第39話私と二人じゃダメ、ですか?

 ファミレスでの一件から数日が経過した日の夜。俺はリビングでチャットをしていた。相手は元カノのレイチェルだ。


『今週末も、うちにくるんでしょ?』


 よりを戻して遊びに行くわけではない。料理教室にくるんだろ? という意味で聞かれている。

 無感情にスマホを操作して返信内容を入力していく。


『麻衣と一緒に行く予定だ』

『じゃー、その後に一緒にご飯食べない?』


 レイチェルと再会したものの料理教室では先生と生徒の関係で、プライベートの会話はほとんどない。積もる話もあるし、この誘いには乗ってもいい。お互いに下心なんてないだろうから、楽しい時間が過ごせるはずだ。


 オーケーと返信をしようと思ってスマホを操作していると、ガチャリと音が鳴ってドアが開いた。


 どうやら麻衣が部屋から出てきたようで、俺の方に近づいてくる。話しかけられると思って、スマホの操作を中断してテーブルに置いた。


「何をしてるんですか……?」

「レイチェルとチャットしてたんだ」


 何気ない疑問だったのと義妹に隠す必要はないので素直に伝えたのだが、失敗してしまったみたいだ。麻衣の表情が急に曇った。


 泣き出しそうな顔というのだろうか、何かに耐えているように見える。


「どうしたの?」


 慌てて立ち上がって麻衣に近づく。

 前の前に立つと口が開くのを待った。


「何のお話をしてたんですか?」

「料理教室が終わった後にご飯を食べる話をしてた」

「二人で、ですか?」

「人数については話してなかったけど、多分そうなるんじゃないかな」

「…………」


 急に黙ったかと思うと、麻衣は抱き着いてきた。俺の胸に顔をうずめてから少しして、頭を動かし、見上げてくる。


「もう約束しちゃいましたか? その日は、私と一緒にご飯を食べませんか?」


 正直に告白しよう。一瞬、義妹だというのを忘れてしまうほど、異性として強い魅力を感じてしまった。


 密着した状態、さらに上目づかいされてしまえば、男なんてひとたまりもないだろう。


 少なくとも俺は理性がぐらつくほどの衝撃を受けている。もし兄妹という関係でなければ、押し倒していたかもしれない。危なかった。


 消滅しかけた理性を総動員して、麻衣を体から離す。


「まだ約束はしてない。それだったら三人で食べる?」


 麻衣とレイチェルもそこそこ仲がいいので、三人であればお互いの要望は叶えられるし、問題ないだろう。そんなことを思っていたんだけど、間違った判断をしてしまったようだ。麻衣の顔がさらに曇っていく。豪雨になる直前のようだ。


「私と二人じゃダメ、ですか?」


 上目づかいだけでも破壊力があるのに、さらに目をうるうるとさせながら言われてしまえば、断れない。元カノより義妹を優先させてもらおう。


「ダメじゃない。料理教室が終わったら、二人でご飯を食べよう。レイチェルには断りの連絡を入れる」

「お義兄さんありがとうございます!」


 表情がパッと切り替わって麻衣は笑顔になったまま、俺をじーっと見ている。

 ん? まだ何か用事があるのか?


 また何かお願いされるかもしれないと待ってみるが、麻衣は動かない。


「どうし――」


 期待されいることがわかって、途中で言葉を止めた。多分だが、レイチェルに断りの連絡を入れるのを待っているのだろう。自分の目で確認しないと不安で仕方がない。そんな思いを抱いているのかも。


 女子高生の思考なんて理解なんてできないので、完全に間違っている可能性もあるが、遅かれ早かれ連絡はするのだから試してみる価値はある。


 テーブルに置きっぱなしのスマホを持つと文字を入力していく。後ろから覗き込まれるような気配を感じたけど、麻衣なら問題ない。


『その日は予定があって行けない』

『だったら次の週は?』


 それなら問題ないだろうと思った瞬間、後ろから麻衣の声が聞こえた。


「ダメです。来週も再来週も私と二人でご飯を食べる予定があります」


 なんだ、なんなんだ!?

 麻衣の中で何が起こった?

 寂しいから甘えているのか?


 謎のプレッシャーを放っていて少し怖いが、今は義妹と仲良くなることを優先したいので、お願いを断ろうとは思わない。


「そうだね。じゃあ、断ろう」


 指をすらすらと動かして文字を入力していく。


『しばらくは忙しくて行けそうにない。ごめん!』


 先ほどまではすぐに返信が来たんだけど、今回は時間がかかっている。一分まっても入力中のメッセージが表示されない。もしかして怒らせてしまったのかもしれない。そんな焦りを感じていると、ようやく返信が来た。


『おっけー。じゃあ、落ち着いたらご飯を食べに行こ』

『そうしよう。よろしくな』


 文面からして、レイチェルは怒ってはいないようだ。

 すぐに返事をしてからスマホを手放す。

 後ろを振り向くと目の前に笑顔の麻衣が立っていた。


「お義兄さんありがとうございますっ!!」


 また抱きしめられてしまった。すぐに離れてくれたんだけど、甘い香りがまだ残っているように思う。不意打ちだったのでドキドキしてしまった。


 麻衣はくるりと回って部屋に戻っていく。一瞬だけ麻衣のスマホ画面が視界に入る。『効果があったよ!』と入力された、謎のテキストがディスプレイに表示されていたのだった。

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