好きさけ。

星屑コウタ

第1話 好きさけ。

 藤森さん。

 四六時中、俺の頭を占領して、その他の思考を停止させる悪魔的存在。

 君への望みは只一つ。

 君が俺を好きでいてくれる事。

 この広い学園の中で、俺だけを想ってくれる事。

 それだけでいい。

 だけど、それが、

 ――――本当に叶わない。



「岡田くん。おはよー」


 藤森さんは、良い奴だ。

 俺みたいなムサイ男にも挨拶をしてくれる。他の女子は目を合わそうともしないのに。

 

 藤森さん、おはよう。

 何気ない挨拶を交わす。


 交わす、交わす…………交わせない!!

 

 俺の頭は、クッリクリ~のチッリチリ~な天然パーマ。

 朝の忙しい時間を割いて、ドライヤーでどんだけ伸ばそうとも、学園に着く頃にはクッリクリ~のチッリチリ~。

 たしか、中学卒業するぐらいまでは、多少剛毛であったが、まだストレートだった。ホルモンのバランスが、どっかのタイミングで狂ったのだろう。酷い癖毛だ。頭に爆弾が落ちてきたようだ。


 コンプレックス。


 俺は、頭がコンプレックス。

 誰だって、一つや二つあるだろう。

 でも、こんな目立つ場所じゃなくても、いいだろうに!


 大好きな藤森さんが近づいて来ると、まず頭の事が気になる。

 何故なら、ドラマや映画の主人公は、みんなサラサラヘアーだ。俺なんかとは全然違う。

 だから、俺が自信を持って挨拶できる日は、髪型が理想的に仕上がった時だけ。断じて今日ではない!


「斉藤! それはあかんでしょ! やり過ぎだぞ! わっはっは!」


「え? そうかな? 畑に水撒いてただけだけど……」


 廊下の窓から、向日葵の世話をしている斉藤の姿が見えている。突然、屋内から話し掛けられたので、びっくりしているようだ。


「あかんあかん! 自然自然。水なんか撒かなくても雨が降るだろ!」


「そ、そうかなぁ? ちゃんと管理しないと育たないと思うけど」


「いいから、もう撒くな! わっはっは!」


 そんな会話をしている内に、藤森さんは過ぎ去ってしまった。

 今日も素敵だった。

 恋人同士になれたら、どんだけ幸せなことだろう。


 さて、ここで重要なのは、藤森さんの挨拶に【気付きませんでした】と思ってもらう事。これにつきる。

 そうじゃないと、無視したと勘違いされて、こっちが嫌っていると思われてしまう。

 それは駄目だ。俺が目指すゴールではない。

 俺は、藤森さんが大好きなのだから。


 遠退いて行く藤森さんを目で追いかける。

 サラサラの長い黒髪が、とても綺麗だ。

 君と普通に話がしたい。

 君の隣で笑っていたい。

 後ろ姿に見とれていたら、長い廊下の先で、藤森さんが急に立ち止まった。

 くるりと反転して、こちらに向かってくる。


 ぁぁぁぁあえ!! また、来たぁぁぁぁ!!

 

 パニックになり、過呼吸になる俺。

 い、息がぁぁあ! 息がぁぁあ!!

 このままでは天国に行ってしまうと判断し、咄嗟に回避行動をとる。

 これでダメなら俺は死ぬ。


「あ~もしもし~。どうしたの急に? え? マジで? 誰だよトイレットペーパー盗んだやつ」


 スマホを取り出して仮想友人、尾中ユル夫との会話に夢中になる。ところが、藤森さんが俺の前から移動しようとしない。じ~っと、俺の方を見ているのが分かる。

 こいつ俺を殺す気か!

 心臓がオーバーヒートで破裂してしまう!!


「A4のノートある? そしたら、それを、くしゃくしゃ~ってやったら、お尻痛くないよ」


 回避行動を発動させ続けて、ようやく藤森さんは、何処かに行ってくれた。

 危なかった。

 やられてしまうところだった。


 窓の外から視線を感じる。向日葵の世話をしている斉藤だった。


「何してるの?」


「何もしてない」


「生徒会長が、ずっと岡田くんの事、見てるよ」


「な、なんだと!!」


 学園内では、スマホの電源はオッフ。

 これは永遠普遍の約束事だ。

 それを白昼堂々、ぶち破った俺の姿を、権力の犬である生徒会長が見ていただと!!


 没収されるやんけ!!


 足音がする。

 奴だ。コツーン、コツーンて、上履きなのに、革靴履いてるみたいな音がする。奴の足音だ。


「岡田くん」


「はい。なんかよう?」


「君の師を教えてくれないか?」


「ある朝、僕は目覚めたのさ。だって君が、コーンポタージュを飲んでたから、熱すぎて、ズッズッズズズーていう音が、とても気持ち悪かった。だけど大好きだよ。アイラブユー。頭痛が痛い」


「それは君のポエムだね。今、恥ずかしくないかい?」


「ん? 俺の詩じゃないのか?」


「僕が聞きたいのは、君の師匠だよ。好きさけの師匠。有名人?」


「何を言っているのか、ようわからん」


「君は、藤森さんが好きなんだろ?」


 こ、こいつ! 何故それを!


