第5話 オヤジの息子がすげぇ

 南アでのダイヤモンド事業は失敗だ。危うく社員を死なせるところだった。


 政子の言葉が脳裏をよぎる。

「あなたは一つのことに没頭するといろんなことが抜けてしまうって自覚しなきゃダメよ?皆んな見て見ぬ振りしながら穴埋めしてくれてるのよ?」


 分かってる。自分でもこの性分が嫌になる。


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4-6 マーロ

統一歴0年3月13日

○レチェ・ドリウス


 昨夜、俺の部屋に神の使いを名乗る光が現れた。名乗ると言っても言葉を発したわけじゃねぇ。頭に直接言葉が流れ込んできやがった。意味が分からねぇ。


 光の眩しさは耐えられないほどじゃなかった。よくよく目を凝らすとこの前産まれたオヤジのところのガキだった。膨大な魔力で光を放ち直接頭に語りかけてきたガキが俺に力を与えて消えやがった。


 悔しいが、オヤジのガキはすげぇ。身体中に力が溢れている。使い方の分からねぇすげえ武器を渡されたみたいだ。


 俺はガキは殺さねぇ。俺よりも弱いことがわかっているから。俺は俺よりも強いやつ、強くあろうとするやつしか殺さねぇ。だからガキは殺さねぇ。


 その約が崩れた。オヤジのガキは俺より強ぇ。俺より強ぇってことは殺していいってことだ。


 俺は、ガキを殺してみたかったんだ。


 片田舎の孤児院で育った。親父は神官で孤児のガキどもを育てていた。物心ついた頃には母親はおらず、親父と十数人のガキどもと俺。大きな家族のようだった。村全体でガキを育てるという意識があったのか、飢えた記憶はない。


 だが、心はいつもどこか飢えていた。食べているはずの肉が、腹には収まってねぇ。どこかに穴でも空いてるのか?そんな感覚がいつもどこかにあった。


 10を過ぎた頃、神官として村で尊敬されている親父が、時折見せる視線、笑顔の気持ち悪さに気づいた。顔立ちのスッキリしたガキに見せる、絡みつくような視線、媚びた笑顔、全てが気持ち悪い。


 ある晩、村全体が寝静まった頃、無性に喉が渇いた俺は井戸で水を汲んでいた。孤児院を見ると、祈祷場に光が灯っている。火を消し忘れたのかと消しに向かうとガキが大人に組み臥されているのが見えた。


 盗人でも入ったのか、助けなくては、武器は?


 広場の薪割り斧を握り、祈祷場に忍び込む。静かに近づき、背中に斧を叩きつけた。振り返った大人の顔に張り付いていたのは、驚愕と痛みにに歪むオヤジの顔だった。


 床には下半身が露わになったオスガキが口に布を突っ込まれて泣いていた。俺の中で何かが切れた音がした。


 持っている斧を振りかぶり、親父の首に叩きつける。半ばまでちぎれた首から噴き出た血が俺の顔に降り注いだ。興奮と快感、飢えていた俺の心が満たされていく。親父の身体が動かなくなるまで何度も何度も斧を打ちつけた。床で震えながらこちらを見ているオスガキをそのまま犯した。


 親父の死は強盗によるものとして片付けられた。教会のガキどもと、晴れて孤児となった俺は保護者を失い強くあることを求められた。16人のガキの集団。森に入り獣や魔物を狩り、生活を成り立たせる。いつのまにか俺を頂点とする傭兵団のようなものが出来上がっていた。全員が肉体的な繋がりを持った傭兵団に。


 各所で孤児を拾い上げ、傭兵団に吸収していった結果、16の頃には50人という大所帯になっていた。


 ある日、狼の群れを狩っていると、遠くから砂塵を巻き上げた集団が近づいてくるのが見えた。先頭を走るのは領主になったばかりのオヤジ。


 馬と装備を揃えて威風堂々と進む集団に妙な苛立ちを覚え目の前を通り過ぎようとする集団に喧嘩を売ることにした。


 結果は大惨敗。わずが10名ほどの集団に俺の部下たちはのされ、俺はオヤジに顔の原型を失うほど殴られた。本当の意味での訓練された兵士に、孤児上がりの傭兵もどきが敵うはずがないと今ならわかる。


