第6話 テラ神殿跡地(2)



「えっと……ルナちゃん?」


 戸惑とまどう僕に対し、


「気安く『ちゃん』付けするでないわ!」


 彼女へと伸ばした手を杖で叩かれてしまう。


 ――ペチッ!


いたっ……!」


 僕は反射的に手を引っ込める。見ると手の甲が赤くれていた。

 彼女は、そんな僕の様子を気に留める事もなく、


「そうじゃなぁ……」


 あごに手を当て、しばし考える素振そぶりを見せた後、


「おぬしを今日から、わしの弟子にしてやる!」


 わしの事は『師匠』と呼ぶがよい――などと言い放った。

 ヤレヤレである。


 本来なら、子供の戯言ざれごとなのだろう。

 だけど、状況を考えるに、素直に従った方がよさそうだ。彼女は、


「その間抜けっぷりをきたえ直してやるのじゃ!」


 などと意気込む始末だ。


「僕はだまされたのかな?」


 状況的に怒るところなのだろうけど、どうにもそういうのは苦手だ。

 なので、一旦、整理する事にした。僕の問いに、


「状況からいって、そうであろうが……?」


 とルナ――いや、師匠があきれた顔をする。しかし、


「でも、師匠は困っているんだよね?」


「う、うむ……」


「僕の力が必要なんだよね?」


「そ、そうじゃな……」


「僕は<魔物使い>になればいいんだよね?」


「うむ、そうなのじゃが……」


(良かった……)


 僕は――ホッ――と胸をで下ろすと、


「じゃあ、だまされてないよ! 一緒に頑張ろうね……」


 そう言って、彼女の手を取った。

 ルナ――元い師匠は、


なんだか、にくい奴じゃな……」


 困ったような表情でそうつぶやいた。

 一先ひとまず疑問は解消されたので、僕は周囲を見渡す。


 変な場所だ。周囲には森が広がっているのに、ここだけ開けた地形になっている。

 石の柱や崩れたへいが視界に入る。


なにかの跡地あとちなのかな?)


 考えても仕方がない。

 僕はもう一度、視線を戻すと師匠を見詰めた。


 最初は人間かと思っていたけれど、なにかが違う。


「な、なんじゃ……」


 と師匠。僕の視線をいぶかしんだ。


(よくあるエルフとかの、妖精のたぐいだろうか?)


 確かに可愛い。成長すると美人になるだろう。

 だけど、エルフのイメージとは異なる気がする。


(それに――)


「どちらかというと、『師匠』よりも『妹』キャラだよね?」


 そう言って、顔を近づけた。更に、


「普通はもっと友好的で――お兄ちゃん――って呼んでくれるキャラじゃないの?」


 設定、間違ってない?――僕のそんな質問に対して、


「知らんわ! そんな事……」(プンスコ!)


 師匠はほほふくらませ、怒ってしまう。


(大事な事なのに……)


 肩をすくめる僕に対して、


「それより何時いつまでも、こんな森の中に居ても仕方がない……」


 わしについてくるのじゃ!――と師匠。

 そう言って背を向けて歩き出すが、彼女はぐに立ち止まった。


(どうしたのだろう?)


 僕が後ろからのぞき込むと、段差がある。

 どうやら、今いる石畳いしだたみは『召喚の儀式』用の舞台ステージらしい。


 飛び降りるには、少しだけ勇気が必要な高さだ。

 勿論もちろん、僕にとってはなんて事はない。


 ただ、彼女の身長だと、結構な高さに感じるのだろう。


「師匠! ちょっと待ってて……」


 そう言って、僕は先に下へ飛び降りる。


 ――ビシャッ!


(ううっ! 足が冷たい……)


 柔らかな草の感触。土が水気を含んでいる。

 靴をいていなかった事に、今更ながら気が付いた。


 どうやら服は、部屋を片付けていた時のままのジャージ姿のようだ。

 しかし、そんな事を気にしていては、格好がつかない。


(それにある意味、異世界へ来る際の正装だよね……)


「はい、師匠……」


 僕はそう言って、両手を彼女へと伸ばす。

 師匠は最初――なにか裏があるのでは?――と躊躇ちゅうちょしている様子だった。


 しかし、結局は取るに足らない事だと判断したようだ。

 素直に、僕の意図を理解したらしく、


「フンッ!」


 そう言って両手を広げ、舞台ステージから飛び降りた。

 僕は苦笑しつつ、師匠を抱き締める形で受け止める。


 思ったよりも軽い。

 僕は彼女をゆっくりと地面に降ろした。


「少しは気が利くようじゃな――じゃが……」


 子供あつかいするでないわ!――そう言って、持っていた杖で僕のほほをグリグリする。

 地味に痛いので、そういうのはめて欲しい。


「わ、分かったよ……」


 僕が言うと、


「そうか……では、ここにしゃがめ」


 師匠は杖を引っ込めると、今度はその杖で前方の地面をしめした。

 理由は分からなかったが、取りえず、素直に従う事にする。


「こう?」「ウムッ!」


 僕の質問に対し、満足したかのような声を上げた。

 そして、そのまま僕の背中に飛び乗ってくる。


 ――トサッ!


(これって――おんぶ――なのでは?)


 僕は首をかしげるも、そのまま立ち上がった。


(ついさっき――子供あつかいするでないわ!――と言っておいてコレか……)


 先が思いやられる。

 一度、安定させるため、彼女の太ももをつかみ持ち上げる。すると、


「ひゃうっ♥」


 可愛らしい声を上げた。彼女の温もりが背中越しに伝わる。


「よしっ! このまま、ぐ進むのじゃ♪」


 と師匠は楽しそうに命令してくる。


(あまり動くと、落ちるよ……)


 そう言おうとして、僕はめた。代わりに、


「はい、師匠……」


 と返す。そして、彼女に言われるがまま、その場を後にする。


(『軽い』とはいえ、流石さすがにずっとはキツイ……)


 それに靴下のままだ。僕は早く、目的地に着く事を願った。

 途中、確認のため振り返る。


 やはり、僕が召喚された場所は、古い神殿の跡地あとちのようだった。

 白い石柱や四角い立方体ブロックで作られたかべの跡がいくつか残っている。


 変色し、罅割ひびわれ、ちようとしているそれらの様子から――今は誰も管理していない場所なのだろう――という事がうかがえた。


 規模きぼからさっするに、かつては多くの信仰が集められていた場所なのだろう。

 初夏を思わせる、涼しい風が吹き抜けた。


(どうやら、この世界も、季節は夏に向かっているらしい……)


「ホレ! のんびりしておると、日が暮れてしまうぞ……」


 とは師匠。おんぶをしただけで、すっかり上機嫌だ。

 精神年齢は、見た目よりも低いのかも知れない。


「この杖で頭を叩かれたくなかったら、キリキリ歩くのじゃ!」


 そう言って、僕の背中で杖を振り回す。


(無邪気なのも、考えモノだな……)


 叩かれてはかなわない。

 これ以上、背中で暴れられる前に歩みを進める。


 こうして、僕の長い夏休みは始まったのだった――

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