第8話 俺がすごい

「社長はほいほい頭を下げすぎです!白眉の社長として誇りはないんですか!!!」


 秘書の山下が今日もキャンキャンうるさい。


「うるせぇなぁ。社長としての誇り?あいにくてめえのための誇りなんて持ち合わせてねぇよ。家族や社員や会社のために泣きながら土下座するのが俺の誇りなんだよ!」


「社長?カッコつけても許しませんよ?」


なんなのこいつっぅ!!!


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4-6 マーロ

統一歴0年3月21日

○バルディ・ソリニウス・マーロ


 ビオス山付近に着き丸一日、領域主カースウルフを捜索している。前回と同様に軍を組み、近づけば襲いかかってくるはずであったが当てが外れた。領域主の足跡や臭い、食事跡が示している。


 奴は俺から逃げている。


 遠くで白塵が舞い、斥候に出していた騎馬隊が報告に戻ってきた。


「オヤジ!やっぱこの辺にはいねぇぞ!雑魚が5,6匹の群れでいることはあるんだがなぁ。たまにカースらしい足跡が見つかるんだが、木に登ったり、自分の足跡を踏んで戻ったり逃げに徹してるみてぉだぞ。」


 やはり、本気で身を隠そうとしている。一体やつは何を考えている?この局面で逃げを打つ利はなんだ?奴自身を囮に手下に領都を襲わせるつもりか?だとしたら面倒だ。こちらも大きく動く必要がある。


「レチェ、お前は騎馬隊を二つに分け、ビオス周辺を周回、カースをここに閉じ込めておけ。」


「えぇー?また?俺、そんなんばっかじゃねぇ?カースとやらせろよ!」


「時間がない。黙っていうことを聞け!ルベリコ、レフィ、歩兵の中でも精鋭を20、魔法兵を10選べ。俺がビオスに入る。」


 ルベリコが無表情で難色を示す。


「お館様がそのように動く必要はありません。私かレフィが探して参りますので、ご自重ください。」


「すまないが却下だ。これは俺がやる。俺が無防備に近づけば出てくる可能性が高い。二人も残りの兵を分けてビオス周辺を周れ。決してカースを逃すなよ。」


「ちっ、わーったよ。」

「わかりました。」


 二者二様の不満を浮かべ頷いた二人がそれぞれの仕事に向かった。


 レフィが連れてきた兵たちはそのほとんどが鉄腕時代からの部下たちであった。決死の突入に際して頼りになる面子だ。


「みんな、損な役回りを押しつけてすまない。これからビオスに入る。視界の悪い森の中だ。それぞれ注意しながらカースを探してくれ。だが、時間との戦いになる。多少無理な移動もするがついてきてくれ。」


「「「「「応!!!」」」」」

ドンッ!!!


えっ?これ、ここでもやるの?


 俺を先頭に大きな半円を作り森に侵入する。森の中は静かで、俺たちの足音がこだました。


 いや、静かすぎる。魔物だけでなく、動物の声も聞こえない。森に、何が起きている?


「お館様、ちと張り詰めすぎですぜ。それじゃあ、虫も近寄ってきませんぜ。そばにいる俺らもキツい。」


 20年来の付き合いのある部下が気安く話しかけてきた。確かに、少し緊張していたようだ。


「あぁ、すまない、皆を無駄に緊張させてしまったな。少し肩の力を抜く。」


「そういう意味じゃねぇんですがね。まぁ、ちったぁやわらいだからいいですがね。」


 部下が汗を拭きつつ何か言いながら持ち場に戻っていった。


 3時間ほど捜索を続けたころ、ようやくカースの足取りを掴んだ。


「お館様、この足跡はまだそんなに時間が経ってねぇもんです。だんだん近づいてきてますぜ。」


 カースの足跡に、付き従う大きめの個体数匹の足跡が見てとれた。多くても10匹程度の群れで移動しているようだ。


「戦闘が近い。半円を小さくしてくれ。」


 部下たちに指示を出した刹那、すぐそばで狼特有の遠吠えが聞こえた。シルバーウルフにしては威圧感が強い?もっと強力な個体か。


 前方から4匹の狼が近づいてきた。でかい。それぞれが3,4メード近い個体だ。これは、キングウルフか!シルバーウルフの最上位個体だ。強くなったはずの部下たちが動揺し萎縮している。


「魔法兵を中心に方陣!

 盾構え!

