第4話 お館様の息子がなんかすごい

 人生で最も厳しかった時期か?そうだな、戦後すぐの頃も食うに困ってキツかったが、企業の代表として最もきつかったのは第二次オイルショックの頃だろうな。あの頃はどこもケツに火がついてた。頼れる仲間がいなけりゃ、首を括ってたろうさ。


 金の亡者が綺麗事言ってらって思ったか?金の亡者だからこそ、金で買えないものを誰より分かってんだよ。


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4-6 マーロ

統一歴0年3月12日

○ルベリコ・カスティリウス


 空が白み始めた早朝に一人で訓練場の中を走る。誰もいない誰にも見られない場所で身体を動かすと心の中の汚いものが浄化されるように感じる。


 いつもの型で、いつもの個人訓練を終え、歩兵隊全隊での訓練を開始する。隊としての動きはまだまだ荒削りだが、練度は徐々に上がってきている。


 お館様に隊の長を拝命しはや1年、試行錯誤でやっとここまできた。横では副隊長をしている弟のレフィがいつも通り笑顔で訓練を見つめている。


 個人の武という意味で言うと、俺は弟には遠く及ばない。その差は幼い頃からあり、今では後を追えているのか把握すらできないほどに広がっているはずだ。


 15年前、俺が10歳で弟が6歳。両親が狩りの途中で魔物の群れに殺された。周りの大人たちが両親の亡骸に会わせてくれなかったことから察するに、かなりひどい状況だったのだと今では分かる。


 その頃から、村の大人たちやたまに訪れる傭兵から戦う術を教わり、自分でも試行錯誤してきた。唯一残った家族、弟を守れるのは俺だけだと、畑仕事の合間に時間を見つけ、寝る間も惜しみ武に傾倒してきたという自負がある。


 15の頃、初めて一人で魔物を殺した。周りの人間が俺を褒め称えた翌日、11の弟が魔物の群れを殺して帰ってきた。


 守ろうとした弟は、大人たちが褒めることを躊躇うほどの剣の天才だった。守る対象を失った俺の武は内にこもり、弟への嫉妬に変わっていった。


 空を覆っていた黒い雲が晴れ、マーロの領主が誕生したことを告げた。守る対象だけでなく、倒すべき敵まで失ってしまった俺は弟を含む人との関わりを断つようになっていった。お館様に拾われたのはそんな時だ。


 魔物の残り滓を駆逐して回っていたお館様が村を訪れた。村人に迎えられたお館様がこちらに近づいてくる。あまり見ないようにしていたのだが、どうしても見てしまう。これまで見たどの大人よりも威厳があり、小さな村で習った程度の俺には測れないほどの武の匂いがした。


「少し影があるがいい目をしている。」


 俺を見てそう話したお館様が弟の方も見る。卑屈な俺は自分と比べられ、弟を褒めるのだろうと耳を塞ぎたくなったが、お館様がそのまま俺に話しかけてきた。


「自分では見えてないかもしれんが、お前にはお前にしかない才がある。ちょうど人が足りない。俺の軍に入れ。お前の力を使ってやる。」


 嫉妬で凝り固まり自暴自棄になっていた俺の心に火が灯った。守るものも倒すものもない俺を使ってくれる存在。この方のために生きようと思った。


「準備ができたら領都に来い。弟は、今いくつだ?そうか、11か。その気があるなら4年後に来い。」


 そう残し村を出て行ったお館様を追うように俺も村を出た。弟との別れ際、いつもニコニコしている弟の顔に翳りを見たが気付かぬふりをした。


 領兵として数年、親方様の元で鍛えられた。血反吐を吐きながらの鍛錬だったが、個人の武ではなく集団を操る武は楽しく、のめり込むうちに歩兵隊の副隊長に任命された。


 4年が過ぎた頃、弟も領都に越してきた。圧倒的な剣才を見せつけ領兵に加わってきた。せっかく作った自分の居場所に加わってきた弟に怒りを覚えたが、それを表に出すことは恥ずかしいことであるという自覚はあり、表に出ないように努めた。眠っていた嫉妬の炎がまた燃え始めた。


