第15話 師匠の家(6)


 お風呂から上がると、僕は彼女達のれた身体をタオルでいてやる。


くすぐったいのじゃ!」


 と師匠。まるでいてもらう事が当然のように両手を広げている。

 こんな細い身体の何処どこに、あんな力があるのか不思議だ。


 一方、メルクもくすぐったかったのだろうか?

 その半透明の身体を――ぷるぷる――とさせた。


(残ったお湯で、洗濯もしないとな……)


 僕はそんな事を考えつつ、メルクを抱え、居間リビングへと移動する。

 魔力を使う感覚をつかむために、今日は僕が師匠の髪をかわかしてあげた。


「うむ、中々すじがよいな!」


 と師匠。どれだけ、上から目線なのだろうか?――やれやれである。

 僕もお風呂に入ったはずなのに、一向に疲れが取れた気がしない。


(どうにも、この世界に来てから、一人でのんびり出来ていない……)


 途中、メルクも興味を持ったらしい。

 <ドライヤー>をかけて欲しいのか、じいっと僕を見詰めた。


 仕方なく――おで――と言って、形だけでもかけてあげる。

 ぷるるるる――メルクの全身が波打つ。


 当然、<スライム>に<ドライヤー>をかけても意味はない。

 だけど、メルクの喜んでいる姿を見て、


(まぁ、いいか……)


 と僕は思ってしまう。しかし同時に、MPを半分以上も消費してしまった。


(<ドライヤー>――恐るべし……)


 メルクは面白かったのか、<ドライヤー>が気に入ったようだ。

 それにしても、本当に人間みたいだ。


 僕はメルクのほほつついてみた。

 プルンッ!――と彼女の顔が揺れる。


 それから、彼女の手を取ると、握ったり、開いたりさせた。

 当然、筋肉を動かしている訳ではない。


 引っ張ると、伸びたり、縮んだりもするようだ。


(ちょっと、面白い……)


なにをやっておるのじゃ……」


 師匠があきれた表情でこちらを見ている。


「いや、この――メルクが本当に戦えるのかな?――と思って……」


 僕がつかんで伸ばした両手を放すと――するん――と腕が元の長さに戻る。

 その衝撃で、彼女の全身が――ぷよん――とはずんだ。


「<スライム>じゃぞ……むしろ、おぬしの方が瞬殺じゃ」


 と師匠。怖い事を言う。


(こんなに可愛かわいいのに……)


 いつの間にか、メルクをそんな風に思っている自分に気付く。

 僕は彼女を椅子イスに座らせると、大人しく待っているように伝える。


 まだ、外が明るい内に洗濯を済ませてしまおう。

 着替えも少ないので、なにかのタイミングで買いに行く必要がある。


 洗い物は自分の分だけだったので、ぐに終わった。

 僕はメルクに――ただいま――と言う。


 そして、食事の準備をしている師匠を手伝う事にする。

 どうやら、今日は山菜とキノコの天麩羅てんぷらのようだ。


 僕が<魔物>モンスター相手に走り回っている間に採取したらしい。


「……天麩羅てんぷらって、この世界にもあったんだ?」


 僕の疑問に、


「これはお父様が好きだった……ふん、なんでもないのじゃ!」


 師匠はそう言って、そっぽを向く。

 同時に『お父様』という単語に反応したのか、


「おとぉ?」


 とメルクは首をかしげる。僕は振り返って、


「ああ、出来れば僕の事は『お兄ちゃん』って呼んでくれた方が嬉しいかも」


 などと言ってみる。この年で、子持ちは勘弁かんべんして欲しい。


「いい子だから、もう少しそこで待っていてね」


 僕はメルクに笑みを返すと、


「あい、にーたん」


 彼女は軽く手を振る。同時に、


「師匠、<スライム>ってしゃべれるんだね」


 と感心していた。


「いや、しゃべれる訳がないじゃろう……」


 と師匠――アレはもう、別の<魔物>モンスターじゃ――とつぶやく。

 その時の師匠の言葉を、僕は大して、気には留めていなかった。


「ふーん」


 ただなんとなく返す。正直、それよりも――折角、お風呂に入ったのに、油の臭いが付くのではないか――と心配していた。


 しかし、師匠の『お父様』とやらが好きだった料理という事で、僕をねぎらってくれているのは分かる。


 僕は――美味しそうだね――と言って、料理を食卓テーブルへと運んだ。

 メルクへは――もうちょっと待っていてね――と伝える。


「あーい」


 と返事をする。どうやら、聞き分けのいい子のようだ。

 大人しく待ってくれている。


 やがて、準備も終わり、三人で食事を始めた。

 山菜やキノコは美味おいしく、メルクも好き嫌いはないようだ。


 <スライム>にも味覚があるのか?――という疑問はこの際、無しにしよう。

 夕食はつつがなく終わり、やがて夜になる。


 師匠が洗い物をしている間に、洗濯物を干す場所を風呂場に移す。

 メルクを一人にする訳にもいかないので、一緒に行動する。


 <スライム>は液体のためか、抱きかかえると結構、重い。

 そんな訳で、今日は最後まで、とても疲れた。


「明日、起きられるか不安だよ……」


 そうつぶやいて、メルクを連れ、部屋に戻ろうとした時だ。


 ――そこで事件は起こった。


 どういう訳か、師匠も『一緒に寝る』と言い出したのだ。


(今朝、あんな出来事があったばかりなのに、どの口が言うのやら……)


 僕はあきれるよりも先に、命の危険を感じた。


「よいか……絶対に変な気を起こすでないぞ!」


 絶対にじゃ!――と師匠。


(それって『押すなよ』的な意味だろうか?)


 自分から『一緒に寝る』と言い出したくせに、まるで僕が間違いを起こすみたいな言い方だ。


 寝台ベッドせまため、一緒だと寝苦しい。

 当然、断ろうと思った。


 だけど――ダメかのう?――と上目遣うわめづかいで師匠が見詰めて来る。


小聡明あざとい……)


 僕は溜息をくと――分かったよ――と答える。


「ホントか⁉」


 と師匠。僕が断らないと分かっていたくせに、目を輝かせて喜ぶ。

 やったのじゃ!――と持っていた枕をギュッと抱き締める。


(やっぱり最初から、そのつもりだったよね?)


 寝台ベッドに入ると――もっと詰めるのじゃ!――と師匠。

 無茶を言う。仕方なく、師匠を抱きせると、


「おおっ♥ まるで、恋人同士みたいじゃ!」


 と声を上げた。無邪気むじゃきなモノだ。


「じゃ、メルクもお休み」


 僕の言葉に、


「やーすみ……」


 とメルク。正直なところ、<スライム>が睡眠を必要とするのかは謎だ。

 だけど、ひんやりとして、ぷるぷるした感触が気持ちいい。


(成長して大きくなったら、ウォーターベッドみたくならないだろうか……)


 そんなバカな事を考える。


(今日は冒険らしい冒険が出来なかったな……)


 その割にひどく疲れている。

 恐らく、<ドライヤー>でMPを消費した事がとどめになったのだろう。


 僕はぐに、眠りにく事が出来た。


 ――さぁ、明日から本格的な冒険が始まる。



 †   †   †




 アスカのHPが0になりました。

 死亡を確認しました。


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