 槍水平に構え!」


 軍の萎縮を取り払うように大声で指示を出す。伊達に長く軍にいない。指示さえあれば落ち着きを取り戻す。硬さのとれた部下たちが動き始めた。目の前の4匹はマズイ。カースの前に消耗したくなかったが、俺がやるしかない。


 近づいてくるにつれ、俺たちを囲むように4匹が距離を取り始めた。最も右にいる個体が突っかかてくるような姿勢をとった。合わせるように俺もそちらに大きく一歩踏み出す。


 瞬間、視界がブレ、目の前にキングウルフが迫っていた。


あれ?なんで?


 チラと振り返ると元いた場所から10メードほど移動している。それを見た部下たちが唖然としている。


 視線を戻すとキングウルフがその逞しい前脚をこちらに振りかぶっていた。剣を抜く暇はない。振り下ろされた前脚をかいくぐり、拳をキングの顎に叩きつけた。


 キングの頭部が爆ぜた。文字通り、粉微塵に。残された胴体が意思を失い血飛沫とともに倒れる。そーっと振り返り兵達を見ると一様に苦笑いを浮かべている。


「お館様、そりゃありやせんぜ?」


 部下の落ち着いた声が聞こえた。


 残りの3匹のキングウルフを見ると尻尾を丸め後脚に挟みブルブルと震えている。


うん、知ってた!!!

ずーっと見ないふりしてたけど、気づいてた!

兵達がやばい、隊長達がやばいとか言ってたけど、本当はね!


俺がね!1番やばい!!!!!


もうね、最近ね、コップ持ったら割れるわ、手を振ったら暴風が起きるわ、ちょっと気合い入れたら身体からゴゴゴゴって鳴るわ!俺!大丈夫だよね!!!?


まだ、人間だよね!!!?


 視界の端でキングウルフが動くのを捉えた。怯えていたのが嘘のような動きで俺に襲いかかってくる。巨体を活かした体当たりを紙一重で避け、横から胸を蹴り上げる。キングの上半身が直角に折れ曲がり、天を仰ぐ形で絶命した。


 それを見た残りの2匹はこちらと距離を保ちながら逃げるでもなく威嚇牽制してくる。ガタガタと震えながら。


 明らかな戦闘力の差を突きつけられた、野生動物としてはあるまじき行為。


 その行為を見て察する。


 そうか、お前達は主を逃すための殿を務めているんだな。 


 胸に溢れる敵への敬意に戸惑う。不倶戴天の敵だと思っていた魔物は、種族を守ることに努める俺たちと同じ生物でしかなかった。


 久しぶりに胸の奥底から怒りが湧いてくる。


 なんだ、この世界は。生き物が生き物らしくいられない。何がとは説明できない。だが、間違っている。こんな世界、俺とシーザーでさっさっと終わらせなくてはいけない。


 戸惑いを捨て、本気で動く。全力で2匹の後ろに回り込む。2匹とも俺の動きを追えていない。後頭部を剣の腹で優しく叩き、2匹を昏睡させた。


 どうっと倒れた2匹のキングを一瞥し部下達に告げる。


「こいつらはこのままでいい。引き続き、カースを追う。もう、すぐそばにいる気がする。」


「「「「「応!!!」」」」」

ドンッ!!!


うん、ドンッもなんかだんだん慣れてきた。


 そこから日が落ちるまで追跡を続ける。近くに気配は感じる。だが、姿が見えない。森の中を暗闇が包んだ頃一時追跡を止め休息を取ることにした。


「お館様、陣幕を張っておきました。少し休まれてください。兵達も半分を休ませ、半分で警戒にあたります。」


 陣幕はいらないと言ったのに立ててしまったようだ。


「すまない。明け方、すぐに動けるようにしておいてくれ。奴の気配がしたらすぐに報告をくれ。」


「わかりました。ですが、お館様が休まれないと兵が休めません。ちゃんと休むようお願いしますよ。」


 この兵頭も鉄腕時代からの部下だ。俺の性格をよく理解してズバズバものを言ってくる。


「分かった。有難う。」


 陣幕内の胡床に座り、剣と鎧の手入れを行う。精神的な疲れはある。が、一日中動いていたにもかかわらず身体に疲れはほとんどない。


 この身体に、いや、部下達や俺に何が起きているのか。シーザーが産まれてからマーロに住む人間たちや環境が大きく変化し続けている。


 神子の力で片付けるのが難しいほどの変化。


 突然強い眠気に襲われる。ここで、本格的に、寝るわけには、いかない。が、なんだ、これは。




 目を開くと広い草原の中に立っていた。腰にはさっき手入れをしていた剣が下がっている。これは、夢か?周囲は霧が立ち込めており遠くまで見ることができない。


 と、霧をかき分けてカースウルフがこちらに歩いてきた。久方ぶりに見る、王者の風格。やはり、これは夢。


「これは、夢か。久しぶりだな、カースウルフ。」


 語りかけるがカースの目には敵意と恐怖が見えるだけだ。夢の中ならもしや語り合えるかもと思っていたが、やはり無理か。


「夢の中の前哨戦ということか。ちょうどいい訓練だ。かかってこい。」


 領域主がふっと横を向き、何かを見つめた後、覚悟を決めたかのように襲いかかってきた。鋭い鉤爪がついた人の頭ほどある前脚が眼前を通り過ぎる。夢の中のためか、かつて戦った時ほどの速さや脅威を感じない。


