第3話 本命と義理
数日が経過し、晴翔にとって緊張するイベントが刻一刻と迫っていた。
「お兄ちゃん!買い物に付き合って!」
緊張するそんな中、少し起きるのが遅かった晴翔と朱莉が朝食をとる中、晴翔は朱莉にデートという名の荷物持ちに誘われた。
「いや、普通に嫌だけど」
いつもは渋々付き合うことも多いのだが、今回はあっさりと断る。特に理由もなかったが、なんとなく家で寝ていたい気分だった。
「えー、なんでー」
頰を膨らまして文句を言う朱莉は、贔屓目に見ても可愛いがそれだけで晴翔の心は変わらない。
「友達でも誘って行けばいいだろ」
「そうじゃなくてさー……。それに今は受験前だし、誘いにくいじゃん」
何が違うんだ? それに受験前なら朱莉も同じだ、と言いたいのだが、息抜きということらしい。
「じゃあ、僕は部屋で寝てるから。いってらっしゃい」
食器を片付け部屋に戻ろうとする晴翔に、朱莉は一言だけ言った。
「じゃあ雪音ちゃんと二人で行ってくるよ」
「なんかゴメンね、はるとくん」
晴翔は悩んだ末、結局二人の荷物持ちとして付いて行くとこになった。もっとも、晴翔の荷物のほとんどは朱莉のものだが。
「いいよ、どうせ暇だったし」
ぶっきらぼうに答える晴翔だが、内心そのまで悪い気はしなかった。
「ねえねえ、お兄ちゃん、雪音ちゃん、これどうかな?」
少し申し訳なさそうにしている雪音に気付かず、朱莉は呑気に試着している。
「あー、可愛い可愛い」
「うー、その反応ヒドイ!」
適当にあしらう晴翔に、朱莉は不満の声をあげる。
「ほ、本当に似合ってるよ。そうだっ、こういうのはどうかな?」
色々とどの小物が合うとかそういう話をしている二人の会話に晴翔はついていけない。
そもそも女性物の店なので、雪音や朱莉が同伴でも少し居心地が悪く、二人に声をかけて晴翔は店から出た。
店から出たはいいものの突っ立っているだけでは手持ち無沙汰で、かと言って何かすることもなく晴翔は時間を持て余していた。
今日来ているのはショッピングモールなので、二人に声をかけて適当に散策すればいいものなのだが、このだだっ広い場所で改めて合流するのも楽ではない。
どうしたものかと考えていると、ちょうど見知った顔が見える。
「あれー、晴翔じゃん。どうしたの?」
雪音の親友で、一つ年上の上野美耶子だ。
「ちょっと付き添いで……。そういう美耶子さんは?」
「いやー、買いたいものがあったから雪音誘ったんだけどさ、振られちゃって。一人寂しくね……」
わざとらしく泣き真似をする美耶子に、晴翔は胡散臭そうな目線を送る。
「ねーちゃんならちょうど店で朱莉と試着してるよ」
「なんだ、行き先は一緒だったんだ。それで、君は二人の荷物持ちと」
「ごもっともです」
雪音と美耶子も幼馴染で、ちょうど晴翔と凌也の二人と似た関係だ。そういうこともあり、晴翔と美耶子も昔からの知り合いだ。
「美耶子さんも二人のところに行ってきたら?」
「んー、いや、もう戻ってきそうだし、ここで待ってるよ」
そう答えながら美耶子は店の中を覗き込む。
それにつられて晴翔は振り向き二人に目をやるとちょうど会計をしているところだった。
「そういえばそろそろバレンタインだね」
「え? あ、うん」
話題が切れそうになると、美耶子は間髪入れずに別の話題に切り替える。
だが、いきなりの方向転換に晴翔はついていけずに適当な返事を返してしまう。
「晴翔って毎年どれくらいもらってんの?」
「えっと……、三つ?」
嘘はついていない。
「母親と雪音と朱莉ちゃんね」
せめてもの抵抗だったが、それはやはり美耶子には通用しなかった。
「まあ気にすんな少年。むしろ、あの雪音と朱莉ちゃんからもらえてるんだから自慢できるでしょ」
自慢できるかできないかで言われるとできないこともないが、姉や妹からチョコをもらったと自慢すればするほど悲しくなってくるのだ。
「あ、バレンタインっていえば、美耶子さんに聞きたいことがあるんだけど」
「んー?なになにー?私の本命?」
「違う」
美耶子のふざけた口調に対して、晴翔はバッサリと切り捨てる。
「ねーちゃんは誰かに本命あげるのかなーって思って。雑談程度の話題だよ」
晴翔は正直なところ、気になって仕方がない。しかし、心が透けて見えるようにわかりやすい表情と口調であくまでも興味がないけれど暇つぶしの話題にと適当な理由をつけて美耶子に尋ねる。
「さあ? わからんなー」
とぼける感じでもなく、美耶子は普通にわからないといった表情をする。
「直接聞いた方がいいんじゃない?」
求めていた答えの代わりに、核心を突くような答えが返ってくる。
「あ、いや、そこまで気になってるわけじゃないからいいよ」
晴翔は身振り手振りし、少し慌てた様子で言い訳を並べる。
「あれ?みやこちゃん?」
そんなテンパっている晴翔をよそに、気の抜けたような声が聞こえる。
やっと買い物が終わったようで、雪音と朱莉が店から出てくるところだった。
「おぅ、雪音。ぶらついていたところで晴翔を見つけたから少し話してたところなんだよ」
へー、と気の抜けた反応を示す雪音。
「美耶子ちゃん、いいところに!」
