第2話――もしかして彼女の正体は――

 ──人気声優“高坂高信こうさか たかのぶ”と人気声優“夢野日葉梨’’交際か?!──

 そこには俺の好きな夢野日葉梨(ひよりん)の名前と、同じく人気男性声優の高坂高信こうさか かたのぶとの交際報道だった。

「し、信じないぞ俺は」

 俺はその日ずっと高坂高信(とかいうひよりんの旦那ポジション候補かもしれない奴)の事をネットで調べまくった。

 

 ****

 

 それから3日が経った。けれど俺はあの日から立ち直れなかった。俺は傷を癒すために、オタクの故郷『秋葉原』に行くことにした。

 あぁ、あそこの店でひよりんが主役の学園モノの一番くじやってるよ……。本当なら今日、俺はあそこの最前列に陣取ってラストワン賞まで全買いしてたっていうのに。何やってるんだ俺は。何のために社会人辞めてニート(自分では認めていない)をやってるんだ。

 

「はぁっ、はぁっ!」

 すると突然、何やら向こうから大きなサングラスをかけた女の子が全力で走ってきた。

 何やらこちらに向かってきているような……。

「はぁっ、た、助けて!」

「え?」

 女の子は俺にそう言うと俺の後ろに隠れた。

「えっ?!いやちょっと待っ」

「おい、兄ちゃん。その後ろに隠れてる女こっちに寄越しな!」

 いきなり強面の若い男数人が俺を囲むようにして言ってきた。

「い、いや、何を言ってるか……」

「いいからそこどけよ!!」

 俺は、何故か見知らぬ女の子をかばってその場に突っ立っていた。

 俺は必死にこの子をどうにか守る事を考えていた。

「おい、いい加減にしろよ!クソガキがぁ!」

「うるせぇ!」

 俺は有り余る声でそう言った。

「お前らが誰だか知らねぇが、こんな女の子を大勢で捕まえようってどんな頭してんだ、馬鹿じゃねえの?いい歳したオッサン達がよぉ」

「何だとこのクソニートが!お前みたいなキモオタは黙ってろ!何夢見てんだよ、キメーんだよ!」

「あぁ、キモくても、クソニートでも何とでも言え!俺は、俺は……どんなに周りに言われようがずっとオタクを続ける。彼女……を愛してるんだ……」

 俺がそう反論すると、男の中の一人が、俺が背負っていたリュックに付けていたひよりんが写っている缶バッジを見たのか、さらに暴言を言い続けた。

「何言ってんだきめーんだよ!クソオタが!」

「お前ら、このクソオタごとやれ!」

 そうリーダーらしき男が言うと、一斉に周りの奴らが俺と後ろに隠れている女の子に襲いかかってきた。

(俺の事はいくらでも馬鹿にしてもらって構わない。だが、ひよりんの事を馬鹿にするような奴は……)

 キモオタをなめるなよ。

 俺はここでさっき論争をしていた時に思いついた事を実行した。

「君!俺についてきて!」

「え、ちょっと!」

 俺は勢いよく女の子の手を引いて男達の輪をかいくぐってその場を逃げ出した。

 秋葉原の街は俺の頭の中に地図がインプットされている。普通の人が知らない裏道だって知っている。俺は秋葉原中の裏道を上手く通って、なんとか奴らから逃げ切った。

「はぁっ、はぁっ、あの、ありがとうございました」

「いや、いいよ、俺の方こそなんか逃げたりしてかっこ悪かったな、はは」

「いえ!そんな事なかったです!凄く……かっこよかった、です……」

「え?最後なんて」

「い、いえ!何でもないです」

「というか、あの男達は一体誰なんですか?」

 俺は少し聞くのを躊躇ったが、思い切って聞いてみた。

「え、えっと……。さっきあの男の人達が道にゴミをポイ捨てしていたので、注意したのですが、逆に反感を買ってしまいまして……」

 え?ポイ捨て?

「もしかしたら、私の注意の仕方も悪かったかもしれませんが、でもポイ捨てはいけませんよ!ポイ捨てされたゴミは町内会の方やボランティアの方が、いっつも苦労して回収しているんですよ!この苦労を知らないからあんな事できるんです。もう、許せませんよ!」

 そう彼女は少しぷんぷんしながら長く語った。

「あはっ、はは」

「って、何お兄さん笑っているんですか!」

 俺はつい予想外の理由で笑ってしまった。

「ごめんさい。あまりにも意外な理由だったので」

「意外って。なんだと思ってたんですか」

 彼女は不満そうに、腕を組んでそう俺に聞いてきた。

「いや、なんかもっとこう……お姉さんがあの男達をその可愛さで引っかけて、で、実はお姉さんには彼氏さんがいて……バレてああなったのかな〜……な、なんて……はは」

 俺が言う度にますます不機嫌な顔になるもんで、最後の方は、ほとんど聞こえるか聞こえないかの音量で言った。

「お兄さんっていい人かと思ったけど、妄想激しめな感じですか」

「って!俺の事どんな風に思ってたんですか!出会ってばっかりだけど!」

 

「初めて会った訳じゃないのに」

「え?今何か言いましたか?」

「いーえ、何でもないです!」

 今何か彼女が言った気がするが、周りの人達の話し声などでよく聞き取れなかった。

 すると突然、何かを思い出したかのように、大声で彼女が叫んだ。

「あ!時間!」

「私大切なオーディションがあって……」

「オーディション?もしかして女優さんなんですか?」

「い、いえちょっと違くて、えっと、あ!あと5分しかない!」

 5分?!

「大変!急がないと!」

「あ、あの本当に申し訳ないのですが「アクターズスタジオ」まで道案内してもらえませんか?お兄さんの案内ならタクシーより早く着きそうですし……」

 そんな可愛い顔で言われたらやるしかないな……

(サングラスでよく顔は見えないが)

「わ、分かりました……。なるべく早く着きそうなルートで行きます」

 俺は頭をフル回転して、「アクターズスタジオ」までの行き方を考える。

「この道を行けば間に合うかもしれません!」

「はっ、はい!」

 俺たちは全力で秋葉原中を走って、走って……やっと「アクターズスタジオ」の建物の目の前に着いた。



「はぁっ、何とか間に合いました!本当にありがとうございましたっ」

「いや、全然いいですよ。オーディション頑張ってくださいね」

 俺がそう言ってその場から立ち去ろうとした時。

「あ、あの!お兄さん!名前!」

「え、あ、大川真白って言います」

「『大川真白』さん……、はい。今日はありがとうございました。絶対今日の事は忘れません!」

「それでは!」

 そう言って、彼女はスタジオらしき建物に入っていった。それにしても、謎が多い人だったなぁ……。オーディションって言ってたけど、芸能人なのか?普通に考えて。でも俺、声優さん以外全く知らないんだよな……もし、凄い有名な女優さんとかだったらどうしよ……サイン貰っておけばよかったか……?

「て、てか名前!」

 そう俺が言った時にはもう彼女は建物の中に入ってしまっていた。

 

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