 縄で縛られた俺にオヤジが話しかけてきた。


「お前ら、まだガキじゃないか。傭兵気取りは分かるが、何故俺たちにかかってきた?何がしたかったんだ?」


 何もかも理解しているような大人の目にイライラした。


「うるせぇ!知るか!てめぇらの存在がムカつくんだよ!」


 自分でもなぜ、あそこまでイラついてたのか、今でも分からん。だが、この世界が持つ理不尽が目の前にオヤジの姿になって現れたように感じたんだ。


「なんだ?なんか恨まれるようなことでもしたか?なぜそんな目で俺を見るんだ。」


 余裕や常識、なにより力を持った大人。俺の周りにはいなかった、俺たちを守ってくれるはずだった大人。俺が殺したくなるような強い大人。


「語っては、くれないか。この目、危険だな。何をしたらこの歳でこんな目になる。死に魅入られている、いや、死を楽しむ者の目だ。ここで殺した方が・・・」


 ここで殺されてゴミのように死ぬ。俺にはお似合いの死に方だが、俺は・・・ここで、死ぬのか。一瞬身体から力が抜けたが、オヤジの目を見返すことはやめなかった。


「そうか、まだ、死にたくないか。仕方ない、これも領主の務めか。おい、お前、しばらく俺が鍛えてやる。2年間、ボロ雑巾のようになりながら耐えてみろ。」


 突然のオヤジの提案、意味が分からなかった。


「はぁ!?何で俺がテメェなんかに従わねぇとダメなんだ!!?」


「まぁ、そういうな。さっきから俺の馬を見てるだろう?2年間耐えたら、馬をやろう。馬はいいぞ。いっかい死以外のものに夢中になってみろ。」


 馬。オヤジの乗っている馬は赤茶に筋肉質で細長い脚、堂々とした身体に美しくたなびく立髪を持っていた。


 見透かされて悔しかったが、カッケェ、その時そう思ってしまった。


「ふっ、お前の部下もまとめて面倒を見てやる。ついてこい!」


 そう言って進み始めたオヤジの背中を見て、こいつはいつか殺す、と思った。


 そこから2年間。死んだ方がマシだというぐらいの訓練の日々。近くにいればいるほどオヤジとの力の差を感じる日々。文字通り血反吐を吐きながら過ごした。


 2年を耐えると、オヤジが一頭の馬を連れて来た。


「レチェ、約束だ。馬をやる。明日から騎馬隊に入れ。」


 オヤジの馬に引けを取らない、漆黒の馬。大きな目が俺を見たが、興味がないのかそっぽをむかれた。


「はっ!レチェ!お前と一緒でこいつもじゃじゃ馬だ。飼い慣らせるかやってみろ。ただし、殺すことは許さん。」


 俺の、俺だけの馬。妙に心が躍った。


「上等だよ!やってやるよ!」


「馬も人も変わらん。思われたいなら思いやれ。信頼されたいなら信頼しろ。愛されたいなら愛してみろ。そうだな、まず名前をつけてみろ。」


 名前?そんなこと急に言われても。俺がつけていいのか?俺の馬。誰よりも早く、強い俺の馬。名は。


「タトス、タトスにする。」


 オヤジがいつものイラつく顔でこっちを見た。


「タトスか。なんだ、いい名をつけるじゃないか。レチェ、タトス、仲良くやれよ。」


 そこから2ヶ月はタトスに乗るための試行錯誤の日々だった。最初は力づくで、次に下手に出て、無理矢理に乗ろうとし、振り落とされ、全身に打ち身、打撲を作りタトスに許しを得るための日々。


 途中から乗ることを諦めた。だが、共にいることはやめなかった。ただ、共に生きる相手として語りかけ、身体を掃除し、夜は厩舎で隣に寝た。


 ある日、いつものように語りかけていると、唐突に許されたことに気づいた。背中に飛び乗るといつものように嫌がらない。共に駆けたいと思うと、タトスもそう感じていたのか走り始めた。


 1人と1馬で駆ける原野。


 この後、俺はマーロの騎馬隊隊長になった。


 オヤジのガキは俺だけでなく、タトスにも力を与えていた。以前から持っていた風格に拍車がかかり、神が乗る馬ってやつはこんな感じなんだろう、と思うほどの迫力が備わった。


「タトス、見てみろ。雌馬達がお前のことを見てるぞ。そりゃそうだろ。俺の馬だぞ。モテないはずがないよな。」


 いつものように語りかける。これが今の俺の相棒だ。これなら、今の俺とタトスなら、オヤジを殺せる。その次はあのガキだ。


 訓練場に出ると、いけすかねぇ歩兵隊の兄弟が組み手をしていた。兵達が周りで見ている。その動きに唖然とする。以前の動きと全く違う。どちらも圧倒的に早く、強く、正確だ。


 あのガキ、俺だけじゃなく、色んな奴に力を与えているのか!!!?オヤジを殺るとなるとあいつらが邪魔してくるはずだ。負けはしないが、無傷でオヤジにたどり着けるか?やりたくないが、なんらかの方法でオヤジと分断させる必要があるな。


 1人、焦りながら作戦を考えているとオヤジが館から出てきた。


 歩兵隊の兄弟が組み手を止めて驚愕を顔に貼りつけてオヤジを見ている。訓練場の空気が張り詰め、そこにいる全員がオヤジを見る。全員が気づいている。オヤジが持つ力が人外のそれになったことに。


あ、これ、無理なやつだーーー!

アホか!!!あのガキ、アホか!!!

なんだあれ!!!!!

圧倒的じゃねぇか!!!


オヤジが歩くだけで足元の石が粉々になってるだろが!

なんかゴゴゴゴって聞こえるんだが?

あれ、オヤジの周りの空気が鳴ってるよね!?


加減を知らんのか!あのガキ!!!

あれ、俺が殺すの???

えっ?どうやって???



出来るか!ボケェーー!!!


「なんかわからんが、オヤジのガキ、すげぇーっー!!!!!!!!!!」


 訓練場に俺の声がこだました。

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