「見てたら分かるよ。藤森さんに全集中してるから、他が隙だらけなんだね」


 分かりやすく硬直してしまった俺。

 気の効いた台詞ですぐにかわさないと、認めてしまう事になる。


「た、頼む、ど、どうか誰にも言わないでくれ」


 ハッ! 

 速攻でお願いしてしまった。

 交渉術では、先に頭を下げるのは下の下。

 ぶつけといて謝らない、オッサンみたいなスタイルが理想的だ。

 藤森さん絡みになると、どうも上手くいかない。生徒会長にユスリのネタを与えてしまったぞ。


「落ち着くんだ、岡田くん。そうじゃない。僕にも好きな人がいるんだ。だから、君の技を僕にも伝授して欲しい」


「技?」


 さっきから、師匠がどうの、技がどうのとややこしい奴だ。本当に全生徒の代表なのか、こやつは。


「好きさけの技だよ。さっき藤森さんがいるのに、斉藤くんに話しかけたり、スマホ使って一人で話をしていただろ?」


「ふっ。お前には隠し事は出来ないようだな」


「あれって、周りの人にはバレバレだけど、藤森さんだけには、君の好意が伝わっていない。君がただ単に、忙しいんだと思われてる。その技術を、僕にも教えてくれないだろうか?」


 好きゆえにさけてしまう。

 自分に自信がないから、嫌われないように、さけてしまう。眩しい太陽のような君に照らされると、俺は隠れてしまうんだ。


 ――なるほど。

 俺の好きさけは、毎日やり過ぎて、知らぬ間に技に昇華していたらしい。


「お前アホだろ?」


 鼻をほじりながら、俺は言う。


「ぐっ、君は失礼だね。で、でも我慢するよ。頼む! 君しかいないんだ! 好きな子の前で、挙動不審を繰り返してしまい、おかしな奴だと思われてるんだ! 君が無理なら師匠を紹介して欲しい」


「師匠など、おらん」


「えええええ!! まさか独学なのか!!!」


 生徒会長が、くそ長い前髪を振り乱して、後ずさった。

 面白い反応をするな。それに割りといい奴そうだ。


「お互い苦労しているようだな。わかったよ。俺で良かったら先生になってやる」


「ほ、本当なのか、岡田くん!」


「ああ……。ただし条件が一つある」


「なんだい?」


「お前が好きな奴を教えろ」


 これでイーブン。

 完全に相手のペースであったが、これで対等。さらに此処から上を目指す。


「な、中田さんだ……」

 

 生徒会長の反応が可愛い。

 うつむいて、照れながら好きな人の名前を言った。

 うぶな奴め。


「え? 何? 聞こえない」


「僕は、中田さんが好きなんだ!」


「お前が好きな奴は分かった。だが、その想いが伝わらない。ひとつ、ポエム形式で発表してくれないだろうか?」


「ぽ、ポエム? そんなのは無いが……」


即興そっきょうで構わない。先ほど俺が見本をみせただろ? あんな感じで、やってみてくれ」


「そんな事が関係あるのかい?」


「オオアリクイだ」


「困った。僕はそっち方面の才能がからっきしなんだ。上手く出来るか分からない」


「お前の中田さんへの想いはそんなものか? 下手だっていい。やれ!」




「Beautiful Life~♪ Beautiful Life~♪ at any time~♪ any time~♪ love you~♪ 君の微笑みを~♪ 僕は守りたい~♪ だから~そばにいて欲しくて~♪ どうしていいのか、分からなくなるよ~。この想いを~届け~た~くて~♪」


「本当に即興なんだろうな!」


「ああ、即興だ」


「メロディー付いてたんだが?」


「即興だと言っている、信じてくれ」


 いい歌だった。

 心が洗われたかのようだ。

 これでは、俺の藤森さんへの想いが、負けてしまうではないか!


「ポタージュの上に~♪ のってる四角いの~♪ パン屑みたいだね~♪ 藤森さんは~なんだと思うんだい~♪」


「love forever~love forever~♪ NAKATA~NAKATA~♪ oh~yeah~♪」


「藤森さんは~♪ それを食べないのさ~♪ 業者さんが泣いちゃうよ~♪ 好き好き大好き~♪」


「hold me~♪ hold me~♪ NAKATA~♪ oh! yes!」


 ラップバトル勃発!!

 完全にメロディーラインは演歌とJ-POPだが、俺達の中では、間違いなくラップバトル!

 ヒリヒリする。

 俺の魂がヒリヒリするぜ!


 向日葵の世話をしている斉藤の声がする。


「何してるの?」


「ラップバトルだ」


 おのれ斉藤。

 魂の競演に水を差すな。


「さっきから、ずっと、藤森さんと中田さんに、向日葵の世話を手伝って貰ってるんだけど、大丈夫?」



―――五秒後に、大好きだと伝えた。


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