第122話 アスカとルナ(4)


「えっと……あの、どうしちゃったのル――師匠?」


 突然の変貌へんぼうりに付いては行けず、僕が戸惑っていると、


「いやっ! ルナって呼んで、お兄ちゃん……」


 そう言って、彼女は潤んだ瞳で僕を見上げた。

 てっきり、闇落ちしたのかと思っていたけれど、違うようだ。


「ああ、ゴメンね……分かったよ、ルナ」


 僕の台詞セリフに、


「えへへ♪ お兄ちゃん、大好き♥」


 そう言って、ルナは笑顔になる。

 いったい、どうしてしまったというのだろうか?


 これが『黒い魔素』の影響である事は間違いない。

 最悪――理性を失って暴れ出す――と思っていたので拍子ひょうしけだ。


「どうしたの? お兄ちゃん……」


 ルナが不思議そうに首をかしげる。


「ごめん……ルナが可愛いから、見惚みとれていたんだ」


 僕は彼女の頭をでた。状況が分からないので、下手に刺激しない方が良さそうだ。ルナは、そんな僕に対抗した訳ではないだろうけど、


「お兄ちゃんもカッコイイよ!」


 と返す。その直後に――恥ずかし~♥――と彼女は僕の胸へ顔をうずめた。


(こっちが恥ずかしいよ……)


 取りえず、僕が一緒に居れば、周囲に危険はないようだ。

 推測するに、今まで我慢していた感情が爆発したのだろう。


 本来なら、彼女は世界を憎んでいたのかも知れない。

 『ロリモンクエスト』でも<ロリモン>はそんな設定だった。


 しかし、僕と出会った事で、ルナの運命が変わった可能性がある。

 ゲームで言うのなら『好感度』が影響したのだろう。


 今回の強制イベントまでに、ルナの『好感度』を上げておく必要があったようだ。

 失敗した場合、世界が滅んでいたのかも知れない。


 ――少なくとも、あの竜の息吹ブレスは危険過ぎる。


(あまり、深く考えるのはそう……)


「ねぇねぇ、お兄ちゃん……」


 モジモジと恥ずかしそうにする彼女に、


「どうしたんだい?」


 僕は問い掛ける。


「あのね、ルナね……お兄ちゃんに【テイム】されたいの!」


 と勇気を振りしぼるようにルナは言った。


「ダメ……かな?」


 断る理由は特にない。

 ルナが一緒に来てくれれば、大幅な戦力アップだ。


勿論もちろん、構わないよ」


 僕は答える。問題は『【テイム】の上書きが出来るのか』だろう。

 その台詞に対し、


「ホントに♪ 嬉しい~!」


 とはしゃぐルナ。


「これで大人になって、お兄ちゃんの子供が生める!」


 そう言って楽しそうにする。


(ん? ちょっと、早まっただろうか……)


「じゃあ、お兄ちゃん……お願い♥」


 あたしを【テイム】して――ルナはぐに僕を見詰めた。


(失敗した時が怖いけれど……)


「分かったよ」


 僕はうなずくと、


「【テイ……ムッ】!」「チュッ♥」


 スキルを発動させると同時に、僕の口はルナの唇によってふさがれてしまった。



  竜少女『ルナ』は既に別の<魔物使い>によって【テイム】されています。

  <魔物使い>の消失を確認しました。


  【テイム】を上書きしますか?



 <メッセージウィンドウ>が表示される。


(ん? 死亡じゃないのか……)


「イエス!」


 わずかな疑問を抱きつつ、僕は【テイム】を実行する。

 そもそも、女の子からの突然のキス。


 そんな状態で、真面まともに思考出来る男子高校生など、居るはずがない。



  <翠玉エメラルド皇女プリンセスドラゴン>の【テイム】に成功しました。

  ただし、アスカのレベルが低いため、使用出来る能力に制限が掛かります。



 どうやら【テイム】には成功したけれど、本来の能力は発揮出来ないらしい。


(そもそも、序盤で<ドラゴン>は【テイム】出来ないしな……)


