第3話 うちの息子がなんかすげぇ!

 江田島の空を2機の零戦が旋回し海に飛び去っていった。海軍兵学校の卒業を控え、もうすぐあれに乗れるのだと、心躍らす。地上に縛られた自分とは違い、空はどこまでも広く自由だ。


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4の6マーロ

統一歴0年3月7日

○カリーナ・シャテリウス・マーロ


 あの方にそっくりの眉の形に燃えるような赤毛、時折出るエクボ、何もかも愛おしい。授乳中にそのまま寝てしまったシーザーを見つめていると心の中に幸せが広がった。


 マーロに移り住んでもうすぐ10年。あの方に愛されていない、この子のことを認めてもらえないかもしれない、妊娠前から持っていたそんな不安が嘘のように消えてしまった。


 誰にも言っていないことがある。身籠った時にこの子はきっと世界を導く英雄になる、そんな予感があった。産まれた直後に治癒魔法を展開したことで使用人たちがこの子のことを神子と噂していることを聞き、その予感は確信に変わった。


 ただ今はそんなことよりとにかくこの子が愛おしい。きっと私が幸せにしてみせるわ。この子もあの方も。


○バルディ・ソリニウス・マーロ


 領主館の地下には領主になった者にしか入れない部屋がある。入れないというのは鍵がかかっているという意味ではない。人には見えない透明な壁があり、領主以外は壁に遮られて侵入できないという意味で、完全に物理的に入れない。


 出産を見届けた後、この部屋に降りてきた。領主になって以来、心を落ち着ける必要があるとこの部屋に籠るようになっていた。20メード四方のだだっ広いだけの部屋の中央に、高さ5メード、横幅4メードの石碑が鎮座している。


 石碑の正面下半分にはこの世界の理が刻まれている。

一つ 1領に1匹の領域主が生息している

一つ 人族は領域主を殺すことで領主となる

一つ 領主になることで1領につき1つの特産物、1つの特殊能力が領主権として解放される

一つ 領主が死亡した場合、領主権は消滅する

一つ 領主権は血縁に禅譲することができる

一つ ・・・・・・

一つ ・・・・・

 何度も読み返してほぼ記憶している。領主になって初めてこれを見たときに覚えた、戸惑いと怒りと共に。


 今でもその戸惑いと怒りは胸の中で燻り続けている。この魔物と戦い続けなくてはいけない不条理な世界が何者かによって仕組まれ、その世界で生きなくてはいけないという事実が領主になってから重くのしかかっている。


 視線を上げると石碑の正面上半分には、縦に10、横に10の正方形で表現された、この世界の100の領が刻み込まれている。領主の生まれていない領は黒色に、領主が治めている領は各々の異なる色になっている。左下を埋めるひときわ目立つ黄色に塗られた25領が6代目アキツ・ジローの版図になる。それを除くと色の塗られた領はごくわずかだ。


 上から4つ目、左から6つ目にある俺の領、マーロに目を向けると赤と灰色を交互に繰り返している。俺がマーロの領主になってまもなく10年。世界の理には、領域主は10年で蘇ると記載されている。石碑の点滅は、間も無く領域主が蘇るという合図だろう。


 治癒魔法で再生し元通りになった左手を見る。神が遊びで作ったのかと疑いたくなるようなこの世界に生まれたシーザーを思う。出産後に部屋を包んだ膨大な魔力。強力な治癒魔法。シーザーはまず間違いなく神子だろう。


 生まれながらに強力な力を持つ神子は歴史上に何人も現れ、一握りの英雄と大量の失望を生み出してきた。征領王初代アキツ・ジローのようにこの世界を繁栄に導いた神子は数例しかない。そのほとんどは力を使いきれず引きこもる、もしくは暴走し、死んでいったと聞いたことがある。


 我が子が神子なのであれば、それを正しく導くために俺は生まれてきたのではないか。領主になって10年目の俺の元に神子が産まれた。その事実に何者かの思惑のようなものを感じるのだ。俺はあの子のために何ができる?何をすればいい。


 数日、自室と地下を行ったり来たりで過ごし、今日も朝から地下室に篭っていた。自室に戻るとカリーナが話しかけてきた。


「あなた、怖い顔で考え事ばかりしていないで、シーザーの顔を見てあげてくださいな。」


 ニコリと微笑む妻の目に虚を突かれた。親元から離し、何も整っていないマーロに連れてきたことを恨んでいるのか、暗い目で見つめてくるばかりだったカリーナが愛情に満ちた目で俺を見つめている。


 これが、母親になるということか。いい意味で変わった妻を見て、心が温かいもので満たされていく。


「あぁ、すまない。そうだな。シーザーに元気を分けてもらってくるよ。」


 そうだった。俺はもう根無草の傭兵じゃない。色々と迷いはしたが、結局はカリーナを養っていくため、シーザーの未来の礎となるため行動していく以外に選択肢などない。


 シーザーの部屋を訪れ、寝ているかもしれないので慎重にゆっくりと静かに扉を開ける。ベッドに視線を向けるがいるはずの姿がそこにない。


 乳母が別の部屋に連れているのか?間が悪いな。視線を上げると天井付近に赤子が浮いていた。


ん?浮いている?

あれ?浮いてるよね?

吊られてるんじゃないよね?

ふわふわ動いてるよね?

あれ?あれ、シーザーだよね?

シーザー浮いてるよね?


「浮いてるーーー!!!!!!

 うちの息子、浮いてるーーーー!!!!!」


ん?赤子って浮くもんなんだっけ?

浮く?浮くよね?


「あっ、そうか、赤子って浮くよね。

 産まれてすぐは浮くよね!!!

 うん、そう、浮く子は育つって言うしね。」


 自分が何を言ってるのか分からなくなってきた。過去に見た赤子を記憶の中から掘り起こす。うん、浮いてるのなんか見たことない。


「浮くかーーーーーーっっ!!!!!!!」


 シーザーがこっちを向いた。盛大にずっこけた俺と目があった。明らかにやべっ!という表情をしている。


 気まずそうな顔で徐々に浮いてる高さを下げてくる。静かにベッドまで降りてくると目をつむり寝始めた。

いや、これは、寝ているふり、を始めた。


「騙されるかーーーー!!!

 寝たふりして

  あ、そうですかってなるかーーーっ!!!」


 瞼はひくつき、額に汗が浮いている。それでも寝たふりを押し通すつもりのようだ。


 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・


「うち息子、なんかすげぇーーーっーーーー!!!」


領主館が俺の叫びで震えた。

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