第10話 師匠の家(4)


「でも、冒険に出るのなら、この家は数日の間しか使わないのか……」


 異世界での生活水準をどうやって上げようかと、独りつぶやく僕に対し、


「明日は<魔物>モンスターを【テイム】するのじゃ! 早く寝んか……」


 師匠はそう告げる。

 仕方なく、その場は――はい――と返事をした。


 だけど――


(正直、興奮して眠れないな……)


 こういうのは修学旅行以来だろうか?

 勿論もちろん――寝るにはまだ早い――というのも理由の一つだ。


(その分、朝が早いんだろうけど……)


 それにる事もない。

 僕は素直に――寝る――という結論で、一度は寝台ベッドに入った。


 だけど、目を閉じたからといって、眠れる訳でもない。


(やっぱり、魔法や<魔物>モンスターの事を、もう少し聞いておこう……)


 師匠の部屋を訪ねようと思い、僕は部屋を出る。

 真っ暗な中、居間リビングかられるかすかな明かりを見付けた。


(良かった! まだ起きているみたいだ……)


 僕は居間リビングへと向かう。

 すると、師匠が食卓テーブルの上に突っ伏していた。


 どうやら、裁縫さいほうの途中で寝てしまったらしい。

 先程、僕の部屋に持って来て、合わせた衣装が広げられている。


(<魔物使い>用の外套ローブかな?)


 ――ヤレヤレだ。


 僕は苦笑すると、師匠をかかえる。

 明かりの正体である照明ランプを片手に、彼女を部屋へと運ぶ。


 しかし、こうして見ると寝顔は可愛い。


「口調は変だけど……」


 そんな僕のつぶやきに対し、


なんじゃと!」


 と師匠。むにゃむにゃ――と口をモゴモゴさせる。


(おや、起こしてしまったかな?)


 謝ろうと思ったけれど、


「ううっ、お父様……」


 どうやら、寝言のようだ。

 彼女の部屋に辿たどり着くと、照明ランプを机の上に置く。


 そして、彼女を寝台ベッドへと寝かせた。風邪かぜを引かないように布団ふとんを掛ける。

 照明ランプを消そうと思ったけれど、火ではなく、どうやら魔石が光っているようだ。


 放って置けば、その内、魔力が切れるだろう。

 僕は師匠を起こさないように、静かに自分の部屋へ戻ろうとした。


 しかし――


「行かないで――」


 そう言った師匠に、服をつかまれてしまう。

 天窓から月明かりが差し込む部屋で、彼女の目に涙が浮かぶ。


 そして、頬をつたい――静かにこぼれれ落ちた。


「行かないよ」


 僕はそう言って、その涙をぬぐい、彼女の髪をそっとでる。


「お帰りなさい――お父様……」


 彼女はつぶやき、僕はその笑顔に安堵あんどする。

 だけど、それもつかの間――次の瞬間――物凄ものすごい力でめられた。


(い、いたい……!)


 レベルの違いだろうか? 僕の身体が、ミシミシと音を立てきしむ。

 正直、少女の力とは、とても思えない。


「もう……離さないから――」


 フフフッ♥――そう微笑ほほえむ彼女に対し、


「いや、離して――」


 ――ガクッ!


 僕はその場で、気を失うのだった。



 †   †   †



 翌朝――


 ――ドカッ!


 腹部に強い衝撃を受けて目を覚ました。


「おお、すまぬ! つい反射的に……」


 と師匠。HPのゲージが危険領域レッドゾーンだ。

 早速、【ファーストエイド】が役に立った。


「し、死ぬかと思った……」


 床に両手を突き――ハァハァ――と息を荒げる僕に対し、


「す、すまぬのじゃ――でも……」


 最初から言ってくれればわしもやぶさかではない――と師匠。

 気持ちは嬉しいけど、気が動転していて、今はそれどころではない。


 昨日の夜といい、二回も死にけてしまった。


 ――しかも、召喚主に殺されそうになるとは!


(異世界って、なんて恐ろしいところなんだ……)


 寝台ベッドから蹴落けおとされた僕の目の前には、上半身を起こし、なにやらモジモジとずかしそうにしている師匠の姿があった。


「ううっ、初めてじゃったのに! 寝込みをおそうとは……」


 なにやら、とんでもない誤解が生じているようだけれど、僕は素直に謝った。

 こういう場合は一度、相手を冷静にさせてから説得すべきだろう。


 昨夜の怪力からさっするに、本気で殴られてしまうと、今度こそ本当に死んでしまう可能性がある。


「で、その……何処どこまでしたのじゃ?」


 師匠は顔を赤らめて、髪の毛の先を指でクルクルといじり始める。

 思ったよりも、冷静になるのが早かったようで助かる。


「いや……まぁ、わし大人気おとなげ無ったというか、男性ならそういう欲求があるのは当然の事というか……(コホン)そのじゃな、事前に言ってくれれば、わしだってその……もう少しお洒落をじゃな――あの夢も見なかったし……」


 なにやら色々とつぶやいた後、急に口籠くちごもる。

 僕は落ち着いた態度で、


「おはよう、師匠……」


 とずは挨拶を返した。


「う、うむ……おはよう」


 いや、ハニーと呼んでくれても構わん!――と謎の知識を披露ひろうする。

 取りえず、突っ込むのは後にして、


「実は昨夜、師匠が食卓テーブルの上で寝ていたから、風邪かぜを引いてはいけないと思って、寝台ベッドまで運んだのだけれど……」


 と説明をした。僕の落ち着いた態度を不思議に思ったのだろう。


「んん?」


 師匠は頭の上に疑問符を浮かべる。


ころんで、気を失っていたみたいなんだ。なにがあったのかな?」


 素直に説明しても良かったけれど、あの寝言の事まで話さなくてはならない。

 ここはとぼけた態度で押通おしとおそう。


「なっ⁉ そ、そうじゃったのか?」


 おどろく師匠。今までの自分の態度を思い返し、別の意味で顔を真っ赤にする。

 そして――ずかしいのじゃ――と両手で顔をおおった。


(クソッ、可愛いな……)


 一瞬――手を出してしまった事にすれば良かった――と思う自分をじる。


「状況から判断するに――師匠と一緒のベッドで寝ていた――という事かな?」


 寒くはなかった?――と僕が質問すると、師匠はフルフルと首を横に振った。


「布団を掛けて上げたんだけど……アレ? 風邪かな……」


 顔が赤いよ?――勿論もちろんわざとだ。

 僕はそう言って、師匠のひたいに手を当てる。


「こ、これは違うのじゃ!」


 か、風邪かぜではないのじゃ――と師匠はうつむく。


(少し、意地悪だったかな……)


 そう思いつつも、どうやら納得してくれたようだ。

 下手をすると、また殺されねない。


「ううっ、朝食の準備をするから、おぬしは顔を洗って来んか!」


 と彼女に言われ、僕は部屋を追い出されてしまった。

 この様子なら、し返されるような事はないだろう、


 なんとか、事無ことなきをたようだ。

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