予想外に出会った美耶子に、何故か朱莉が異常に食いついた。
「な、なに?」
そんな朱莉に美耶子も少しばかり困惑する。
「ちょっと美耶子ちゃんに服選ぶの付き合って欲しいんだ」
「え、今まで見てたんじゃ……、それに雪音が……」
「可愛い系は雪音ちゃんだけど、カッコイイ系は美耶子ちゃんの方が知ってるし、ね? いいでしょ?」
美耶子は困った顔で晴翔と雪音に視線を往復させる。
朱莉は晴翔に向けて執拗にウインクをするため、なんとなく意図がわかってしまう。
「また余計な気を回して……」
晴翔はそう小さく呟くが、その声は誰にも聞こえない。
「私はいいよー、他に買いたいものもあったし。みやこちゃんがいいならあかりちゃんに付き合ってあげてくれないかな?」
「まあ、私はいいけど……」
幼馴染二人の間に通じるものがあるのか、特に反論することはなく美耶子は雪音の言葉に頷いた。
「じゃあ、後で合流ってことでいいかな?」
「うん!雪音ちゃんありがとっ!じゃあまた後でね」
朱莉は口早にそれだけ言うと、美耶子を引っ張ってすぐに行ってしまった。
「はるとくんも行きたいところあったら行ってもいいよ?」
「いや、僕は行きたいところとかないから、ねーちゃん買いたいものあるって言ってたでしょ?それに付き合うよ」
そっちの方が楽しいし、とは口には出さなかった。
「そう?じゃあ私たちも行こっか」
雪音は目で晴翔を促すように歩き出した。
少し寄り道しながらもたどり着いた先は、晴翔にはよくわからない調理器具がたくさん売っている場所だ。
服が売っているところからはだいぶ離れた先にある。
ここに目的があるのは雪音で、晴翔は物珍しい調理器具を眺めているだけだ。
「何か作るの?」
「うん。今度バレンタインだし、部活でチョコ作ろうってことになってるんだ。あと、この前部活で作った料理が美味しかったからそれを作るための道具も家に欲しいなーって」
そう言いながら雪音は、晴翔が名前も使用法もわからない調理器具を、カゴの中に放り込んでいく。他にもチョコ作りに使うのか、ケーキカップなども次々に選んでいた。
晴翔はそれを眺める。
雪音は家庭部に所属しており、日によって裁縫をしたり、料理をしたりしているらしい。
あまり人数も多くないため、部長職にも就いている。
「部活でもチョコ作るけど、バレンタインのチョコはこれとは別に作るつもりだから期待しててね」
「あ、あぁ。うん」
そもそももらえるだけでも嬉しい話だ。そんなことを言われて期待しないはずがない。
そこからは少しの間沈黙が続いた。
楽しそうに調理器具を見て回る雪音の近くで晴翔も同じように手に取る。
平然と装っている晴翔だが、嬉しそうに調理器具を見ている雪音を見ると、誰のためにその笑顔を向けるのか、そんなことばかり考えてしまう。
「ねーちゃんはさ」
晴翔の声に雪音は不思議そうな顔で振り返る。
「本命あげたことあるの?」
何故そんなことを言ったのか自分でもわからない。
「どうだと思う?」
恥ずかしさで顔を隠したくなっているところに、雪音は小悪魔的な笑みを浮かべながら質問に質問を返す。
一度聞いてしまったものだから、そのままの勢いで言葉が出た。
「ありそう、かな」
「そう思う?」
「わからないけど。それで、どうなの?」
少し冷静でない、ということは自分でもわかっていたが、どうしても知りたい。いつもより、自分の思考に対して食い気味に言葉が出てくる。
「本命の人に義理チョコはあげたことあるかな」
どういうこと? と聞き返そうとするが、そのまま雪音は続けた。
「告白も何もしてないよ。気持ちを伝えるつもりもなかった。だから相手も義理チョコにしか思ってないと思うし、私も義理チョコこつもりであげたんだ。……今年は少し特別な義理チョコにしようと思っているけど」
恋する乙女のように顔を赤らめる雪音は、晴翔の目には魅力的に映った。それと同時に、苦しくもなった。
「そういうはるとくんは本命チョコ、もらったことはないの? お姉ちゃんに言ってみなさい」
晴翔の複雑な心を知ってか知らずか、雪音はいつもと変わらない調子で、むしろいつもより少し高めのテンションでさらに突っ込んでくる。
「……ないよ」
実際にない。クラスの仲のいい女の子に義理チョコもらったことはあったが、本命をもらったことはない。
晴翔は雪音から目をそらしなから言ったため、どんな反応をしていたのかわからなかった。何か言っていたのは聞こえたが、それははっきりとは聞こえず、晴翔も聞き返すことはしなかった。
「じゃあ、そろそろあかりちゃん達と合流しよっか」
一通り目的のものを見て回り、買いたいものが買えて満足した雪音がそう切り出した。
「そうだね」
晴翔は適当に返事を返す。
雪音は朱莉に電話をかけているようだが、晴翔はそれを眺めるだけだった。
何も考えられないままに、雪音の声だけが耳に残る。
ただ、訳も分からないまま心にモヤがかかったようだ。そんなモヤが晴翔の心にこびりついて取れない。
笑顔の雪音を見ているだけで、晴翔は頭の中が真っ白になった。
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