第9話 師匠の家(3)


 一応、脱衣所はあるようだ。


(でも、一緒に入るのなら、あまり意味がない気もする……)


 ふと、横を見ると、


「ぐぬぬっ!」


 師匠が服を脱ぐのに手間取っていたので、手伝ってあげる。


「おお! ありがとうなのじゃ♥」


 にぱっ――と彼女が笑った。どうやら、今までは気を張っていたらしい。

 一緒に食事をした事で、警戒を解いてくれたようだ。


 そして、じらいもなく、僕の前で仁王立ちをする。

 少女から女性へと変ろうとしている、美しい丘陵きゅうりょう


(正直、目のやり場に困るな……)


 その白くて綺麗な肌を、まるで見せ付けて来るかのようだ。

 じらう文化がないのか、相手が僕だからなのだろうか?


(出来れば、後者だと思いたい……)


 僕もさっさと服を脱ぐ。つい最近までは、妹と一緒に入っていた。

 そのため、特に抵抗はない。こういうのは、意識したら負けだ。


(そういえば、拾った玉について聞こうと思っていたんだった……)


「ああ、師匠……玉を拾ったんだけれど――」


 ――あれ? ない?


「玉?」


 師匠は僕の下半身を注視する。

 妹もそうだったけど、女の子って結構、平気で見て来るんだな。


「そっちの玉じゃないけど……いや、なんでもない」


 早く入ろう――と僕は師匠を促した。

 どうやら、何処どこかに落としたようだ。


(また明日、明るくなったら探そう……)



 ♨   ♨   ♨



 ――ゴシゴシゴシ!


「師匠の髪って、綺麗だよね」


 彼女の髪を洗いながら、僕が言葉を掛けると、


「フフフッ♥ そうじゃろ!」


 と上機嫌で答えが返ってきた。頭からは、小さな角が生えている。

 服が脱ぎにくかったのは、これが原因のようだ。


 更に耳の先がとがっている。やはり、人間ではないのだろう。

 髪の量が多いためか、少しクセがある。だけど、リンスは必要なさそうだ。


 髪を洗い終わると、僕はタオルを巻いてあげる。

 これでかわかす時も楽だろう。次に身体からだを洗うのだけれど、


なんじゃ、わしのナイスゥ? ボデーにメロメロか?」


 などと聞いて来たので、


「ナイスボディね」


 と訂正しておく。

 肉付きがいい――という意味でも使われるけど黙っておこう。


(一体、何処どこでそんな知識を手に入れてくるのやら……)


「それじゃ!」


 と師匠。フンッ!――と鼻息を鳴らす。ヤレヤレだ。

 泡立てたタオルで、そのナイスゥ? ボデーを優しくこすると、


「じゃあ、お湯を掛けるよ」


 ――バシャッ!


 と洗い流す。師匠は、


「具体的にどの辺が魅力的なのじゃ?」


 と質問してきたので――そうだな――と前置きした後、


「手や足のうろこが綺麗だよね」


 洗っていて気付いたので、それとなく、探りを入れてみる。すると、


「怖くないのか?」


 と聞いてきた。僕は、


「頭の角も、金の瞳も、その声も――全部、可愛いと思うよ」


 そう答える。彼女は、


「フフフン♪ そうか、照れるのう……」


 と満更でもない様子だった。


 ――チャポン!


 と師匠には、先に湯船につかかってもらう。

 温まってもらっている間に、僕は自分の身体を洗った。


「師匠、ちゃんと肩までかって、十数じゅうかぞえてね」


「分かっておるわ!」


 彼女はそう言いながら、浴槽から身を乗り出し――フフン♪――と楽しそうに鼻歌をかなでながら、僕を見詰めてくる。


(うん、全然分かってない……)


 それにしても、石鹸せっけんやシャンプーなどが準備されているのは助かった。

 やはり、ちゃんとしたお風呂に入れると気分が違う。


 だけど、流石さすがに入浴剤はないようだ。


(機会があれば、ハーブや果物をお風呂に入れてみようかな……)


 そんな事を考えていると、


「やはり、おぬしは変っておるな……」


 と師匠。続けて、


「大抵の人間は、わしが人間でないと分かると、ぐに逃げてしまうのじゃが――」


 などと語り出した。


なにか嫌な思い出でもあるのだろうか?)


 いや、聞くのはもう少し、仲良くなってからでいいだろう。僕は、


「逃げないよ」


 とだけ伝える。そもそも契約がある。

 彼女との約束を果たさなければ、僕が元の世界に帰る事は出来ない。


 しかし、彼女が欲しい言葉は、それではないのだろう。


「これからも、よろしくね!」


 僕はそう答えた。



 ♨   ♨   ♨



 お風呂から上がった僕は、師匠に髪をかわかしてもらっていた。

 火と風の魔石を利用した魔道具があるらしく――まぁ、<ドライヤー>でいいや。


 この世界では、度々、<勇者>を召喚しているらしい。

 こういった便利グッズは、大きな街に行けば手に入るそうだ。


 また、まれに異世界人が来る事もあるため、日用品も充実しているらしい。

 ただし、欠点もある。僕のMPが少ないため、連続使用が難しい点だ。


 これでは中々、一般の人達の間では流行はやらないだろう。

 僕の場合も、今回はMPの高い師匠にまかせた。


 いや、彼女自身、みょうに乗り気だった――といった方がいいかも知れない。

 フフン、フン♪――師匠は上機嫌に鼻歌をかなでている。


 ちなみに、魔石とは、魔力を込めると、それぞれの属性の効果を発動する石の事だ。

 本来は<魔法使い>の杖などに、利用されている事が多い。


 どうやら、一般に出回っているのは、質の落ちるクズ石のようだ。

 僕はその話を聞いて、ゲームの知識で思い出した事があった。


 確か、<魔物>モンスターの進化には、特定の魔石が必要だった気がする。


(やっぱり、この世界は、あのゲームと関係ありそうだ……)


 しかし、今はそれよりも、優先すべき事がある。

 お風呂を沸かすのも大変だったけれど、トイレや歯磨はみがきは外なのだ。


(これは、改善の余地があるよね……)

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