第5話 テラ神殿跡地(1)


 かすかにヒンヤリとした石畳いしだたみの上で、僕は目覚めた。

 優しい木漏こもれ日の中、小鳥達のさえずりが聞こえる。


 新緑のにおいを乗せた風が吹いていた。

 青空には太陽が昇り、温かないい陽気だ。


「どうやら、目が覚めたようじゃ――ですね……」


 僕が上半身を起こすと、そこには少女が一人、たたずんでいた。


(中学生くらいだろうか? 不思議な雰囲気の子だな……)


 彼女の美しく長い髪は、木漏こもれ日の下で翠玉色エメラルドグリーンにキラキラと輝いていた。

 そんな髪の色をした人間が居るはずもない。


(精霊かなにかだろうか?)


 目をらすも、見間違いではないようだ。

 彼女の瞳は金色で、白を基調とした外套ローブに身を包んでいた。


 額のサークレットには、青い宝石が輝いている。

 そして、右手には頭身よりも大きな木製の杖が握られていた。


(まるで魔法使いの杖だな……)


「君は?」


 僕は――夢を見ているのかな?――と思いつつも質問を投げ掛けた。

 すると少女はおだやかな笑顔で、


わし……コホン、私の名前は『ルナ』――この地を守護する者――です」


 そう言って足を一歩引き、外套ローブはしを持って、頭を下げる。


(カーテシーというヤツだろうか?)


「どうか、おぬし……貴方あなた様の力で、私達の世界を救ってはいただけないでしょうか?」


「……」


 状況が呑み込めず、僕はしばし考え込んだ。


(もう一度、現状を把握はあくしよう……)


 確か夏休みに入るとほぼ同時に、家族で北海道へ旅行に来たはずだ。


(新幹線に乗って、それで――そうだ!)


 祖母の家で、叔父さんの部屋を片付けていたんだった。

 不意に<異世界転生>の単語ワードが頭をよぎる。


「まさか、僕はゲームの下敷きになって、死んでしまったのでは⁉」


 そんな僕の言葉に、


「バカか……いえ、死んではいません」


 少女はゆっくりと首を左右に振る。


(今、『バカ』って言わなかったか?)


「その証拠に――」


 と少女。


(一瞬、あきれたような顔をしていたように見えたのだけれど……)


 ――気の所為せいだろうか?


 少女は続けて、


「その魔法陣の光が消えてしまうと、貴方あなた様は元の世界に戻る事が出来ます」


 と教えてくれた。どうやら、元の世界に戻る事が出来るようだ。

 だが同時に――ここが異世界である――という事になる。


「つまり、この魔法陣から出れば、君を助ける事が出来るんだね」


 僕の結論に、


「はい、その際は、私との契約が完遂されるまで、元の世界に戻る事は出来ません」


 少女は愛らしく微笑ほほえむ。


なにやら、期待させてしまったようだ……)


 しかし、そんな無邪気な顔をされると、ことわにくくて仕方がない。

 それに先程見た彼女のあきれ顔――


(やはり、アレは気の所為せいだったのかな?)


 僕は気を取り直して、


「で? なにをすればいいのかな……」


 悪いけど、<魔王>を倒すとかは無理だよ――と冗談めかして言ってみた。

 そもそも、すべての基本ステータスが中の下である自信が僕にはある。


なんだか、悲しくなってきた……)


「いいえ、貴方あなた様には<魔物使い>となっていただき、私達をみちびいて欲しいのです」


 そんな少女の言葉に、


「<魔物使い>? みちびく……」


 僕は首をかしげた。


(育成ゲーム的な事をすればいいのかな?)


 正直、その手のゲームはぐに戦闘能力でインフレを起こすから好きではない。

 ラスボスが弱すぎて、達成感も今一つだ。


 恐らく――特定の<魔物>モンスターが仲間にいなければ勝てない。

 そんな状況を無くすため、バランスを重視しているのだろう。


(最近は、難しくしても売れないからな……)


 制作側も、割り切るしかないのだろう。

 プレイヤーである僕達が工夫するしかない。


 例えば、<魔物>モンスターを進化させないとか、最弱<魔物>モンスターで戦うなどの縛りプレイをすればいい。


 対戦が可能なモノもあるけど、運の要素も強い。更に育てた<魔物>モンスターが負けた場合、思い入れがある分、すごくやしい気持ちになりヤル気がせる。


(よし、ことわろう!)


「ゴメン……悪いけど――」「どうか、お願いします!」


 ことわろうとした僕の言葉をさえぎるように、


貴方あなた様にしか頼めないのです……どうか、私を助けてください」


 シクシク(チラッ)――と必死に頼む少女。

 泣いているのだろうか、その場にくずれ落ちるようにひざを突き、うつむいてしまった。


「わ、分かったよ……」


 と僕は答える。少し前までの妹の姿を思い出してしまった。

 今ではすっかり生意気だが、つい、この間までは、


「お兄ちゃん、どうしよう⁉」「お兄ちゃん、助けて!」


 そんな風に、よく頼られていたモノだ。

 その所為せいか――泣いている女の子は、助けてあげないと――と思ってしまう。


「本当ですか⁉ やっぱりめた――はナシですよ!」


 少女は途端とたんに笑顔になる。その気迫きはくに押され気味になりつつも、


「う、うん――でも僕……あんまり強くないよ」


 と答える。彼女は首を左右に振ると、


「問題ありません!」


 そう言って胸に手を当てると、真っ直ぐに僕を見詰めた。


「大切なのは<魔物>モンスターと心を通わせる事が出来る勇気と優しさです!」


 そんな風に言われると――イケる気がしてくる――から不思議だ。

 なんだか気恥ずかしかったけれど、


「えっと――じゃあ、この魔法陣から出れば契約完了って事だね」


 僕は決心する。


「そうなります……でも、本当によろしいのですか?」


 少女はいのるように胸元で両手を握り、首をかしげた。

 僕は――問題ないよ――とうそぶき、


「『真御守まおもりアスカ』だ――よろしくね、ルナ」


 そう言って、僕が手を伸ばすと、


「はい♥ アスカ様……」


 彼女はその手を取る。余程、嬉しかったのだろうか?

 その大きく綺麗な瞳には、涙が浮かんでいた。


 僕は躊躇とまどう事なく、その一歩を踏み出す。すると、


「フッハッハッハッハァ! 引っ掛かったな小僧!」


 と少女は豹変ひょうへんする。続けて、


所詮しょせんは平和ボケしたお人好しの日本人じゃな!」


 おぬしだます事など、造作もない事なのじゃ!――と言い放った。

 どうやら僕は、彼女にだまされてしまったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る