第31話 毒蛇の森(3)


 ――チャポン!


 投げ込んだおもりが音を立てて沈む。


「こうやって、魚が針に引っ掛かるのを待つんだ……」


 『釣り』っていうんだ……よっと!――軽い引きがあった。

 手早く竿さおを立てると――ピンッ!――と糸が張る。


(想定していたよりもしなるな……)


 どうやら、釣り上げるのに手間取りそうだ。

 かたい枝などをえて、握り部分グリップは固定した方がいいかも知れない。


「早速、魚が掛かったみたいだ!」


 少し待っていてね――とメルクに告げる。

 僕は針がバレないように、糸が張った状態を維持した。


 そして、魚が疲れる頃合いを狙って釣り上げる。

 ピチピチ――とねる小魚に、メルクはおどろいた表情を見せた。


 ――時間をつぶすのにいいかな?


(そう思っていたのだけれど、簡単に釣れてしまった……)


 周囲に<魔物>モンスターの気配もない。

 この辺は安全なようだ。魚は【アイテムボックス】に入れておく。


「メルクもやってみるかい?」


 僕の問いに、メルクがコクリとうなずく。


「じゃあ、ちょっと待ってね」


 メルクが持ちやすいように竿さおを短くし、切り落とした素材を握り部分グリップえる。

 そして、えさの付け方を教えた。


「やってごらん」


 メルクは受け取ると僕の真似まねをして、糸を引っ張る。

 そして、竿さおしなりを利用すると、池へと投げ入れた。


(見ただけ出来るなんて……)


 ――やっぱり、メルクは頭がいい。


 メルクが釣りをしている間に、僕はもう一本『釣竿』を用意する。

 今度は針ではなく、糸の先に小瓶こびんを付けた。


 そして、池へらすと水をんだ。『水質調査』の依頼はコレで完了だ。

 本来は『池の水』の他に、周囲の植物や土、泥などを持ち帰る必要がある。


 定期的にそれらを集め、魔素量を図っているらしい。

 いくつか点検地点チェックポイントがあり、<魔物>モンスターの生息域は冒険者達に依頼される。


 初心者の試験などにも、使われているようだ。


 ――バシャンッ!


 水になにかが落ちる音と同時に――キキーッ!――と小動物の鳴き声が木霊こだまする。

 何事なにごとかと思って振り返ると、メルクの釣り糸の先に黄色い毛玉がからまっていた。


 どうやら、池に投げ入れられたため、おぼれているようだ。

 どういう経緯けいいでそうなったのかは分からない。


 けれど、メルクは平然と釣り上げる。

 釣り糸にからまっていたのは<吸血きゅうけつコウモリ>のようだ。


(変な色をしてるな?)


 メルクは躊躇とまどう事なく、その黄色の<吸血きゅうけつコウモリ>をつかんだ。

 そのまま窒息させようとしたので、


「待って、メルク」


 と声を掛ける。

 どうしたの?――という表情で首をかしげるメルクに、


折角せっかくだし【テイム】してみるよ」


 そのまま、持っていてくれるかな?――僕はぐったりとしている<吸血きゅうけつコウモリ>に【テイム】を使用する。


 空中に光の魔法陣が描かれ、<吸血きゅうけつコウモリ>が中央に固定された。

 スキルレベルを上げたお陰だろうか?


 ――成功のようだ!


「メルク、もう離していいよ」


 メルクは言われた通り手を離すと、ゆっくりと後ろに下がる。

 <吸血きゅうけつコウモリ>を光が包み、球体となった。


 そして、光の球体から女の子が現れる。


 ――ベチンッ!


 現れた少女――いや、幼女――は重力にしたがい、そのまま地面に落ちた。

 ギャフンッ!――と裸の幼女。


「ひぃ~ん……い、痛いでちっ!」


 うつ伏せの状態で落ちたため、どうやら顔とお腹を打ったようだ。


(痛そうだ……)


 見ていたメルクも、思わず自分の顔とお腹を手で押さえた。


「だ、大丈夫?」


 僕が慌てて駆けると、


「大丈夫じゃないでち!」


 そう言って――ゲホッ、ゴホッ!――とむせる。その後、


「痛いでち! 苦しいでち! れたでち!」


 と一気にまくし立てる。

 <吸血きゅうけつコウモリ>なので、二本の牙が印象的だ。


 『キバ子』(仮)としておこう。元が黄色かったので、金色の髪をしている。

 メルクと違い、元が<コウモリ>のためか、見た目は人間に近い。


 舌足したたらずだけれど、よくしゃべるようだ。

 メルクは<スライム>のため――声を出す――という行為こういが苦手なのだろう。


 回復魔法の【ファーストエイド】を使用し、痛みを軽減させる。


「これで大丈夫かな?」


 僕が質問すると、


「ううっ! 酷い目にあったでち……」


 ゲホッ、ゴホッ!――とキバ子はむせる。水を飲んだのかも知れない。

 取りえず、れた身体をタオルでいてあげる。


「へぷちっ! ううっ、寒いでち……」


 くしゃみの後、両手を組んで、ブルブルとふるえたので、


「これを着て」


 と僕は自分の着替えのシャツを差し出す。すると、


「要らないでち! 人間のほどこしなど……」


 ――ペチンッ!


 僕の手をはじいて、そんな事を言い出す。

 どうやら、面倒臭い子のようだ。


「あっそう……」


 僕は出したシャツを仕舞う演技をする。その様子を見て、


「ああっ、待つでち!」


 とキバ子。僕の服の引っ張ると、


「嘘でち! このままでは風邪を引いてちまうでち……」


 慌てて声を上げる。僕は苦笑しつつ、


「ゴメンね――今はこんなモノしか、着せるモノがなくて……」


 はい、バンザイして――とシャツを着せて上げた。


「フンッ! 人間……勘違いをちているようでちね」


 プハッ――とキバ子はシャツから頭を出すと、僕を見下すように視線を送る。


(全然、身長が足りていないけどね……)


 彼女はまで、上からの姿勢を崩したくないようだ。


「アタチのような高貴な出自の者が、このようなボロキレ……」


 ピトッ!――とメルクがキバ子の肩に手を置く。

 <ロリモン>同士なので、興味があるのだろうか?


「ん、なんでちか?」


 キバ子は振り向くと、


「ぷるぷるちた半透明の身体……」


 まるで<スライム>みたいでちね――とメルクの全身を確認してつぶやく。

 一方、メルクは目をキラキラと輝かせている。


(友達にでもなりたいのだろうか?)


 取りえず――<スライム>だよ――と僕はキバ子に教えて上げる。

 その台詞に――ピキンッ!――と彼女はこおりついた。


 ギギギギッ!――とまるで壊れた時計の針のような動きで首を動かす。


「ほ、ホントでちか?」


 僕の方を見て、問い掛けてきたので、


「彼女は『メルク』――<スライム>だよ!」


 と教えてあげた。すると一瞬にして、キバ子の顔が真っ青になる。

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