたからか、別人かと思うほどの雰囲気を漂わせている。


「義父上、お待ちしておりました。長旅お疲れでしょう。館にご案内いたします。」


 10年前儂の前で緊張していた若者はそこにはいない。


「婿殿、出迎えご苦労、さっ、早く、孫に会わせてくれ。」


 領内は領域主の打倒後すぐのためか、活気に満ちている。館に着くとカリーナが迎えに出てきていた。あのとき失ったはずの笑顔で。


「父上、お越しいただき有難う御座います。さぁ、お茶を用意していますので中にお入りください。」


 甘やかし育てたせいか、意思を強く外に出さなかった娘が、母親になっていた。持っている空気は柔らかく、とても力強い。この姿を見ただけでかつての自分が誤りだったのだと再確認させられる。


「カリーナ、ますます美しくなった。元気そうで何よりだ。」


 ニコリと微笑む娘に涙が出そうになる。


 客間で茶を飲んだ後、孫を見に移動した。小さなベッドに赤子が寝かされている。近寄ると婿殿の赤髪に娘の瞳を持った可愛らしい男の子がこちらを見つめていた。産まれて一月ほどのはずだが、すでに目には意志の力が宿っている。


「シーザー、であったか。カリーナ、素晴らしい男の子を産んだな!この子は、10や20の領を治める器かもしれん。」


 多少大袈裟に褒めながら、シーザーに鑑定を使う。



はい!!!!?

えっ?はい!!!!?


あれ?見間違いか?儂も耄碌したな。

もう一回鑑定。




見間違いじゃないわーーーーーい!!!

なんじゃ!これ!!!!!

見たこともない数字と技能、職業が大量に並んどる!!!!!

なんか、「人族」の後に「❓」って出てるんじゃがーーー!!!!!


人間じゃないんか!!!?

なんじゃ、儂の孫ーーー!!!???


 危ない、危うく取り乱すところじゃった。娘と婿殿が見ている。平静を取り繕いながら婿殿に話しかける。


 この状況で平静でいられる、儂、すごい。

 この状況で孫のことを端に追いやる儂、すごい。


「婿殿も、良い後継ぎが産まれたこと、お喜び申し上げる。10年で領主として立派になられた。」


「義父上、有難う御座います。シーザーと共に、マーロだけでなく、果ては帝も目指す所存でおります。」


 ニコリと笑う顔に凄まじいまでの決意が宿っている。帝か、なかなか大言を吐くようになった。婿殿をまじまじと見る。


ん?あれ?婿殿?

今頃気づく儂も儂じゃが、なんで右目と左手治ってるんじゃ?

百歩譲って目は治るとして、左手は肘から先がなかったはずじゃが?

えっ?怖いんじゃが!!!

手って生えるんかの?



生えんよね!!!!!

潰れた目も治らんよね!!!!


一応、鑑定しとこうかの。



なんじゃ!!!!!

これ!!!

シーザーほどじゃないが、充分ばけもんじゃ!!!!

うちの婿殿も孫もばけもんじゃ!


帝発言、大言じゃなかったーーーー!!!

これ、充分できるやつじゃー!!!

というか、楽勝なやつじゃー!!!


 危ない、儂の平常心崩壊寸前。

 それでも表面上平静を装う儂すごい。


 と、頭の中に言葉が流れ込んできた。


『祖父殿、祖父殿。そのまま、親父殿に気づかれないよう聞いてほしい。』


はっ?なんじゃ?もう辞めてくれんかの?

儂の表情筋限界突破じゃよ?


これ、シーザー?


 チラリとシーザーを見る。こちらを見ている。あ、シーザーじゃな。産まれて1ヶ月でも話せるもんなんじゃな。


んなわけあるかーーーーい!!!!

やべぇ!!!儂の孫やべぇ!!!


 それでも心穏やかに見える顔で婿殿に話しかける。

 儂、完璧超人。


「帝か、お主とシーザーならなれるかもしれんの。これは、儂も負けてられんな。かっはっは」


あかん、かっはっはってなんじゃ。

こんな笑い方したことないわ。


『俺はこの世界を統一するため神に遣わされている。もちろん祖父殿の血の繋がった孫であることは間違い無いからそこは安心してほしい。しばらくは親父殿に動いてもらう予定でいるから、祖父殿にも手伝ってもらいたい。いかがだろうか?』


何言っちゃってんのー?

うちの孫ー!!!!!

神に遣わされてるってなにー!!!?


もうダメじゃー!儂陥落ーーー!!!

抵抗不能ーーー!!!完敗ー!!!

完敗に乾杯ーーー!!!


もう無理じゃ!流れに乗ってくしかないじゃろこれ!

それでも顔には出さない儂完全無欠シジイ!


「最近儂も歳を感じることが多くなってきてな。引退するのも良いかもしれんと思っておる。シーザーという素晴らしい孫も生まれたことじゃし、ナーブは婿殿に譲り後方支援に回ろうかと考えておるが、どうじゃろう?」


 儂の言葉に婿殿が驚いている。ついさっき負けてられんと言ったのに、突然の引退宣言の儂に驚いておる。そりゃ、そうじゃ!今決めたんじゃからな!


「義父上、それは、願ってもないことでありますが、義父上はそれでよろしいのか?」


 婿殿は、儂が他領も収めたいと思っておるのじゃろう。驚いた顔でこちらを見ている。だが、僅かにあったその想いも上辺の取り繕いも全て消えてなくなったわ。


「儂の夢は、婿殿と孫に継いでもらうかの。」


 しかし、やられっぱなしも癪じゃな。軽い条件はつけておこう。


「しかし!婿殿も知っての通り、儂はごうつくジジイじゃ。ナーブをタダでやるのは落ち着かん。そこで、5月の終わりまでに、後3領落としてみせよ。それが済めば儂の領と合わせて5領じゃ、座りがよかろう?」


 婿殿に笑顔を向けて、シーザーをチラリと見た。これで良いじゃろ?シーザー。


 「兵糧などはこちらで用意してやろう。やるかね?婿殿。」


 婿殿が家宰と娘を見て頷いた。


 「もちろん、やって見せましょう。ナーブで禅譲の準備をしてお待ちください。」


 婿殿も言うようになった。なんか知らんが、楽しくなってきたの!!!久々の冒険の気配に心が躍る!こりゃ、後20年は簡単に死ねんわ!


 翌日、ナーブへの帰り際にシーザーの顔を見に来た。


「シーザー、別れの前にもう一度顔を見せておくれ。」


 ベッドで眠るシーザーに顔お近づけて語りかけた。


「シーザー、お主の覇業、儂も付き合おう。婿殿には頼めないことなど、儂を頼ればよい。孫が世界を統一する。こんなに楽しいことに混ざらんわけにはいくまい。」


 目を開けたシーザーがニヤリと笑った気がした。さて、ナーブに帰って忙しくなるわい!早めに禅譲の準備をせんと間に合わん。


 儂の冒険はこれからが本番じゃ!

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