 嫉妬を隠しながら月日が流れ、領兵としての生活が当たり前になった頃、歩兵隊の隊長に任命された。


「俺が?隊長ですか?ですが、お館様、強さということなら弟の方が・・・・・」


 俺の戸惑いを知ってか知らずかお館様はいつもの笑顔で説明をしてくれる。


「お前も領兵として慣れてきたなら分かるだろう?軍は個の力で動くんじゃない。集団として動くんだ。突出した強さはかえって集団の力を弱める。」


「ですが・・・」


「お前の才は集団を動かす才だ。もちろん個の武も優秀だが、お前には強くなりきれない者たちの悔しさも分かる心がある。俺はそんなお前に隊長になってもらいたいんだ。」


 強くないから隊長になれたのか?そんな納得しきれない気持ちもあったが、お館様に任命してもらった職務である以上、最大の努力をもって励む必要がある。


「兄貴、隊長就任おめでとう。」


 俺の隊長昇格と共に副隊長に就任した弟の言葉に、怒りを覚えた。お前さえいなければ。これも心から喜べたのに!


 数日前、お館様に男子が生まれた。シーザー様と名付けられた男の子は産まれた瞬間に強力な治癒魔法を使ってみせた。俺の古傷も全て消えたことに戦慄を覚えた。これが神子の力、本当の天才の力。俺程度では到底辿り着けない領域の力を生まれながらに持つ者。


 昨晩、夢の中でこれまでの人生を全て振り返った。俯瞰で見る自分の過去は嫉妬にまみれた嫌なものだった。不思議なことに朝起きると、心の中で檻のように溜まっていた嫉妬心がすっかり消えて無くなっていた。あんなに憎かった弟が、家族として感じられる。同時に、たった1人の家族を醜い嫉妬から憎んでいた自分自身への恥ずかしさが俺を襲った。思い出されるのは、村を出た時の弟の笑顔。


 俺は、何をした?何をしていた?たった一人の肉親に、なんて態度をとっていた?自分自身の醜さに、愚かさに、そしてそんな俺に文句も言わない弟に涙が溢れた。


 隣で訓練を見守る弟になんと声を掛ければいい。出来ることなら、どんな目にあっても、もう一度兄弟をやり直したい。


 結局、何も話しかけることができなかった。自分が情けない。明日こそは、明日こそは何か話しかけよう。


 どのくらい寝ただろうか、部屋の空気が変わったことに気づき目が覚めた。突然、目の前が強く光り身体が魔法で押さえつけられた。


 敵襲?今のマーロに?


『ルベリコよ。

 神のお告げである。

 心して聞け。』


 突然何者かに話しかけられた。話しかけられた?これは耳ではなく頭に直接言葉が流れ込んできている?


「神だと!!?そんな者、俺は認めないし、存在もしない!姿を見せろ!魔のもの!!!」


 両親を殺されてから、神などというものを信じていない。


『お前に力を授ける。

 力を使い領主を助けよ!!!』


 力?なんだ、たしかに今まで感じたことのないような力を自分の中に溢れているのを感じる!


「力が・・・これは、お前がやったことが!!!??本当に、神だというのか!!!?」


 くそっ、光が眩しい。だが・・・耐えられないほどではない?目が、少しずつ目が慣れてきた。光の中心に赤子が浮いてるのが見える。


ん?あれ?シーザー様だ!

あれ、シーザー様だわ!!!


あ、シーザー様が神様ごっこをしてるのね!!!

そうか、神子だから神様ごっこしてるんだな。

いやーー、神子ってすげーわ!

いや、神子というか、あれ、もう神様じゃね?

あれ、神様じゃね?

親方様の息子、なんかすげーわ!!!


 強烈な眠気に襲われ瞼を閉じた。


 目を覚ますと朝になっていた。急いで訓練場に降りると、弟と兵たちが整列していた。弟から溢れる空気から異変を感じとる。弟だけでなく、並ぶ兵達から強者が放つ独特の匂いを感じた。もともと天賦の剣才を持った弟だったが、それでも、これまでとは比較にならないほど強くなっている気がする。


 さては、レフィ、お前もか!?


 弟の暴力的なまでの武の気配を感じても微塵も驚異に感じていない自分の力の成長に驚く。むしろ、この弟とどこまでやり合えるのか楽しみですらある。


 弟に笑いかけると、笑顔が返ってきた。


「レフィ、久しぶりに組み手でもやるか。」


 少し驚いた顔をした後、いつもの人懐っこい笑顔でうなずく弟と訓練場の中央まで進んだ。そうだった。弟はこんな風に笑うんだったな。


 これが終わったら、これまでのことを謝ろう。もう一度、兄弟に戻ろう。だが、その前に、10年ぶりの兄弟喧嘩を始めよう。

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