第18話 神殿都市ファーヴニル(1)


 今、僕はメルクを右手できかかえる状態で、街中を歩いていた。

 念のため、なにかあった場合、対処出来るように左手は空けておく。


 彼女は人間でいうと、園児程度の大きさだ。


(いや、それよりも少しおさないのか……)


 それでも重い事には変わりはない。

 傍目はためには、大きめの人形をかかえて歩くように見えているのだろう。


 家の中での短時間の移動なら問題なかったけれど、段々ときつくなってきた。

 僕は丁度、前腕がメルクの椅子イス替わりになる形で持ち上げている。


 正直、歩く度に振動で――ぷるぷる――と身体からだれた。

 そのため、安定しているのかも、よく分からない。


(落ちる心配はなさそうだけれど……)


 素直な性格で、とても<魔物>モンスターとは思えない。

 子供特有の好奇心こうきしんも持ち合わせているようだ。


 しっかりと僕にしがみ付きつつも、周囲を物珍ものめずらしそうに見ている。


(迷子にならないように、気を付けてあげないとな……)


 『神殿都市ファーヴニル』――確かにゲームをプレイした時の面影はある。

 けれども、ゲームのように単純なマップではないようだ。


 多くの家々が立ち並び、裏路地などもある。

 当然といえば、当然なのだろう。


 作り物の世界ゲームとは違い、人々の生活があるのだ。


(それにしても、色々な人種の人間が居るんだな……)


 素直に感心する。獣人もいれば、肌の青い人間もいる。

 人種の数だけ――宗教が存在する――という事だろうか。


(いや、そんな単純な話でもないのか……)


 三人居れば、三通りの考え方がある。

 むしろ、これだけの人々を一つにまとめ上げる象徴が必要だ。


 そのために『宗教』というモノがあるのだろう。

 そして、その宗教をまとめるのが<勇者>なのかも知れない。


 この街には、多くの宗教の存在が許されている。


(きっと、<勇者>が存在するお陰なんだろうな……)


 この地を起点に――巡礼じゅんれいへと旅立って行く人達も少なくない――と聞いた。

 <勇者>と共に旅立った神官の真似事まねごとだろう――と考えられる。


 いずれにしろ、大陸中から人々が集まるため、交易もさかんなようだ。


(『勇者召喚』の儀式も近いらしい……)


 ――その所為せいで、人が多いのだろうか?


 <勇者>と共に旅立つ。そのために人が集まっていると考えるのが妥当だろう。


好敵手ライバルが多くて、嫌になるよ……)


 別の事を考えようと僕は少しだけ、ゲーム知識を思い出す。

 『天空城ファーヴニル』――かつて大空を浮遊していた建造物だ。


 それがいつしか地上へと落ち、探索のために冒険者が集まる。

 やがて、その冒険者を相手に商売が始まる。


 仕事があれば――次第に人々が住み始める――という訳だ。

 そうやって人間達が集まり、都市を築く。法を作り、国が生まれた。


(竜の名前をかんする都市は、他にもあったはず……)


 各都市には隠しダンジョンがあり、ゲームでは<魔王>との対決の前にもぐる事が可能になる。


(強力な武具を手に入れるためだけど……)


 必ずしも、必要なイベントではない。

 それとなく――隠しダンジョンを知らない?――と師匠に聞いてみたところ、


「二百年前にあった『勇者伝説』を調べれば分かるかも知れぬな……」


 と言っていた。

 師匠の事だから、もしかしたら、その現場に居たのかも知れない。


 ――いや、流石さすがにそれはないか。


 僕は苦笑する。

 一方――ギュッ――ときかかえていたメルクの手に力が入る。


「人が沢山いておどろいたのかな?」


 大丈夫だよ――そう言って、僕は彼女を安心させるため、余裕を見せた。


 メルクは安心したのか、興味深げに周囲を観察しながらも――ぷるぷる――と半透明の身体をらすのだった。


 少なくとも、その隠しダンジョンへいどむには、今の僕達では弱過ぎる。


(この件はしばらく、師匠にも黙っておこう……)


 今は<冒険者ギルド>へ向かう事を優先すべきだ。

 僕は<ドラゴン>の看板が目立つ、大きな建物を目指していた。


 しかし――


「おうっ! あんちゃん、ちょっと待てよ……」


 歩いている途中で、変なのにからまれてしまった。

 相手は三人だが、威勢がいいのは一人だけのようだ。


 残りの二人は後ろでニタニタと笑っている。

 恐らく、初心者にからんでくる――お約束の連中――なのだろう。


(無視して、走って逃げるのもいいけれど……)


 メルクがいるため、逃げ切るのは難しいだろう。

 そう判断して――なんですか?――と聞き返した。


 男は戦士のようだ。装備しているのは毛皮利用した鎧だ。

 正直――山賊じゃないのか?――というのが、僕の初見の感想だった。


「いやぁ、実はオレ達、サイフ忘れちゃってさ……」


 ヘッヘッヘッ――と気持ち悪い笑顔で話し掛けて来る。

 明らかにカツアゲのたぐいだろう。


「そうですね……くさいし、早くお金を持って、お風呂に入ってきた方がいいですね」


 と仕方なく僕は返した。すると、


「くちゃい、くちゃい」


 とメルク。鼻をつままむ仕草しぐさをする。

 <スライム>ににおいが分かるのか謎だけれど、今はそれどころではない。


「そうだね、くさいね……息もくさいね」


 僕は同意した。


なんだと、バカにしやがって!」


 と男は胸倉むなぐらつかもうとしてきたので、僕は素早く下がる。

 レベルも力も、向こうの方が上だろう。つかまるのは不味まずい。


(さて、どうしたモノか……)


 ――シュパンッ!


 と鞭がしなり、なにかをつような音がしたかと思うと、


ってぇ!」


 と男は顔面を押さえてよろめく。


なにが起こったのだろう?)


 街中なので――大声でも上げようか――と思っていたところだ。

 どうやら、代わりに男が上げてくれた。


 行き交う人々が足を止める。

 後ろでひかえていた男二人も駆けって来たので、


「【ファイヤーボルト】!」


 僕はタイミングを見計らって、魔法を放った。

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