 冒険を続け、必要なスキルや<魔物使い>としての試練を受ける必要があるのだろう。先の事を考えると、少しだけ不安になる。


 ゲームと違い、この世界での冒険は命懸けだ。

 しかし、そんな僕の考えなど知らずに、


「えへへ♪ これで名実ともに、お兄ちゃんのモノだね♥」


 とルナは微笑ほほえむ。


「じゃあ、もう一回チュー……」


 と僕の首に手を回し、唇を近づけた時だった。

 ザッバーンッ!――と勢いよく、水が落ちて来る。


 それも、ちょっとやそっとの量じゃない。

 クレーターを満たす程の量の水だ。


(どうやら、メルクが間に合ったみたいだ……)


 僕はルナから離れないように彼女を抱き締める。

 当然、ルナも必死に僕を抱き締めた。


 僕がお願いした事とはいえ、途轍とてつもない水の量だ。


(下手をすると、首の骨が折れていたような気もするけど……)


 そこは結果オーライとしておこう。

 そもそも、ルナが暴れる事を想定していた。


 この位やらなければ、動きを封じられないだろう。

 僕は流れには逆らわず、水の中を漂っていた。


 『溶岩マグマの石』を設置していたので、ぐに水は温かくなる。


 ――いや、熱いくらいだろうか?


 流れが落ち着くにはしばらく掛かりそうだ。

 僕はルナを抱いたまま、水面から顔を出す。


 そして、彼女がおぼれないように揺蕩たゆたっていた。

 僕がそばに居たからだろうか?


 ルナの髪は元の翠玉色エメラルドグリーンを取り戻しつつある。

 『黒い魔素』が抜け落ちた影響か、気を失ってしまったようだ。


(気分はまるで洗濯物だ……)


 そんな中、アリスとガネットが手を振っているのが見えた。

 泳げば、岸に辿たどり着けるだろうけど、今はまだ流れが速い。


 手を振って、無事を伝えるだけにする。

 近くでは滝のように雨が降っていた。


 メルクに頼んでいた、もう一つ仕事だ。

 どうやら、それも終わったらしい。


 先程まで周囲に立ち込めていた『黒い魔素』が雨に流され、地上へと落ちて行く。

 ルナが吸収出来なかった残りの<魔素>。


 僕としては『人間達になんとかしてもらえばいい』と考えていた。

 <ロリモン>達がすべてを行う必要なない。


 結果、再び<魔物>モンスターあふれる事になるだろう。

 しかし、仕事の無くなった冒険者達には丁度いいはずだ。


 皮肉な話だけれど<魔物>モンスターのお陰で雇用が生まれる。

 それを是とするか非とするかは、この世界の人間が決めればいい。


(ただ<魔物使い>の僕としては共存を望む訳だけど……)


 それがこの世界の在り方でもある。

 やがて、メルクの降らせた雨が止み、空に虹が掛かった。


 一方、即席のお風呂とはいえ、僕達がかっているのは泥水だ。

 <魔素>が大量に溶け込んだためか、くろに染まってしまっている。


 すっかり眠り姫となってしまったルナを抱え、僕はアリスとガネットが待っている岸まで、泳いで辿たどり着く。すると、


「お兄ちゃーん!」


 声と一緒に、空からメルクが降ってくる。

 丁度、時間切れタイムリミットだったようで、


「きゃっ!」「なんでち?」「戻った?」


 光ったかと思うと、同時に三人へと分かれてしまった。加えて、


「お兄ちゃん、ただいま!」


 そう言ったメルクの姿はちぢんでしまっている。どうやら、力を使った所為せいで<ウォータースライム>へ戻ってしまったようだ。


(これが『代償』か……)


 すでに紋章の輝きは消えてしまっている。

 今度は――バシャンッ!――と音を立て、ルキフェが水に落ちた。


 イルミナは落ちる寸前の所で飛行に成功する。二人共、メルク同様<ヴァンパイアバット>と<ゲイルクロウ>の姿に『退化』していた。


 ――やれやれ、また最初から育成する必要がありそうだ。


(いや、それは違うか……)


「皆、無事で良かったね!」


 と微笑ほほえむメルクに、


「良くないでちっ!」


 ずぶれのルキフェがさけぶ。


「<コウモリ>、無様」


 れるのが嫌なのか、イルミナは距離を取っている。

 なんだか、懐かしい光景だ。


 ――例え姿が変わっても、僕達が築いた関係は無くなったりしない。


 三人を見詰める僕の表情に、アリスとガネットは不思議そうに首をかしげていた。

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