第37話 師匠の家(8)


「……お待たせ」


 浴室のドアを開けると、湯気が立ち込めていた。

 どうやら丁度、お風呂もいたようだ。


 メルクがルキフェとイルミナの手をつないで、待っていてくれた。


ずは汚れた身体を洗うべきだろうけど……)


 順番をどうしようか?――と考えながら、僕は三人に掛け湯をした。

 ルキフェとイルミナはおどろいたのか、それで目が覚めたようだ。


「な、なんでちか⁉」「に、兄さん……」


 ルキフェの反応は予想通りだったけれど、イルミナは少し嫌そうにしている。

 元が鳥なので、苦手意識があるのかも知れない。


 僕も掛け湯をして、風呂椅子イスに腰掛けると、


「メルク、おで……」


 手招きをして、メルクを呼ぶ。

 ちょこんと僕の前に座り、大人しく、されるがままになっている。


 メルクを最初に選んだ理由は――洗いやすい――というのもある。

 しかし一番の理由は、なにをするのか、彼女が理解しているからだ。


 当然、ルキフェとイルミナは初めてだろう。

 まずは二人に――なにをするのか見せた方がいい――と思った。


 洗髪シャンプーの次は身体だ。

 <スライム>なので、石鹸せっけんを泡立て、素手で洗う。


(プニプニとした感触が面白い……)


「<魔素まそ>が洗い流されて行くでち……」


 とルキフェ。イルミナもコクコクとうなずき、おどろいている。

 僕自身はよく分からないのだけれど、どうやらすごい事のようだ。


 お湯で洗い流すと、次はルキフェを呼ぶ。

 イルミナは本能が強いのか、まだ警戒けいかいしている様子だった。


「目に入ると痛いから、しっかりと目をつぶってね……」


 そう言って頭を洗った。短いけれど金色のサラサラとした髪。

 汚れているからか、最初は中々、泡が立たない。


 そのため、洗髪剤シャンプーを少し多めに使う。

 耳の後ろも忘れない。小さな耳は少しだけ先がとがっていた。


「あ~、そこでち♪」


 とルキフェは気持ちよさそうな声を上げる。


しゃべると、口に入るよ」


 僕は忠告する。

 子供は洗髪シャンプーを嫌がる印象イメージだったけれど、ルキフェは違うようだ。


「あふっ♥」


 途中、彼女が変な声を上げて――ブルブル――と小刻こきざみに震えたので、


「今、『おしっこ』した?」


 と確認する。メルクとイルミナが離れた。


「ち、ちてないでち……」


 プイッ――とそっぽを向き、否定はしたけれど、においで明らかだ。

 まぁ、今回は僕がお風呂に入る前に、トイレに連れて行かなかった事もある。


「次からは気を付けてね」


 と忠告すると――ハイでち――ルキフェはうつむき、顔を真っ赤にした。

 一方、メルクは気を利かせ、風呂おけにお湯をんでくれる。


 僕は受け取ると、そのお湯で『おしっこ』を流した。

 再び、メルクに風呂おけを渡すと、


「<闇>の眷属……」


 イルミナがそうつぶやいて――プフッ――と失笑した。


(自分で言って、自分で笑っていれば世話がない……)


「だ、黙れでちっ!」


 ルキフェが怒って立ち上がる。

 けれど、まだ洗髪剤シャンプーの泡を流してはいない。


 お湯は『おしっこ』を流すのに使ってしまった。

 当然、洗髪剤シャンプーの泡が目に入る。


「目が、目がぁ~!」


 と彼女は苦しむ。洗髪剤シャンプーを洗い流すしかない。


(やれやれ――ルキフェは騒がしいな……)


 僕はメルクから、お湯の入った風呂おけを受け取る。

 そして、ぐにお湯を掛けて上げた。


「わっぷ⁉ ひどい目にったでち……」


 とルキフェ。素手で顔をこすっていたので、僕はしぼったタオルで顔をいてあげる。

 次は身体を洗わなくてはならない。


 タオルで石鹸せっけんを泡立てる。問題は翼だろう。


(イルミナもそうだけれど、これって手に当たる部分なんじゃ……)


 僕はメルクを見て、深く考えるのをめた。


「うにゃ?」


 と首をかしげるメルク。

 ルキフェの身体は、背中の小さな翼以外、あまり人間と変らないようだ。


 牙と爪はするどく、耳もとがっているけれど、気にする程ではない。

 また、陽の光を苦手とするためか、肌の色が白いくらいだ。


(ちょっとせ過ぎな気もするけれど……)


 食欲は旺盛おうせいだ。特に問題ないだろう。

 洗い終わったので、ルキフェを湯船に入れる。


 メルクに――おぼれないように見ていて――とお願いした。


「あい!」


 素直なメルクの返事に対して、


おぼれないでちよ!」


 とルキフェ。けれど、目を離すと眠ってしまいそうな気がする。

 彼女だって、一日に二度もおぼれたくはないだろう。


「後、『おしっこ』しちゃダメだよ」


 僕が更に忠告すると、


「し、しないでちっ!」


 ルキフェは声を上げる。

 いまいち、信用出来ないのは僕だけだろうか?


「<闇>の眷属(漏)……」


 イルミナはそうつぶやき、再び失笑した。


「キーッ、くやしいでち!」


 とルキフェ。お風呂の中で地団駄じたんだむ。

 自業自得なので仕方がないけれど、ケンカは困る。


「イルミナ、その辺にしてあげてね」


 僕はお願いした。


「仕方ない……」


 イルミナはそう言って、大人しく僕の前に座った。


「洗うけど、大丈夫?」


 僕が確認すると、


「水浴び、嫌いじゃ、ない……羽、重い、困る」


 彼女はそう答えた。


(なるほど、そういう理由だったのか……)


 どうやら、彼女は翼がれて重くなる事を警戒けいかいしていたようだ。

 次からは、翼用のカバーでも作ってあげよう。


「ゴメンね、気付かなくて……」


 僕が謝ると、


「構わない、ゆっくり、知る……兄さん、ボク、つがい」


 イルミナは顔を赤らめ、ずかしそうに言った。

 理由は分からないけれど、僕は相当、気に入られているらしい。


(やれやれ、こっちはこっちで、あつかいが難しいな……)

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