第14話 師匠の家(5)


「急いで、お風呂に入れる必要があるのじゃ!」


 と師匠。突然、訳の分からない事を言い出したため、


「師匠……なに言ってるの?」


 思わず、で返してしまった。そんな僕に対し、


たわけ!」


 師匠は素早く僕の杖を奪う。

 そして、次の瞬間には、その杖で顔をグリグリされてしまっていた。


(それ、地味に痛いから、めて欲しい……)


「分かった、分かったから!」


 僕がそう答えると、師匠は――まったく!――と言いながら、杖を離してくれた。

 ああ、痛かった――と僕はほほさする。


 <スライム>の少女はぐったりとして、気を失っているようだ。

 僕は外套ローブを素早く脱ぐと、それで彼女をつつんだ。


 ほぼ同時に、



 名前を決めてください。



 とメッセージウィンドウが表示される。


(こんな時に……)


 どうやら、融通ゆうずうが利かないらしい。便利だけど、面倒な機能だ。


「どうしたのじゃ?」


 そう質問しながら、師匠が当然のように、背中へと乗ってくる。


流石さすがに、今は降りて欲しいのだけれど……)


 だが、言ったとしても、どうせ口論になって、僕が折れるしかないのだろう。

 そう考えてあきらめると、


「このの名前を決める必要があるみたいなんだ」


 僕は立ち上がった。

 おっと!――と師匠。彼女は落ちない様に、僕の首に腕を回した。


(頼むから、首をめないでくれよ……)


 僕は内心、祈る。

 彼女の力で首をめられると、今度こそ命の危険がある。


「ふむ! 確かに名前は必要じゃな……」


 決めてやるのじゃ!――と師匠。


(簡単に言ってくれる……)


 そもそも、こういうのはデフォルトで――『スラ子』――とか、決まっているモノではないのだろうか?


(まったく、変なところで現実リアリティを要求してくるな……)


 僕は――しっかりつかまっててね――と師匠に告げる。

 そして、彼女を背負ったまま、少女をかかえた。


 生い茂る草や木の根で、足場が悪く、走る訳には行かない。

 僕は森の中を速足で歩きながら、


「え~と、じゃあ……『メルク』だ!」


 その少女を名付けた。



 †   †   †



 <スライム>の少女・メルクを無事、師匠の家へと連れて帰る事が出来た。

 師匠と一緒だと、<魔物>モンスターの方から逃げてくれるので、こういう時は助かる。


 しかし――


(今日は走ってばかりのような気がする……)


 森を出ると、道が続いているため、軽く休憩をしてから走ってきた。


(多分、筋肉痛はしばらく治らない気がする……)


 だけど、休んでいるひまはない。メルクのためにも、お風呂を準備する必要がある。

 かまのぞくと――まだ、昨日んだ水が残っていた。


 時間短縮のため、先にかまどに火を付ける。

 それから、気合を入れると、足りない分の水を川へとみに行く。


 その間、師匠にはメルクの事を頼んだ。

 正直なところ、彼女よりも、僕の方が死にそうな気がする。


(レベルを上げれば、体力もつくかな……)


 なんとか水をめ、お風呂をく事が出来た。

 すっかり、汗だくである。


 僕は――ゼェゼェ――と息を切らせながら、家の中へと戻る。

 しかし、そこに二人の姿はなかった。


 こっちじゃ!――師匠の声がする。

 どうやら、すでに脱衣所に居るようだ。


 フラフラとした足取りで向かうと、何故なぜか師匠も裸で待機していた。


(色々と言いたい事はあるけれど……)


 僕はなにも言わず、裸になる。今は突っ込む気力もない。


(早く、メルクをお風呂に入れよう……)


 理由は分からないけど、これで彼女が元気になるらしい。

 ぐったりとしているメルクに、浴槽よくそうのお湯を掛けた。


 特に反応はない。余程よほど、弱っているのだろうか?

 僕は素早く石鹸せっけんを泡立てると、素手で彼女の身体を洗った。


「次はわしの番じゃぞ!」


 と師匠。本当は自分が入りたかっただけなんじゃないだろうか?

 分かってるよ――と僕は返す。


「うむ、良い心懸こころがけじゃ!」


 師匠は満足そうに答える。

 一方、メルクの身体は小さいので、ぐに洗い終わった。


 すると、パチクリとメルクの瞳(?)が開く。

 <スライム>なのに、やけに人間のような動きをする。


 僕は再び、お湯を掛けると、泡を洗い流してやった。


なんだか、ぷよぷよしていて気持ちいい……)


 もっと、触っていたい――と思いつつも、そこは我慢する。


「うむ、<魔素まそ>を洗い流す事に成功したようじゃな!」


 と師匠。そういえば、『ロリモンファンタジー』でも入浴システムが好評だった事を思い出す。


 何度なんどか戦闘を繰り返すとロリモンの元気がなくなってくる。

 そのため、定期的にお風呂に入る必要があるのだけれど――


(そういう設定だったのか……)


 ――いや、絶対……製作者側の後付けだろ!


 小さい頃は『戦闘の後は銭湯だ!』という、くだらないキャッチコピーにあきれていた。だけど今、異世界でようやく、その意味を理解した。


(どうやら、色々なロリモンシリーズの設定が混ざった世界みたいだな……)


 師匠の話によると<魔物>モンスターの身体には<魔素まそ>がまりやすいらしい。必要以上に<魔素まそ>をめ込むと、具合が悪くなったり、凶暴になったりするそうだ。


(人間でいうところの――ストレス――みたいなモノだろうか?)


 元気になったようだけど、何処どこあぶな様子のメルク。

 一人で浴槽よくそうに入れるには、まだ早そうだ。


 僕は――待っていて――と告げると、先に師匠の髪を洗う事にした。

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