第43話あの二人……

 ドアを開けて家に入ると、三人の楽しそうな声が聞こえてきた。


「また最下位だよ!」

「愛羅、強すぎ」

「みんな下手だねっっ!!」


 どうやら友情は破壊されず、すごろくゲームを楽しんでいるようだ。


 邪魔をしないように静かに歩き、三人の後ろ姿を見ながら台所に入ると、買ってきたばかりの食材を並べていく。時刻は四時。今日は作るものが多いので、今から料理を始めると丁度いい時間に完成するだろう。


 最初に取りかかったのは、米の水研ぎだ。お米を炊くと時間がかかるので、早めにやっておかなければいけない。


 釜に米を入れてから水を入れて軽く研いでいく。作業音で俺が帰宅したことに気づいたようで、麻衣が後ろを向いた。


「お義兄さん、お帰りなさい。もう、ご飯を作ってるんですか?」

「ただいま。今日は量が多いからね」

「私も手伝います」


 紬と愛羅にゲームを抜けると断ってから、麻衣は俺の隣にきた。今日は軽く香水をつけているらしく、いつもより甘い匂いがする。ほどよい強さで気持ちが安らぐ。


「これをつけましょう」


 手渡してくれたのはエプロンだった。俺のは青で麻衣はピンク。二つともペンギンの柄がついていて、色違いのおそろいだ。一緒にエプロンをつけてからソファーの方を見ると、紬と愛羅がささやきあいながらニヤニヤと笑っていた。


「ゲームで面白いことあったのかな?」


 気になったので麻衣に話題を振ると、顔を真っ赤にさせてプルプルと震えていた。


「あの二人……」

「どうしたの?」


 誰かに怒るだなんて珍しい。思わず質問してしまった。


「え、あ、何でもないです! 大丈夫ですっっっっ!!」


 慌てて俺を見た麻衣は、両手を小さく振りながら何でもないと繰り返し言う。


 明らかに何か隠してそうなんだけれど、女子高生になったんだし、言えないことの一つや二つあっても不思議ではない。無理矢理聞き出そうとすれば、蛇蝎のごとく嫌われてしまうだろう。


 相手は思春期で多感な時期だ。

 大人の俺は引き際を間違えてはいけない。


「わかった。気にしないからジャガイモを切ってもらえるかな?」

「はい!」


 作業をお願いするとジャガイモを手に取ってピーラーで皮をむき始めた。芽を発見したらくりぬいていく。その間に俺は米を研いでから炊飯器に戻して、タイマーセットをした。


 さて。俺もビーフシチュー作りを手伝わないと。レイチェルに選んでもらった玉ねぎを手に取ると、両端を切り落として皮をむき、くし形切りしていく。隣では麻衣がジャガイモを一口大に切っていった。


 トントントンと、心美のよいリズム音がする。

 俺だけでなく麻衣もこの音が好きなようで笑顔だ。


 料理をすると色んな音がする。麻衣は耳が敏感なので、苦痛ではないかと思ったときはあったけど、どうやら心配しすぎだったみたい。耳はとても楽しそうである。


 食材のカットが終わりつつあるので、俺は鍋を温めてからバターを投入し、強火で牛肉を焼く。


「入れますね」

「ありがとう」


 タイミングよく、麻衣が玉ねぎやニンジンをいれてくれた。


 中火に変えてからじっくりと炒めて玉ねぎがしんなりとしてきたので、赤ワインと水を投入。一度沸騰させてからアクをとって弱火にしてから蓋をする。あとはしばらく煮込むだけだ。


 俺がビーフシチューを作っている間に、麻衣はカットしたナスを油で揚げていた。作業が終わるとナスを皿に入れて醤油や砂糖、ごま油を混ぜたタレを投入し、おかかまで入れていく。手際がいい。少し前まで料理をほとんどしたことがなかったとは思えないほどだ。

 

 歌を口ずさみながら、麻衣は使い終わった油を瓶に入れるとフライパンを洗って、今度はベーコンを焼いていく。俺はその間にエリンギを縦に薄く切った。


「入れて大丈夫?」

「はい。お願いします」


 許可が出たのでベーコンが入ったフライパンにエリンギを入れて、ほどよく炒めてからまな板のうえに乗せると、二人でエリンギにベーコンを捲く。塩とこしょうをかけたら完成だ。


「次はどうしましょう?」

「麻衣はビーフシチューに使うブロッコリーを茹でてもらえるかな。俺はジャガイモやタレの方を用意する」

「わかりました」


 底の深い皿にデミグラスソース、トマトケチャップを入れて混ぜると、煮込んでいた鍋のふたをとって、ジャガイモと一緒に入れて、かき混ぜながら再び煮込む。麻衣は、ブロッコリーに塩とこしょうをかけてから茹でていた。


 時間にして約二十分ほど。ジャガイモがほどよく柔らかくなって、ビーフシチューが完成した。


 時計を見ると時刻は六時過ぎだ。


「二人にご飯の用意が出来たって伝えてもらえる?」

「はーい!」


 元気よく返事をした麻衣は、エプロンをつけたままゲームに熱中している紬と愛羅の方に行ってしまう。


 俺は五人分の皿にビーフシチューを入れると、トレーに乗せてテーブルに並べていく。さらに揚げナスやエリンギのベーコン巻き、白米を運んでいると、ゲームを終わらせた三人がやってきた。


「ちょっと早めだけど、晩ご飯を食べよう」

「はーい!」


 三人とも元気よく返事をすると、それぞれが椅子に座る。

 仲良く番ご飯を食べ始めるのだった。


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