第32話 毒蛇の森(4)


「顔が青いよ? メルクの真似まねかい……」


 キバ子に対し――仲良しだね?――と言って僕は微笑ほほえむ。

 しかし彼女は――ガタガタ――と震えながら、


「そ、そ、そ、そ、そんな訳ないでち!」


 と反論する。更に、


「<スライム>でちよ! <スライム>……」


 アタチ達の天敵でち!――キバ子は真剣な面持ちで語った。

 なにかトラウマがあるようだ。


「ス、<スライム>は――透明になって隠れひそんだり、擬態ぎたいをちてアタチ達をあざむいたり、通路をふさいで逃げ道で捕食したり……」


(どうやら、自然界では捕食『する側』と『される側』の関係らしいな……)


 そう言われると、メルクがキバ子を――美味おいしそうに見詰めている――そんな気がしてくるから不思議だ。


「悪魔でち! 悪魔の所業でち……」


 いい<スライム>など、この世には居ないでち!――とキバ子はメルクを指差し、にらむ。


 おどろいたのか、メルクは――ビクンッ!――と反応した。

 僕はそんなメルクの両肩に手を置くと、


「大丈夫だよ! メルクはいい<スライム>だから……ねー」「ねー」


 いつものように僕の真似まねをするメルク。

 愛らしく、首をかし微笑ほほえむ。


 しかし――


「あ、悪魔でち! 悪魔の笑みでち……」


 とキバ子は腰を抜かした。

 流石さすがおどろき過ぎだろう。メルクが可哀想かわいそうだ。


「こんなに可愛かわいいのに?」「のにー」


 僕とメルクは安心させるため、無害をアピールする。

 更に――プルプル……私悪いスライムじゃないよ――とアテレコした。


「うにゃ?」


 とメルク。しかし、逆効果だったようだ。


「ふ、巫山戯ふざけるな! でち――ハッ⁉」


 ガクガクとふるえ、今にもらしそうないきおいのキバ子。

 尻餅をいたまま、後退あとずさったのだけれど、なにかに気が付いたようだ。


「待つでちよ?(この人間をしたがえれば、自然と<スライム>も手下に……)」


 キバ子はつぶやくと、急に――ニタリ――と笑う。

 やはり、頭を強くつけたようだ。


 その証拠に、彼女はすっくと立ち上がると、


「あっは~ん♥ うっふ~ん♥ でち!」


 急に身体を――クネクネ――とさせ、踊り出した。


可哀想かわいそうに……)


 頭の打ちどころが余程、悪かったのだろう。


「えっと、かゆいところでもあるのかな?」


 僕の疑問に対し、


「バカな! アタチの妖艶よーえんな魅力が通じないとは……」


 とキバ子は驚愕きょうがくの表情を見せる。


(この世界に『脳神経外科』はあるのだろうか?)


「なっ! 可哀想かわいそうなモノを見るような目はめるでち……」


 とキバ子。彼女はぐに――ハッ――としてメルクを見る。

 どうやら、相当<スライム>に脅威きょういを感じているらしい。


 彼女は視線を僕に戻すと、


「クッ! なんたる強靭きょうじん精神せーちんの持ち主でちか……」


 何故なぜか僕にまで恐怖する。

 そして、なにか観念した様子で、


「し、仕方ないでちね! ここは素直にしたがってやるでち……」


 ちかち、人間!――とキバ子は僕を指差す。


なんだい?」


 出来るだけ、優しく対応するよう心掛ける僕に対し、


「アタチに名前を付けるでち!」


 と言い放つ。


「キバ子……」


 僕が即答すると、


「そ、そんな名前は嫌でち!」


 嫌でち、嫌でち!――と地面というか、木の枝の上を転がる。


「落ちたら危ないよ」


 僕は彼女の手を取って立ち上がらせると、シャツの汚れを払う。


 そして――


「じゃあ、どんな名前がいいのかな?」


 と聞いてみる。すると、


「キキーッ! アタチは闇の眷属けんぞくでち! カッコイイ名前にするでち……」


 と手で片目を隠すようにポーズを決めた。

 漫画やゲームでよく見る『厨二病』というヤツだろう。


 僕は少し考えると、


「ルシファー……う~ん、『ルキフェ』でどうかな?」


 その提案に、


「クックックッ! なんだか闇の鳴動めーどーが聞こえるでち……」


 彼女はえつに入る。

 気に入った――という事のようだ。


 僕にはなにも感じないけれど、今、ルキフェの中では――すさまじい闇の力があふれ出ている――設定のようだ。


(変なだけど……大丈夫かな?)



 †   †   †



 僕達は改めて自己紹介を済ませ、休息を取った。

 ルキフェには簡単に、今の状況を説明する。


 MPも回復し、『水質調査』も終わったので、残りは『素材探し』だ。

 これは<魔力石まりょくいし>というアイテムを見付ければいい。


(ゲームでは特定の<魔物>モンスターを倒すと落としたのだけれど……)


 ルキフェが言うには――<魔物>モンスターを倒すよりも、<渡大わたりおおガラス>の巣を探した方がぐに見付かるのではないか?――との事だった。


(確かに一理ある……)


「こっちでち」


 巣がある場所を知っている――と言うので着いて行く。

 すると薄暗く、太く立派な木々が立ち並ぶ場所へと辿たどり着いた。


(地面が白くなっているのは、ふんだろうか?)


 どうやら、ここで間違いなさそうだ。


「あまり近づくと警戒されるね」


 僕の言葉に、


「アタチが飛んで取ってくるでち!」


 とルキフェ。

 彼女はそう言って――パタパタ――と背中から生えた、小さな翼を羽ばたかせる。


 しかし――


「な、なんででちかーっ!」


 地面から、ちょっと浮いただけだった。

 むしろ、その小さな翼で浮くだけでも――凄い!――と考えるべきだろう。


「仕方がないよ」


 僕はルキフェの頭をでる。

 一方で――クイクイ――とメルクが僕のズボンを引っ張った。


「どうしたんだい? メルク」


 僕は屈んで、彼女と視線を合わせる。


「いくぅ!」


 と自分を指差すメルク。挙手きょしゅのつもりか、左手を上げた。


「えっと、メルクが行ってくれるのかい?」


 僕が確認すると両手を――グッ!――と握り、こぶしを作る。

 それを胸元に持ってくると――コクコク――とうなずいた。


 みょうにヤル気のようだ。


(もしかして、ルキフェと張り合っているのだろうか?)

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