第42話へ~。女子がいっぱいいて楽しそうだね
三人が揃ったことで俺のお役目は終わった。ゲームは紬と交代して、夜ご飯の食材を買うために外に出る。
今日は、料理教室で学んだ料理を披露する予定だ。
ビーフシチューにパン、あとは揚げナスやエリンギベーコン巻き、ハムチーズも用意しよう。スマホに必要な食材を入力していく。高めな肉は近くのスーパーでは売っていないので、いつもとは違う場所にしたほうがよさそう。
駐輪場に行くと黒いタイヤの小さい自転車――ミニベロに乗る。カゴがないタイプなので、食材は背負っている登山型のリュックに入れる予定だ。
ペダルを漕いで、市内で最も品揃えがよいといわれているスーパーに向かう。初めて行く場所なので、何度も地図を確認する。途中で麻衣から「夜食もほしいです」と連絡が来たので、購入食材のリストにカップラーメンも追加しておこう。
普段は家にこもりっきりで外に出ないため、久々に体を動かしている。太ももはパンパンで息は荒い。汗も薄らとかいていた。数年前なら、もっと快適に自転車移動できていたのに。
深刻な運動不足なのでそろそろ生活習慣を改善した方がいいかもしれない。
健康を気にし始めた中年のような考え事をしながら、三十分もかけてようやく到着した。
ミニベロを駐輪場に止めてから店内に入る。
買い物カゴを手に取ると野菜コーナーに入った。
「知らない食材も多い」
思わず呟いてしまうほど、多種多様な野菜が並べられている。特に葉菜類は、名前が書かれてなければ何かわからないものばかり。どんな料理に使うのかイメージが湧かない。料理の世界は奥深いな。
使い道が不明な食材は放置して、ビーフシチューに必要なブロッコリーやニンジン、ジャガイモをカゴに入れていく。次は肉だなと思っていると、後ろから声をかけられた。
「優希、こんな遠いところで買い物?」
振り返るとレイチェルが立っていた。手には俺と同じ買い物カゴを持っているので、買い物に来たのだろう。
ニコニコと元気そうに笑っていて金髪とあいまって、太陽のように明るく見える。
「麻衣の友達が家に来ているからね。歓迎用の晩ご飯を作る予定なんだよ」
「へ~。女子がいっぱいいて楽しそうだね」
からかうような目つきになったレイチェルが腕を絡めてきた。
「おいおい、周りに勘違いされるぞ?」
「私は別に構わない、かな。優希はどうなの?」
構わないって……。まったく自由奔放なところは変わらないな。別れた今でも振り回されっぱなしだ。
「どっちでもいいよ」
「やったー!」
返事をするときに一瞬だけ麻衣の顔が浮かんだけど、ただの義妹なんだから関係はないだろう。
少し歩きにくいと思いつつもレイチェルと一緒に食材を選んでいく。玉ねぎを手に取ってカゴに入れようとしたら、止められた。
「食材はちゃんと選んだ方がいいよ。教えてあげる」
玉ねぎの山をじっくりと観察したレイチェルは、一つ手に取る。表面の茶色い皮はしっかりと乾いていて艶がある。玉ねぎの上の部分を軽く押しても凹むことはなかったようだ。
「これがいいと思う」
「ありがとう」
レイチェルから玉ねぎを受け取る。
見た目に反して、ずっしりとした重みがあった。
「重いでしょ? 硬くて締まっている玉ねぎは水分をたっぷりと含んでいるから、オススメだよ」
そういうことか。同じ玉ねぎでも食材の質によって味は変わる。料理教室の場合、予め食材は用意されてたから気にしたことはなかったけど、本来なら玉ねぎ一つからこだわらなければいけないのか。
気づけば当たり前のことなんだけど、レイチェルに指摘されるまでは想像すらしなかった。
「レイチェル先生は物知りだな」
「えへへ。ありがと」
素直に褒めたら照れくさそうに笑っていた。クソ。可愛いな。自然体でやられるから嫌みがない。
ときどきそういった仕草をされてしまうから困る。
「お礼はこっちのセリフだよ。助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
レイチェル先生の指導によって、スーパーの中で鮮度のよい食材を選んでいく。
ニンジンやナス、肉などをカゴに入れていき、最後に調味料を追加していく。レイチェルは家焼き肉をするみたいで、焼き肉のタレや高級牛肉を買いあさっている。両親の稼ぎがいいので、スーパーで値段を確認する必要はないんだろうな。食材の質しか気にしていない。
必要な物を購入してレジで会計を済ませる。
スーパーの外に出たらお別れの時間だ。
「一緒に買い物できて楽しかったよ」
「俺もだ。勉強にもなったし楽しかった」
改めてお礼を言っただけなんだけど、レイチェルはふと寂しそうな顔をした。付き合い始めたときに、駅前で別れを惜しんでいたときのような、そんな表情だ。いつもの元気な姿は見えない。
「ねえ、優希……」
口をモゴモゴとさせて何か言いたそうにしている。
じっと待っていると決心がついたみたいだ。
「そうだ。料理教室の後にご飯を食べる話、ずっと無理なの?」
何を言われるのかわからず身構えていたけど、たいした話ではなかった。
隠すこともないので素直に伝える。
「麻衣が俺と二人で食べたいと言っててね。しばらくは難しいと思う」
「え、麻衣ちゃんが?」
驚いた顔をしたレイチェルが疑問をぶつけてきた。麻衣が甘えん坊で意外だったのだろうか。初めて料理教室行ったときの姿を思い出せば、なんとなくイメージがつくと思うのだが。
「そうだけど……」
「ふーん。重い娘には気をつけるのよ?」
重い? 義兄ができて甘えているだけの間違いだろう。レイチェルは人を見る目がないな。そんなことだと、いつか悪い男に騙されるから気をつけておけよ。と言っても、聞き流されるだけだだろう。
「ん? ああ。わかった」
適当に返事を済ませるとレイチェルに別れを告げる。
ミニベロに乗ってマンションに戻るのであった。
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