第117話 ツルギ(1)


 ――ツルギ視点――


 神殿都市ファーヴニルの南門を開けると同時に<魔物>モンスターの群れが、こちらを目掛け突撃してくる。一匹ずつは弱いとはいえ、数が数だ。


 冒険者や衛兵達の表情にはおびえが見て取れた。しかし――


「うおぉぉぉぉーっ!」


 独りの中年剣士が声を上げ突撃する。

 一度ひとたび、剣を振るうと、その衝撃で<魔物>モンスターの群れを薙ぎ払ったのだ。


 剣士の名は『バルクス』。オレの師匠である『トレビウス』の親父おやじさんだ。

 一見いっけんすると、年甲斐としがいもなく剣を振り回しているように見える。


 だが<魔物>モンスターの数が多い。

 そのため、面白い位に敵が吹っ飛んで行く。


 その姿を見て、


「師匠の親父おやじさん――本当に人間かよ……」


 思わずオレはつぶやいた。そんなオレの言葉に、


拙者せっしゃもたまに、そう思うでゴザルな」


 師匠はそう言って――アッハッハッハ――と笑うと馬を走らせる。

 アスカの作戦では<魔物>モンスターを一旦、街の中へとおびせる手筈てはずだった。


 だが、あの調子では、街に入る前に<魔物>モンスターが全滅しそうだ。


(まぁ、そのお陰で、こうして堂々と門から出られる訳だけどな……)


 走り出した師匠の後にユーリアも続く。師匠の場合は【馬術】を習得しているようだが、ユーリアの場合は『馬がなついている』といった感じだ。


 当然だが、二人のように馬に乗るのは、今のオレには無理だ。

 そんな訳でラニスと一緒に馬に乗り、その背中にしがみ付く形になっていた。


(ちょっとカッコ悪い……)


 一方、彼女は、


「いい、変なところ触ったらコロスから♥」


 笑顔で言う所が逆に怖い。

 自分から一緒に乗るような事を言っておいて、これだ。


(そんなに嫌なら、最初から言わなければいいだろうが……)


「分かってるよ……」


 愚痴ぐちるようにオレはつぶやく。

 流石さすがにオレも走っている馬から落とされたくはない。


 ましてや周囲は<魔物>モンスターの群れだ。

 こんな時、アスカだったらどう返すのだろうか?


 ラニスの身体に変なところなんてないけど?――ととぼけた返しを平然とするのだろう。そういう天然な発言をしても許される所が、あいつにはある。


なんだかずるいぜ……)


 しかし、ラニスはそういう事を気にしている訳では無かった。


「残念だったわね――ユーリアじゃなくて……」


 とむくれた表情をする。最初、なんで不機嫌なのか分からなかったが、


「ああ、胸の話か……」


 気にすんなよ――とオレは返す。

 オレにとっては女の子の『おっぱい』という事に価値がある。


 次に誰の『おっぱい』かだ。

 大きさは二の次――いや、この場合は三の次だろうか?


「ラニスは可愛いし、性格はキツイ所もあるけど……」


 オレは好きだぜ!――とサムズアップする。

 それよりも、今は北西の空だ。


 『宵闇よいやみの森』がある方角で、黒い霧が広がっている。

 街を出る前と比べ、明らかに暗くなっていた。


(急いだ方がいいかもな……)


「バ、バカじゃないのっ!」


 と何故なぜかラニスは怒り出した。

 それから、しばしの沈黙。


 照れてるのか?――と言おうとした。

 だが下手に刺激して、殴られてもかなわない。


 その程度は学習している。

 こういう時、アスカだったらなんと返しただろうか?


 ――そんなの決まっている!


「今は敵に集中するぞ!」


 オレの言葉に――分かっているわよ――とラニス。

 どうにも<冒険者ギルド>を出てから、口が悪くなった気がする。


(オレに対してだけかも知れないが……)


 気にしても仕方がない。オレは敵に集中する事にした。

 前方の敵は師匠がすべて薙ぎ払ってくれているので助かる。


(それよりも……)


「ラニス、馬は止めるなよ!」


 オレはそう言って、馬から飛び降りた。

 同時に素早く剣を抜く。


 ――ガキンッ!


