第13話 朝露の森(3)


「大丈夫⁉ 師匠……」


 僕は慌てて、彼女に近づく。

 そして、あごに触れ――クイッ――とこちら向かせた。


「ううっ、おどろいたがなんでも――」


 師匠は顔を手でこすった後、目を開ける。

 当然のように目と目が合った。


「……」


 しばしの沈黙の後、


「ないの……じゃあぁぁぁっ!」


 と師匠は急に大声を上げた。突然の反応リアクションに僕の方がおどろいてしまう。

 彼女は顔を隠すように両手で押さえてしまった。


「手を退けて……うん、怪我は無いみたいだね」


 僕はその手を退かし、彼女の顔をのぞき込んだ。


「ううっ……だ、だ、大丈夫なのじゃ!」


 と師匠。確かに、怪我はしていないみたいだ。


「そうだね、綺麗だ――でも、赤くなっている」


 つけたショックだろうか? 顔全体が真っ赤だ。


「ううっ、おぬしの顔が近い所為せいじゃ!」


 と涙ぐんだ目で言われ――ああ、ゴメン――と僕は離れた。

 怖がらせてしまっただろうか? あつかいがむずかしい。


 しかし――


「そんな、あっさりと離れるでないわ!」


 と怒られてしまう。


(一体、どうして欲しかったのだろう……)


 いや、今はそれよりも、水筒から飛び出してきた物体の正体だ。

 見ると、半透明な球体が――ポムン、ポムン――と飛び跳ねていた。


(これはなんだろう?)


「もしかして、スライム?」


 僕は口に出す。


 ――いや、この世界の<スライム>は、ドロドロした本格的なタイプだ。


 武器や防具を溶かす厄介な存在だと記憶している。

 確か、ゲーム製作者の趣味だったはずだ。


(ドロドロの液体、幼女、溶ける装備……)


 これらの単語ワードから、すべてを理解するのが社会人というモノらしい。

 『ロリモンクエスト』内では、何故なぜか一番人気の<魔物>モンスターだ。


(こういう、可愛い系じゃな無かったはず……)


 首をかしげる僕に対し、


「変異種かのぉ?」


 と師匠。


(なるほど! そういうタイプもいるのか……)


 予想していた通り、僕のゲーム知識には穴があるようだ。


 ――いや、リメイクされたバージョンかも知れない。


なにを――ボーッ――としておる!」


 さっさと【テイム】せんか!――とまたも師匠に怒られてしまった。

 僕は急いで手を向け構える。


 だけど、師匠の言葉に反応したのは<スライム>も一緒のようだ。

 ポムン、ポムン――と飛びね、森へと逃げて行く。


 慌てて追掛けようとする僕に対して、


「待て! そっちには<魔素まそだまり>があるのじゃ……」


 と師匠が叫んだ。


(<魔素まそだまり>?)


 聞いた事のない単語が出て来た。


「今のおぬしには関係ないと思い、教えなかったのじゃが――」


 師匠は僕の杖を拾うと再び、しゃがむように指示した。

 どうやら――『おんぶ』しろ――という事らしい。


(完全に師匠の移動手段になっている……)


 待って――と断ってから、僕は鞄を回収する。

 それから、のどかわいていたので、師匠の分の水をもらう。


(間接キスになるのだろうか?)


 ふと、師匠を一瞥いちべつした。だけど、彼女の様子に変化はない。

 どうやら、お風呂の時といい、こういうのはずかしくないようだ。


(基準が良く分からない……)


 考えても仕方がないので――お待たせ――と僕はしゃがんだ。

 師匠は遠慮えんりょなしに飛び乗ってくる。


 先程も走り回ったばかりだ。


(これは明日も筋肉痛だな……)


 僕は覚悟をした。

 師匠がいるため、弱い<魔物>モンスターは近づいては来ないだろう。


 それでも、少しだけ慎重に行動する。

 初めて訪れた森の中、方向感覚が可笑おかしくなりそうだ。


 しかし、迷う心配はなかった。

 数分もしない内に、例の<スライム>を見付けたからだ。


「師匠……アレって――」


 僕は青色の半透明な球体を見付け、あごで合図した。


「さっきの<スライム>じゃな……」


 大分、っておるが、魔素まそには気を付けるのじゃ!――と師匠。

 周囲には黒いもやのようなモノが立ち込めている。


(どうやら、このもやが<魔素まそ>のようだ……)


 僕は言われるまでもなく、けるよう移動する。因みに、この世界において、僕が知っている<スライム>は物理攻撃に耐性を持つ相手だ。


 武器や防具をかしてしまう事から、本来なら、まだ戦う相手ではない。

 でも、今はかされて困る武器や防具もなければ、火の魔法も使える。


 僕は一旦、師匠を降ろす。

 そして、【ファイヤーボルト】を使おうと杖を身構えた。


 だけど――


「待つのじゃ!」


 と師匠。僕の動きを制する。


「弱っておるみたいじゃな……」


 よし、【テイム】を使ってみるのじゃ!――と師匠は<スライム>を指差す。

 同時に急かすように、僕の外套ローブをクイクイと引っ張った。


 攻撃魔法をためしてみる機会チャンスだと思っていたのだけれど、師匠にそう言われては仕方がない。それに倒してしまうと【テイム】が出来ない。


(そういえば、昨日拾った玉に似ているような気もする……)


 僕は杖を構えたまま、


「【テイム】!」


 と言葉にする。

 すると、<スライム>を中心に光の魔法陣が現れ、やがて収束した。



 <青色ブルースライム>の【テイム】に成功しました。契約しますか?



 とメッセージウィンドウが現れたので、当然、「はい」と答える。



 契約に成功しました。<青色ブルースライム>が仲間になりました。

 仲間の【ステータス】を確認する事が可能になりました。



 と続けて、メッセージが表示される。


(ふぅー……どうやら、上手くいったようだ……)


「師匠! 成功したよ……」


 やや興奮気味に僕が伝えると、


「うむ、よくやったのじゃ!」


 彼女も嬉しいのか、珍しくめてくれた。

 僕は早速、仲間になった<スライム>を確認しようと近づく。


 だけど――


「師匠……」


 僕はそう言って、固まった。


なんじゃ? どうした……」


 不審に思ったのか、師匠が不思議そうに近づいてくる。


「これって――」


 僕は振り向き、師匠に確認すると、


「うーむ……」


 と彼女もあごに手を当て、考える仕草しぐさをする。

 そこに倒れていたのは、先程までの変異種の<スライム>ではなかった。


 青色の半透明な幼い女の子だった。

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