第33話 毒蛇の森(5)


「分かったよ……」


 どうやら、ヤル気になっているようだ。

 折角せっかくなので、僕はメルクにお願いする事にした。


「でも、危なくなったらぐに戻って来るんだよ」


「あい!」


 僕はそう答えたメルクをかかえると、素早く木の下に移動した。

 そして、メルクを持ち上げ、しがみつかせる。


 すると彼女は、すっくと立ち上がった。


(足だけで、吸い付いているのかな?)


 メルクが<スライム>という事を考えると、別段不思議ではないのだろう。


 ――チトチト。


 ゆっくりだけれど、確実に登って――いや、歩いて――行く。


「き、器用でちね……」


 ルキフェが感想を述べる。

 僕としては――落ちないだろうか?――と心配だ。


 やがて、木の枝葉にさえぎられ、メルクの姿は見えなくなった。

 声を掛ける訳にも行かない。


 しばらく待っていると――ガサガサ――と上の方がさわがしくなる。

 僕とルキフェが凝視ぎょうししていると、なにか黒いモノが落ちてきた。


 かさずルキフェをかかえ、それを回避する。


 ――ドサッ!


「ひぃっ! 危ないでち……」


 いったいなんでちか?――興味本位でルキフェがのぞき込む。

 それは<渡大わたりおおガラス>だった。頭部だけがれている。


 まだ息があるようで――ピクピク――と痙攣けいれんしていた。

 けれど、ぐに動かなくなり、経験値が手に入る。


 その一方で――


「やっぱり<スライム>は危険でち……」


 ルキフェが嫌そうな顔をする。僕は、そんな彼女を降ろすと<渡大わたりおおガラス>の死骸しがいを【アイテムボックス】に収納した。


(また、なにか落ちてくるかも知れない……)


 再び見上げると、今度は青くて丸い球体が落ちてくる。

 ポヨン!――僕は地面に落ちる前にソレを受け止めた。


「たーいま!」


 とメルク。球体が幼女の姿へと戻る。

 白いワンピースには葉っぱや折れた枝が付いていた。


「お帰り」


 僕はそう言って、メルクを綺麗にする。

 メルクはくすぐったかったのか――プルプル――と身体を震わせた。


「これぇ!」


 メルクが腕をき出し、手の平を広げる。

 そこには――キラキラ――とするモノが握られていた。


「綺麗だね――でも、<魔力石まりょくいし>はないみたいだ……」


 僕の言葉に――シュン――とするメルク。

 【鑑定】出来ないモノもあったので、僕はそれらをリュックに仕舞った。


「落ち込まないでメルク……」


 別の木を見てきてもらってもいいかな?――僕は周辺にある一際、大きな木を見詰めた。先程から、なにか嫌な気配を感じる。


 メルクはくやしかったのか、素早く僕から離れる。


「ああ、待って!」


 僕の静止も聞かず、彼女は走り出した。

 様子を見るだけでいいよ!――と言いたかったのだけれど、めるべきだろうか?


「ん、なにか来るでち?」


 ルキフェの言葉に、


「メルク、危ない!」


 僕は拾っておいた石を【アイテムボックス】から取り出す。

 そして、ルキフェが反応した方向へ投げた。


 メルク目掛けて降下してきたソイツは、投石をけるため、軌道を変える。

 <渡大わたりおおガラス>よりも一回り大きな<カラス>だ。


 メルクくらいの大きさなら飲み込めそうなほど、大きい。

 【モンスターロア】の効果だろう。視認出来たので<魔物>モンスターの情報が分かる。



  <プランダークロウ>――


  <渡大わたりおおガラス><盗人ぬすっとガラス>の上位種です。

  旅人や冒険者を襲撃し、荷物を奪う事でその名が付きました。

  アイテムを盗まれないよう気をつけてください。



(上位種か――厄介そうだな……)


 ――それに、こんな場所で出現する<魔物>モンスターじゃないぞ?


 考えるのは後にして、僕達は戦闘モードに切り替える。ずは、


「ルキフェは危ないから下がって!」


 と声を上げた。レベルが低い彼女では、瞬殺の可能性もある。


「ふん、人間……めるなでち!」


 だが、今日のところは、このくらいにちておいてやるでち!――とルキフェ。

 素早く、近くのひげみへと隠れる。


 僕はメルクの元へとると、彼女をかかえる。

 そのまま勢いを利用して、近くの木の根本へと転がった。


 ――ヒュンッ!


 間一髪というところだろうか? メルクが居た場所を黒い影がかすめる。

 バサッ、バサッ!――という羽搏はばたきがなんとも耳障みみざわりだ。


 ――カァーッ!


 と鳴き声を上げ、<プランダークロウ>は再び上昇する。

 ゲームと違って、相手が距離を取っている。


 【ファイヤーボルト】では当たりそうもない。

 せめて、<風>の攻撃魔法があればダメージを与えられただろう。


(弓やトラップ魔法でもあれば、まだ戦いようがあるのだけれど……)


 出来ない事を考えていても仕方がない。

 上空からの攻撃を防ぐ手立てはないだろうか?


(いや、そう言えば……)


「メルク……悪いけど、アイツの気を引いてくれるかい?」


「あい!」


 メルクも戦う気のようだ。その瞳は闘志に燃えている。

 魔法で水の球を作り出すと、それを維持いじした。


 どうやら、自分を大きく見せる作戦のようだ。盾としても使える。

 <プランダークロウ>は警戒した。


 僕はそのすきに、釣竿つりざおを準備する。そして、先程メルクが取って来てくれた『キラキラした物』をおもりの代わりに付けた。


「ほらっ! こっちだ……」


 それを空中で――ヒュンッ!――と移動させる。

 カラスの習性上、目が行くのだろうか?


 注意がこちらに向く。

 メルクはそれを見逃さず、【ウォーターボール】を命中させた。


 ――バシャンッ!


 羽が重たくなるため、れるのは嫌なのだろう。

 <プランダークロウ>は慌てて逃げようとする。


 そこに別の<カラス>が現れ、<プランダークロウ>の顔に鉤爪かぎづめを立てた。

 僕達から<一角いっかくウサギ>を奪っていった灰色の<カラス>だ。


(目をねらった? 仲間割れ……)


 状況は理解出来なかったけれど、僕はこの機会チャンスを見逃さない。


 ――今、かわかしてあげるよ!


「【ファイヤーボルト】!」


 僕は相手の死角から魔法を放った。

 目を怪我けがしたので反応出来ないのだろう。それに図体も大きい。


 ――ボンッ!


 <プランダークロウ>に命中すると、羽が燃え、態勢をくずした。

 そのまま、地面へと落下する。


 頭上では、灰色の<渡大おおわたりガラス>が――カァーッ!――と鳴いた。

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