第118話 ツルギ(2)


 ――ツルギ視点――


 前方の師匠達に追い付くと二人共、馬を降りていた。

 二人を取り囲むのは<魔族>が三人。


 しかし、心配するひまもなく一瞬でケリがついた。

 流石さすがは師匠だ。簡単に相手を斬り伏せる。


 ――いや、一匹だけ生きていた。


 腕を斬りつけただけらしい。

 <魔族>は自分の不利を悟ると、その翼を広げ、空へと逃げて行った。


「逃がしていいのかよ?」


 オレの質問に、


「敵の司令塔ボスを呼んで来てもらためでゴザルよ」


 と師匠。そう言えば、そういう作戦だったな。

 そのために、ユーリアがおとりになったのだ。


 ラニスにぱたかれたショックで忘れていた。

 馬から降り、頬をさするオレに対して、


「大変です! ほほを怪我しています……」


 とユーリアが心配してくれる。

 その優しさは嬉しいが、今は勘弁して欲しい。


「敵にやられたでゴザルか?」


 と師匠にまで心配させてしまった。

 犯人であるラニスが困っていたので、


「大丈夫だ」


 とオレは短く答えた。

 それよりも、状況をもう少し整理して欲しい所だ。


 しかし、次の瞬間には強力な魔力を感じる。

 たった今<魔族>が飛んで行った方向だ。


(恐らく、消されたな……)


 あいつらはぐに仲間を殺す。

 師匠は一瞬、険しい表情をする。


 そして、ラニスとユーリアを馬と一緒に下がらせた。

 どうやら、オレ一人で『<魔族>の親玉ボスと戦え』という事らしい。


 ――望む所だ!


 ラニスとユーリアが心配そうにオレを見ている。


(女子から心配されるとか、向こうの世界じゃ……)


 ――まず無かったな!


 そんな事を考えられる程度に余裕はある。

 あの時はアスカと一緒だったが、今回は一人だ。


 ――気合を入れないとな!


 オレは自分の両頬を――パンッ!――と叩いた。そして、


「痛ぇっ!」


 と頬を押さえる。ラニスにかれたのを忘れていた。

 叩かれた方の頬が痛む。


 バカッ!――とでも言いたげにラニスは眉間を押さえるような仕草をする。

 ユーリアは困ったような笑顔を浮かべていた。


 オレは――あははっ――と後頭部をき、乾いた笑いを浮かべるが、ぐに上空へと視線を向ける。空中には一人の<魔族>が立つように静止していた。


 見た目や魔力から、そいつが親玉ボスであるのは明らかだ。

 そいつはゆっくりと降りてくる。


 体格はオレより『一回り大きい』といった所だろうか?

 肌の色は褐色。装備品も立派だ。


 オレと師匠の事は眼中に無いようで、


「ユーリア様、お迎えに上がりました」


 と告げる。その言葉にユーリアは――帰りません――と返した。

 ラニスが彼女をかばうように前へ出る。


「へへっ、フラれちまったな……」


 しかし、そんなオレの台詞セリフは無視されてしまう。

 どうやら、人間とは口を利かない気らしい。


 『黒い魔素』を好む<魔族>の中には『魔族至上主義』の連中が多いようだ。

 そういった連中は仲間を簡単に殺すらしい。


 弱い<魔族>には――生きる価値がない――と考えていた。

 逆立ちしたって、オレには理解出来ない。


「おい、無視するなよ!」


 そう言って<魔族>の肩に手を触れようとした時だった。

 ヒュンッ!――とこぶしが飛んで来る。


 裏拳だ。こちらを見向きもしない。

 オレは身体を反らし、最小限の動作でかわす。


 同時に剣で斬りつけた。


「ちっ」


 と舌打ちする<魔族>。

 腕から流れる血を見て、自分が斬られた事に気が付いたようだ。


 こぶしを握り腕に魔力を込めると、傷は瞬時に回復した。その後、


「少しの間、お待ちを――」


 そう言って、ユーリアに一礼すると、ようやくオレに視線を向けた。

 人間に傷つけられた事が相当、気に入らないらしい。


 その視線には、ありありと殺意を感じる。


「おい、ニンゲン――いや、害虫……」


 死ぬ準備は出来ているのだろうな?――と聞いてくる。

 いきなり害虫扱いとは、怒りよりも先にあきれてしまう。


 だが、実力差は明確だ。こちらも本気を出さなくては殺される。

 一方<魔族>の身体からは煙が上がった。


 ――なにやら熱い。


 どうやら、熱を発しているようだ。

 オレは片手剣ショートソードから両手剣バスターソードへと持ち帰ると、


「【ソードバッシュ】!」


 スキルを使った。振り下ろした剣から衝撃波が出る。

 直接<魔族>を狙わず、地面を粉砕した。


 土埃が上がり、土や石のつぶてが<魔族>を襲う。

 この辺はアスカの戦い方を参考にさせてもらった。


「クッ」


 <魔族>は両手で顔を防御ガードする。

 オレはスキルを使用し、素早く背後に回り込むと、そのまま斬りつけた。


 翼があれば切り落とす所だったが、どうやら人型に近いタイプのようだ。

 魔力を『防御』と『治癒力』に変換しているらしい。


 そのため、ダメージを与えても大した傷にはならず、ぐに回復してしまう。


(どうやら、『あれ』を使うしかないか……)


