第71話 微風街道(1)


 『勇者召喚』の日も近い。そのため、人や物の行き来が多い。

 今は何処どこも稼ぎ時だ。


 同時にその喧騒けんそうは<魔族>に対する不安の表れでもあるのかも知れない。

 恐怖に対し、別の物事に目を向けることで誤魔化しているようだ。


 神殿都市ファーヴニルの近くの村々は毎日のように馬車を往来させる。

 農作物や特産品などを都市へと収めているのだろう。


 恐らく、村では作物の収穫や日用品などの雑貨を作っているはずだ。

 『勇者召喚』という名のお祭りに向け、大忙しなのだろう。


 そんな村の一つ『三日月みかづき村』にレイアの親戚が住んでいる。

 彼女の弟は、その手伝いに行っているらしい。


(親戚の家とはいえ、泊まり込みのバイトみたいだ……)


 先日までの僕なら、よく分からない感覚だっただろう。


(親の実家では『いいようにき使われるだけ』だったしな……)


 ――それでも、家族と一緒だ。


 一方、レイアの弟は一人きりだ。素直にすごいと思う。

 他にもまだ、弟達が居るらしいので、なにかと物入りなのだろう。


 かくいう僕も<ロリモン>達のために大忙しだ。

 なんとなくだけれど、今ならレイアの弟の気持ちが理解出来る。


「でも、どうやって行くつもり?」


 歩いて行くには時間が掛かるだろう。

 乗り合い馬車を探そうにも、村までの直通はない。


(『三日月みかづき村』か……)


 ゲームの記憶を手繰り寄せる。

 特に重要なイベントが発生する場所ではないはずだ。


 僕がそんな事を考えている内に、


「大丈夫だよ」


 任せておいて――とレイア。

 彼女は衛兵という事もあり、この都市では顔が広いようだ。


 ぐに村へ向かう馬車を手配した。

 幌馬車に馬が二頭、つながれている。


 荷台には、木材やら金具のたぐいが積んである。

 どうやら、村のさくやらへい<魔物>モンスターに壊されたらしい。


 その修理のようだ。資材の調達に来ていたおじさんがいた。

 必要な物も手に入ったので、これから村へ資材を運ぶらしい。


 僕達は警備を兼ね、同行する事にした。

 とは言っても、こちらは大所帯おおじょたいだ。


 仕方なく【アイテムボックス】を使用し、資材を減らす。


なんとか、全員乗れて良かったよ……」


 今までのパターンを考えると『僕だけ歩き』という事も十分に考えられる。


(危ない所だった……)


 とは言っても、馬がバテる可能性もあった。

 僕は<魔物使い>の<スキル>【タフネスボディ】を使用する。


 体力を一時的に上げる<スキル>だ。


(本来は<ロリモン>達を強化するためのモノだけれど……)


「ヒヒーン、ヒン♪」「ヒヒヒン!」


 どうやら、成功のようだ。馬達は軽やかに歩き出す。

 レイアも御者ぎょしゃのおじさんも素直に感心した。


 たまたまですよ――と謙遜けんそんしようとした僕をさえぎり、


「我があるじの能力を持ってすれば、容易たやすい事よ……」


 クックックッ――とルキフェ。ぐ調子に乗る。


「これなら、早く着くね☆」


 とはメルク。

 弟君をむかえに行けるよ!――とレイアを気遣う。


「兄さんに強くなった所を早く見せたい……」


 とはイルミナ。彼女達にはすでに武器を渡してある。

 今回は大丈夫だろうけど、<魔物>モンスターに突然、おそわれる事が多い。


(用心するに越した事はないよね……)


「ハハハッ――こいつは頼もしいや!」


 とは御者のおじさん。

 しばらくは、この『微風そよかぜ街道』を真っ直ぐ進めばいいはずだ。


 パカパカ――と馬の歩く一定の律動リズムと代わり映えのしない景色が続く。

 ただ、向い側からは誰一人として歩いては来ない。


みょうだな……)


 僕は身を乗り出して、前方を注意深く見た。

 その動作に真っ先に反応したのイルミナで、


「見て来る!」


 と一言。偵察ていさつを買って出てくれた。

 大きくなった翼を広げると、馬車の後方から――ヒュンッ!――と飛び立つ。


「どうしたの?」


 とレイア。御者のおじさんも不安そうに僕を見る。


「道の向い側から人が歩いて来ない……」


 僕の言葉に、レイアは――言われてみれば――とうなずく。

 地図を広げ、イルミナが偵察から戻ってくるのを待つ。


 村への経路ルートを確認する。

 やがて翼の羽搏はばたく音と共にイルミナが戻ってきた。


「<一角いっかくウサギ>が沢山いる」


 案の定、予想通りの回答だ。

 人が来ないのは、迂回うかいしたか、引き返したのだろう。


 一方、レイアの顔から血の気が引いた。

 弟の身を案じ、不安になったようだ。


(レイアを戦力に数えるのはめよう……)


「こんな配置だった?」


 僕はイルミナに<一角いっかくウサギ>の群れの様子を確認する。


「うん、そう……流石さすがは兄さん♥」


 と何故なぜか上機嫌だ。


「おじさんはどうする?」


 引き返すなら今の内だよ――と僕が問うと、


「村には家族も居る……このまま進むさ」


 強気な様子だ。馬達も元気なようで――ヒヒン♪――と同調する。

 どうやら、大丈夫そうだ。


「イルミナが空から襲撃をして、僕が【ファイヤーボルト】を打ち込むよ」


 それで場所が開けるだろうから――僕の説明に、


「そこを突っ切ればいいんだな!」


 とおじさん。レイアが槍を持って、立ち上がろうとしたけれど、


「レイアはおじさんと一緒に、先に村に行ってくれ……」


 僕は告げる。

 そうだよ!――とメルク。


 任せるでち!――珍しくルキフェも同調した。


「ありがとう」


 とレイア。立ち上がったメルクが、彼女の頭を優しくでた。


「そろそろだぞ!」


 とはアリスだ。耳を――ピンッ――と立てている。

 どうやら、音で相手の場所が分かるらしい。


 イルミナが再び飛び立つ。

 <一角いっかくウサギ>の群れは、すでにこちらに気付いたようだ。


 食料が来たとばかりに臨戦りんせん態勢モードになる。

 しかし、イルミナが横から不意打ちを食らわせる。


 油断していた内の一匹を槍で仕留めたようだ。

 ぐに、次の攻撃に移る。


 所詮は<ウサギ>だ。慌てて一斉に逃げ出す。

 そこに僕は【ファイヤーボルト】を打ち込んだ。


 想定通り<一角いっかくウサギ>は炎をける。

 馬車は急いで<魔物>モンスターが居なくなった場所を突っ切った。


 同時に僕達は馬車から飛び出す。


「さあ、戦闘開始だ!」

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