第3話 その前に服を着んか!


「アニキッ! 水だ……」「だ、大丈夫?」


 そう言って、心配した様子でコップに水を運んで来てくれたのは、アリスとガネットだ。


 まだ、進化していない幼い姿の二人には、今回は留守番をしてもらったのだが、正解だったようだ。


(あんな危険なところに、まだ連れてはいけない……)


「ありがとう……二人共――」


 そう言って、僕は二人の頭をでる。

 すると、彼女達はニコリと微笑ほほえんだ。


 アリスは<一角ウサギ>のモンスター娘で肉食だ。たまに僕をかじる。

 まだレベルが低いため、四、五歳くらいの幼女の姿をしていた。


 元がウサギだからだろうか、頭から二本のウサ耳がピンと立っている。

 他の<一角ウサギ>とは違い、青色の毛をしていた。


 そのため、仲間外れにされていたようだ。


(『亜種』という奴なのかも知れない……)


 思い起こせば、他のモンスター娘達も通常のタイプと色が異なる。


(やはり、その辺にヒントがあるのかもな……)


 彼女の額には<一角ウサギ>の名前の通り、小さな角が生えていた。

 見た目だけなら獣人の子供と区別がつかないだろう。


 少しおバカな言動が目立つのは、まだ幼い所為せいだろうか?


(メルク達のように、早く進化させてあげないと……)


 一方、ガネットは<穴掘モグラ>のモンスター娘で明るい場所は苦手らしい。

 アリスと同じく四、五歳くらいの少女の姿をしている。


 こちらはくせのある桃色の髪の毛をしていた。

 無口という訳ではないが、臆病おくびょうな性格のためだろうか?


 知らない人の前では異様な程、大人しい。

 今もアリスの後ろに隠れるように立っている。


 光りが苦手なため、日中は黒い布で目隠しをしていた。

 彼女は僕が【テイム】しているモンスター娘の中では、一番の力持ちだ。


 だけど――これでは攻撃が当たらない――という残念な女の子でもあった。

 加えて、この性格では、前衛に向いていないだろう。


なにか、対策を考える必要があるな……)


 僕は飲み干して、空になったコップを渡すと、次は汗を拭くためのタオルを取って来てくれるように頼んだ。師匠は黙って、窓を開けてくれる。


 ここまでの流れで、大体の予想がつくとは思うけど、僕はこの異世界に召喚された、しがない高校生だ。


 <勇者>として召喚されていたのなら、チートスキルで無双もあったのかも知れない。


 だけど、残念な事に<魔物使い>として――りにってあの師匠の手で――召喚されてしまった。


 そして、どういう訳か、僕が【テイム】した魔物は全員モンスター娘――しかも幼女の姿――になってしまうようだ。


 更に、この世界では<魔物使い>はハズレ職で不遇の扱いを受けていた。

 冒険者ギルドでは、誰にも相手にされない。


 当然、ランクも低いため、大きな仕事は回してもらえなかった。

 更に――僕自身の戦闘能力は低い――ときている。


 師匠が言うには、もう時期<勇者>が召喚されるそうだ。

 なので――上手く取り入り<勇者>のパーティに入れ――との事だった。


 だけど、このままでは、断られる事は目に見えている。

 召喚された当時は――<魔王>を倒す大冒険が始まるのか――と少しワクワクしていたのだが、今となっては、


 ――のじゃロリ少女の師匠にお金をもらい。


 ――メルクたちモンスター娘に魔物と戦ってもらい。


 ――アリスやガネットたち幼女に世話を焼いてもらわなければ生きていけない。


 という情けないニート兼ヒモ生活を送っていた。


(いや、引きもっていないだけ、マシと考えよう……)


 僕は持ってきてもらったタオルを受け取ると、


「ねぇ、二人共……どうして、師匠は僕を選んだんだろう?」


 戻って来たアリスとガネットにそう問い掛ける。

 すると、二人は互いに顔を見合わせ、不思議そうに首をかしげた。


(質問の意味が伝わらなかったのだろうか?)


 この世界で僕が役に立てる能力といえば、多少のゲーム知識を有している事くらいだろう。


(こんな特徴のない僕を、どうして師匠は召喚したのだろうか?)


「僕はここにいても、いいと思う?」


 二人はコクコクとうなずいた。

 そんな二人の優しさに、僕は少しだけ救われた気持ちになる。


 そこへ、


「お兄ちゃんっ♥」


 とメルクが不意に抱き着いてくる。

 ふよん……ぷるぷる……。


(また服を着ていないのか……)


 綺麗きれいな水色の半透明の身体が僕の顔をおおった。


「キキッ……あるじ、アタイとも遊べ!」「兄さん、元気ない?」


 メルクに対抗してか、飛行状態からダイブしてくるルキフェ。

 首をかしげながら髪をき上げ、心配そうに僕をのぞき込むイルミナ。


(良かった……)


 すっかり、元気を取り戻したようだ。

 いつも通りの彼女達の様子に安堵あんどしながら、


「メルク、ルキフェ、イルミナ――元気になったみたいだね……」


 思わず笑みを浮かべる。

 そんな僕の笑顔に釣られたのか、アリスとガネットの二人も微笑ほほえんだ。


 開け放たれた窓からは、涼しい風が吹く。

 そんな窓の外をながめると、すっかり日が落ち掛けていた。


 もうじき、暗くなる。


(夕食やお風呂の準備もしないと……)


 すっかり、子育てが板に付いてしまった。

 僕はメルクとルキフェを退かし、気合を入れなおすと、


「よしっ、皆! 今日はなにを食べようか?」


「その前に服を着んか!」


 師匠の投げた着替えが、僕の顔面に直撃する。


 ――バフッ!


「痛たた……」


 鼻をこする僕を心配そうに見詰めるメルク達。

 僕はそんな彼女達に、


「大丈夫だよ……」


 と答える。そして同時に、僕こと――真御守まおもりアスカ――は、この世界に召喚された日の事を思い出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る