「遅い、遅いな、カースウルフ。」


 カースの攻撃を避けながら煽る。憎みきれない宿敵を殺すために自分の心を煽る。10、20と避け続けるとカースの動きが鈍ってきた。体力ではなく、心の限界か。

 

「気高き狼の王よ!せめて一太刀、苦しまぬように殺してやる。」


 そう宣言することで胸の中に沸き起こる想い、何故殺さなくてはいけないのか、と言う疑問を断ち切る。腰の剣を抜き、カースの攻撃を避けると同時のその首を断ち切った。


「夢にしては生々しい。まぁ、実物とやりあう前に覚悟を決めることができたな。」


 胴と離れたカースの頭に黙祷を捧げる。


 目を開くと陣幕の中に戻っていた。ご丁寧にカースの亡骸も目の前にある。これも夢の続きなのだろう。


 「こ、これは!カースウルフ!!!お館様!まさかお一人で討伐されたのですか!!?」


 陣幕に入ってきた兵頭が大声をあげると、何事かと兵達もわらわらと入ってきた。


あ、あれ?これ、夢だよね?


「まじか、確かにあれカースウルフだわ。」

「あの切り口、一太刀だぞ。」

「いや、もうお館様一人でくればよかったんじゃね?」

「お館様、まじぱねぇわ。」


 兵達がざわついている。空を見上げると、領を覆っていた雲が晴れ、木々の隙間から明るい光が差し込んでいる。


 あれよあれよと撤収作業が進み、ビオス周辺の兵達と合流した。皆、領域主の打倒を喜んでいる。


まぁ、夢の中で、なのだが。

夢、だよね?


 帰りも行きと同じく全力で駆け、1日で領都に帰り着いた。領都の民は領域主の打倒にお祭り騒ぎで迎え入れてくれた。


まぁ、これは夢だから。

さっさと起きてカースを倒さないとな。

・・・・・

・・・

夢だよね!!!?

いつ覚めるの!!!?これ!!!

えっ!!?夢じゃないの???


 自分で自分の頬を思いっきり殴ってみる。自分で殴ったのに二回転くらいして吹っ飛んだ。


メチャメチャ痛ぇえぇええ!!!



夢なのに!

夢じゃなかった!!!?


 口から血を流し、呆然としながら領主館に辿り着くと入り口前のキャベリが満面の笑みで迎えてくれた。


「お館様、お帰りなさいませ。お早いおかえり、流石でございます。」


「あぁ、なんでか知らんが領域主は倒せたみたいだ。」


 まだ頭が追いついていないし、何があったのかよく分からない。とりあえずは返事だけしている。


「それはようございました。今後のこともございますが、まずお休みください。」


 そういうキャベリの足元で3匹の子狼が戯れあっている。3匹とも見事な金色の毛並みだが、それ以外はシルバーウルフと同じ見た目をしている。


「キャベリ、その足も」


「言い忘れておりました。今回、犬!!!を3匹飼おうかと連れて参りました。名を、ウノ、ドゥエ、トレとつけております。」


あれ?しゃべらせてくれない?


「いやでも、それ狼」


「3匹とも賢く、シーザー様の友となってくれましょう。」


あ、確信犯だ、これ。喋らせてくれない。


「いや、それおおか」


「犬でございます。」


なんでそんな平然と嘘つくの?

ちくしょう!!!


「おおか」


「犬です。」


くそ!!!もういいよ。


「分かった。大事に育ててくれ。」


「承知致しました。」


 転げ回る狼は確かに愛らしい。人に慣れるのであれば、飼うのもいいだろう。だが、ここ数日色々あって疲れた。早くシーザーの顔を見て休もう。


 そう思いながら館にあるシーザーの部屋の方を見上げた。部屋の窓が開いており、部屋の中で赤子が浮いているのが見えた。シーザーだ。


 シーザーがこちらを見てニヤリと笑った。見間違えじゃない。絶対笑った。


「絶対あいつだーーー!!!

 あいつが裏で色々やってるーー!!!

 何してるのか、全く分かんねぇけど!!!

 絶対なんかやってるーーーーー!!!

 ・・・・・

 ・・・

 うちの息子すげーーーーーーっ!!!!!!!!」


領内に俺の叫びが響き渡った。

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