第2話うちの息子がなんかすごい
また約束だ。小さな約束から、大きな約束まで俺の人生は約束に縛られてがんじがらめだ。
「お願い、約束して。子供達に新しいお母さんを作ってあげて。」
4人目の子供の出産後、すぐに妻が逝った。約束も守れない情けない俺の前で静かに眠るように。俺や子供達が好きだった笑顔のままで。
出産を称える奴ら、出産を楽しみにしてる奴ら、出産を簡単に考えてる奴らにいっておく。出産は生とともに死も連れてくることがあるんだ。
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4の6マーロ
統一歴0年3月3日
バルディ・ソリニウス・マーロ
シルバーウルフの群れが20人規模の村を襲った、という報告を受け領兵を動かした。魔物の討伐の訓練も兼ねている為騎馬隊と歩兵隊のほぼ全軍を動かす。
草原の先にに見えるビオス山の麓に、領域主の復活を予兆する黒い雲がかかっている。いつ見ても、どんよりと暗い嫌な雲だ。
斥候に出していたレチェが騎馬隊を連れてもどってきた。馬から飛び降りたレチェから報告が入る。
「オヤジ!いたぜぇ!ここから1500メードほど先に50匹程度の群れだ!これ、俺が殺ってもいいんだよなぁ!なぁ!!?」
汗に濡れた銀髪を振りながら迫ってくる。
「落ち着け、レチェ。お前がどうなろうと知ったことじゃないが、馬に怪我をさせたくない。群れを騎馬隊でここまで誘導してこい。歩兵隊にぶつける。」
「俺より馬の心配か!?つーか、まーた俺たち騎馬隊が歩兵の引き立て役かよ!さすがにやってらんねぇぞ?」
相変わらず口が悪い。レチェの態度に横で歩兵隊のルベリコが殺気立っている。このままでは作戦前に将同士の喧嘩になりかねない。早めに指示を出し、レチェをここから離す必要がある。
「歩兵にぶつけた後は背後から蹂躙していい。村一つを壊滅させた連中だ。手加減はいらん。皆殺しにしてこい。」
「っちぃ!今回はそれで納得してやる!!!だが、次は俺たち騎馬隊の出番を用意しとけよ!」
細身だが鞭のような身体をしならせ馬に飛び乗ると、レチェの顔つきが変わった。肩まで伸びた銀髪に猫のような細目、目に宿る残忍な光は、先程の野蛮な態度のそれとは到底思えない。
馬上で両腕を上げ踊るように振り始めるとそれに呼応するように50騎の騎兵隊が隊列を組み始めた。レチェを騎馬隊の隊長に据えて数年。指揮方法は謎だが、騎馬隊を手足のように動かす手腕にはいつも驚かされる。
両腕を勢いよく振り下ろすと馬群が動き始めた。レチェを先頭に統率の取れた騎馬隊はすぐに一陣の風となった。
「歩兵隊!!!
三列横陣!!!
一列目盾構え!!!
二列目盾支え!!!
三列目槍構え!!!」
傍らに控えていたルベリコが歩兵隊の隊列を組み始める。筋肉に覆われた分厚い身体から出る声は低く、全身に叩きつけられるようによく響く。
待つこと数分、前方から土煙が近づいてきた。2本の槍に分かれた騎馬隊が、シルバーウルフの群れを両側から押さえ込み誘導してくる。
「三列目槍斜め構え!!!」
ルベリコが群れの動きを見ながら隊に細かく指示を出し始めた。身体の大きさに似合わず軍の動かし方は非常に繊細だ。
騎馬隊に誘導された群れが眼前まで迫ってきた。行手を遮る歩兵隊の盾を飛び越えようとするが、斜めに構えられた長槍に突き刺さっていく。それを見た後陣のシルバーウルフが急停止を試みるが時すでに遅く次々と盾に激突する。
普通の狼三頭分ほどの体格のシルバーウルフがぶつかってもびくともしない。俺が指揮することで兵たちが通常以上の力を発揮する。マーロの領主になることで得た力だ。
歩兵隊の壁を避け脇を通り過ぎた騎馬隊が群れの背後に周りこみシルバーウルフの逃げ場を塞いでいく。レチェを中心に狂ったように槍を振るい背後から斬り伏せていく。
「歩兵隊!!!
横陣一列!!!
盾構え!!!