 一方<魔族>は相当、頭にきているようだ。すさまじい形相でこちらを振り向く。

 元より、頭に血がのぼりやすい性格らしい。


 身体中の血管が浮き出ると、その一部は流れる溶岩マグマのように赤く光って見える。

 先程までは煙のようだったそれは、水蒸気のように身体のいたる個所から噴射された。


 ――属性は<火>か?


 不思議なモノで恐怖は感じない。

 前回の<魔族>との戦いの経験からだろう。


 自分の中に、冷静な自分がもう一人居る。

 アスカもこういう感じだったのだろうか?


 一方<魔族>は、


なんだ⁉ その武器は……」


 巫山戯ふざけているのか!――とこちらを指差す。


 ――カサカサッ、カサカサッ!


巫山戯ふざけちゃいないさ!」


 オレはそう言って、素早く駆け抜けた。

 今のオレは【剣】の効果で素早さが上がっている。


 同時に<魔族>を何度なんどか斬りつけた。

 相手は反応出来ないようだ。


 ギャアァァァーッ!――と悲鳴を上げ、血をき出す。


流石さすがは師匠から譲り受けた【剣】の能力だ……)


「それより、巫山戯ふざけているのはそっちだろ?」


 オレは剣先を相手に向けると、


「その炎じゃ、ユーリアまで燃えちまうぜ!」


 と言い放つ。<魔族>は自分でも怒りを制御コントロール出来ないようだ。

 既に身体の大部分が燃えていた。


 これで冷静になるようなら、強敵だったろう。だが、


うるさいっ! 黙れ!」


 と怒鳴り散らす。完全に冷静さを欠いている。

 ならば後はもう、こちらのモノだ。


 この『漆黒剣ゴキブリンガー』の――


「きゃ~っ!」


 とラニスの悲鳴が上がる。

 こっちに向けないでよ!――と怒られてしまった。


 確かに、この剣の形状は巨大なGそっくりだ。

 嫌悪感を持つのも分かる。


 だが、持ち主の素早さを上げる効果があった。


 ――カサカサッ、カサカサッ! シュパッ! シュパンッ!


 ――カサカサッ、カサカサッ! シュパッ! シュパンッ!


 すでに<魔族>は、オレの姿を目で追う事も出来ないようだ。

 全身を刃がおそうも、防御ガードすら覚束ない。


 確かに『漆黒剣ゴキブリンガー』の弱点は<火>だ。

 しかし【剣】の<勇者>であるオレの持つ剣は<破壊不可能>となる。


 更に冷静さを欠いた<魔族>は必要以上に魔力を消費したらしい。

 回復が追い付かなくなり、防御力も低下していた。


 貧血による立ちくらみだろうか?

 相手はフラついたが、それで冷静さを取り戻したようだ。


「フッ、今日の所はこの位で勘弁してやる……」


 だが、覚えておけよ!――そう言って空へと飛び立った。

 逃がす訳がない。『漆黒剣ゴキブリンガー』を飛行形態フライングモードへ移行する。


 ブブブブーンッ!――大きなはねを広げ飛び立つ。

 <魔族>はおどろくが、もう遅い。


(オレを『害虫』呼ばわりして、このザマか……)


「バ、バカなっ! 『ロリアハン』壊滅支部四天王の一人『灼熱の――」


 素早さの上がっているオレは、既に<魔族>の背後を取っていた。


「【ソードバッシュ】!」


 胴体と首を斬り離す。経験値が入ったので無事、倒す事が出来たようだ。

 着地したオレは、


「どうだ、ホレ直したか?」


 とラニスに向けて、冗談めかして言うと、


「だから、その剣をこっちに向けないでよ!」


 【ファイヤーボルト】が直撃した。

 ガハッ!――崩れ落ちるオレ。


 ユーリアが剣を避ける形で急いで回り込み、回復魔法ヒールを掛けてくれる。


「ラ、ラニス……」


 恨めしそうに見上げるオレに対し、


「フンッ! あんたが悪いんだからね……」


 そう言って、ラニスはそっぽを向く。


 ――こんな事なら、あの時もっと『おっぱい』を揉んでおけば良かった。

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