 相手は素手のはずだが、何故なぜか金属のような音がする。

 衝撃を相殺出来ず、吹っ飛ばされるオレ。


 師匠との特訓で【受け身】を覚えていなかったら、まず気を失っていただろう。

 地面を転がるが、その反動を利用して起き上がった。


 目の前には2メートルを超える赤い肌の<魔族>。

 こぶしの色だけが黒く変色している。


 剣で斬ったはずだが、ダメージはないようだ。

 なにか仕掛けがあるのだろう。


 それよりも、オレが【剣】の<勇者>でなければ、剣が折れていた。

 厄介な相手だ。


(今のオレとは相性が悪いな……)


「いきなり攻撃とは――<魔族>ってぇのは卑怯ひきょうな奴ばかりだな」


 挑発するオレに対し、


「なぁに、たまたま着地した場所にお前が居ただけよ……」


 とは<魔族>。空には<魔物>モンスターの群れが飛んでいた。

 いや、黒焦げになり、次々に落ちて来る。


 どうやら、ハナツが暴れているようだ。


(運んでもらっていた所を落とされたのか?)


 相手は【飛行】が苦手らしい。


(いや、それよりも……)


 ――こいつはどうみても、敵のトップじゃないよな?


 強いのは確かだが、頭が悪そうだ。

 自慢じゃないが、オレも良い方ではないので同類はぐに分かる。


「オレ様の相手をしろ」!


 と<魔族>。どうにも、戦闘が好きなようだ。

 オレは――ベーッ!――と舌を出すと、


「ツルギ、乗って!」


 馬を走らせ、戻って来たラニスの手を取ると、


「テメェーの相手なら、街の広場で待ってる奴が居るぜ!」


 そう言い残し、馬へと飛び乗った。


(あの魔力量――恐らく『四天王』の一人か……)


 師匠からは無駄な戦闘をけるように言われている。

 前方の師匠達に追い付くため、ラニスは加速した。


 やはり、相手は早く動けないようだ。追い掛けて来る様子はない。

 安堵あんどするオレ。今のオレには、あの硬さの敵を斬るすべはまだない。


 むにゅん♥――手には柔らかな感触を感じる。

 うつむきつつ、こぶしふるわせるラニス。


「ま、待てっ! こ、これは違う……」


 しがみ付く際、ラニスの胸をつかんでしまったようだ。

 手に収まる程好ほどよい大きさ。


 故意こいではないとはいえ、殴られる事を覚悟するオレ。

 しかし、それよりも先に慌てて手を離してしまった。


 その所為せいで、馬から落ちそうになる。


「うわっ!」


 るオレの襟首をラニスがつかんで引き戻してくれる。


(それはそれで苦しいのだが……)


「サ、サンキュ!」


 助かったぜ――とオレは告げる。


「バカね……また落ちる気?」


 とラニス。


「怒ってないのか?」


 オレが確認すると、


わざとじゃないんでしょ?」


 と聞かれる。


「ああ、勿論もちろんだ」


 オレの答えに――じゃあ、いいわ――とラニス。

 どういう風の吹き回しか知らないが、助かったようだ。


 アスカが言っていたが、これが『普段の行い』という奴だろうか? <魔族>の一撃を防いだ事が『おっぱい』を触った事をチャラにしてくれたようだ。


(ひょっとして<魔族>を倒すと……)


 ――『おっぱい』触っても許されるのか!


 大変な事に気付いてしまった。


「ラニス!」


 オレの呼び掛けに、


なによ……」


 顔を真っ赤にして返事をする。

 そんな彼女を――ちょっと可愛い――と思ってしまった。


 だが今は、それよりも確認しなければいけない事がある。


「<魔族>を倒したら、また『おっぱい』触らせてくれ!」


 ――パシンッ!


 乗馬中だというのに、オレの頬を器用に平手打ちするラニス。


「バッカじゃないの!」


 急にプンスコする。

 さっきまで照れていたのに、急に怒り出しやがった。


(やっぱ、女はよく分からなねぇや……)

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