囲め!!!」
ルベリコの号令で、歩兵と騎馬で群を囲み、押し込んでいく。速さが売りのシルバーウルフも動く場所を失い力を失っていく。一箇所に固められた狼は肉の塊でしかなく、屠殺が始まった。
館に帰ると家宰のキャベリが迎えに出てきていた。
「お館様、カリーナ様が産気づかれました。産婆の話では明日の朝にも産まれるそうです。」
キャベリの言葉に頷き、今日狩ったシルバーウルフに目を向け、失った左手を見る。領域主の復活が近づき明らかに魔物が凶暴化、巨大化し始めている。
10年前に左手と右目を失い打倒した領域主カースウルフが復活する。再討伐がすぐにできれば良いが、長引くと人の住める土地も削られていくだろう。そんな世界に子を送り出すことへの後悔と、生まれてくる子供への期待に息を吐く。
「明け方まで休む。何かあれば連絡してくれ。」
キャベリに伝え自室に向かった。
自分が人の親になる。10年前まで想像すらできなかった。生まれてから長く傭兵として各地を転戦した。先人たちがそうであったように、このクソッタレな世界で老いて魔物に食われ朽ち果てるのだと思っていた。
率いていた傭兵団がネーブを通過中に、魔物に襲われていた馬車を助けた。乗っていた娘、今の妻であるカリーナを見て人生が変わった。雷魔法を受けたかのような衝撃のあとはとにかくがむしゃらだった。
カリーナの父はネーブの領主で娘の婿になら男に領主であることを求めた。右目と左手の犠牲を払い運良くマーロの領域主を打倒することでカリーナを妻に迎えることができ、子を授かった。
この世界では出産も命がけだ。産中、産後に死んでいった女たちをたくさん知っている。今は子が生まれる喜びよりもカリーナの身体への心配が先立ったが、そんな俺にカリーナは無言で笑いかけた。
結局眠れずに夜を明かした。空が白み始めた頃、扉外から声がかかった。
「お館様、頭が出てきたそうです。間もなくお産まれになります。」
キャベリの声がどこか弾んでいる。俺以上に子供、後継ぎが産まれることを楽しみにしている節がある。
「わかった。すぐに向かう。」
足に力が入っていないことを悟られぬよういつも以上に威厳を出すようゆっくりと、産中の部屋に向かった。部屋に着くと中から泣き声が聞こえた。たまらず部屋に入ると産婆が赤茶けた赤子を抱いていた。
「お館様、元気な男の子ですじゃ。髪はお館様の赤毛、目はカリーナ様の金色を継いでおりますの。」
産婆の声に赤子よりもカリーナのことが気にかかる。
「カリーナの身体はどうだ。」
俺の問いに産婆の表情がすぐれない。嫌な予感がする。
「出血が思ったよりも多いようですじゃ。」
それは、どういう意味だ?カリーナの顔を見ると、もともと白い肌に青味がさし、まるで死人のようだ。様々な形の死を見てきた。これがあまりいい状況では無いことくらい察しがつく。
「カリーナ、義父殿から預かっている薬を飲め。ある程度の傷ならすぐに回復すると聞いている。」
産前に義父殿から届けられた霊薬のことを思い出した。娘想いの義父殿のことだ、紛い物を送ってくることはないはずだ。
「お館様、それよりもこの子に名前を。」
カリーナが呟くように話す。子供の名前?それどころではないだろう!!!
「おい!誰か、薬を!」
「バルディ!!!!!
それよりも名前を!!!」
これまで聞いたことのないカリーナの声にハッとする。激情がカリーナの目に宿っている。何度も見てきた。自分の命よりも子を優先する母の目だ。
「シーザー。シーザー・バルディウス・マーロだ。」
男の子供が産まれた時用に用意しておいた名を告げる。
「シーザー、いい名前ね。あなたはシーザーよ。きっもこの世を統べる英雄となるわ。私とあなたの愛しい子・・・」
カリーナの目から激情が消えていく。愛のこもった目になり、徐々に虚になってくる。これは、ダメだ。声が弱まり嫌な予感が増してきた。
「カリーナ!!!誰か!薬を!早く!!!」
「残念ながら傷薬では傷が塞がっても失った血は戻ってきませんですじゃ。」
聞きたくない産婆の言葉に足から力が抜ける。心が絶望に染まっていく。
その時、シーザーから膨大な魔力の奔流が流れでた。室内を温かな光が包んでいく。
「これは!治癒魔法!!!?」
光が一層眩しくなり、目が開けられなくなる。どのくらい時がたったか、徐々に光が収まり始めた。カリーナを見ると顔に赤みが戻り、静かな寝息をたてていた。
「カリーナ様の傷が塞がっておりますじゃ!呼吸も正常ですじゃ。むっ?わしの腰痛も治っとる!!!?」
産婆の叫びに全員が自身の身体を診始める。
「今朝作った包丁傷が治ってる!!!」
「俺の頬の傷が無い!!!気に入ってたのに!!!」
「髪の毛が生えてきたーー!!!!!」
「俺、なんか身長伸びてねぇ?」
違和感を覚えて左腕を見ると、領域主との戦いで失った左手が元通りになり、右目も見えるようになっている!
「左手治ってるーーーー!!!右目も治ってるーーーーー!!!」
思わず出た俺の絶叫の後、部屋の中に静寂が訪れた。
全員が示し合わせたかのように一斉にシーザーを見る。
「うちの息子・・・・なんかずげーーーー!!!!!」
領主館に俺の叫びがこだました。
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