第28話すっっっごーーい!

 はしゃいでいる二人を連れて私の部屋に入りました。


 仕事がしたいと言ったら、「どうぞ」といわれたのでパソコンの電源を入れて作業に入ると、愛羅さんと紬は横になって動画を見ながらおしゃべりしています。


 土日で作業はほとんど終わっていたので最後の調整をするだけです。目を閉じて楽曲を最初から再生し、違和感がある所を見つけ出してチェックしていく。いくつか見つかったので、わずかに音程を調整していきました。


 多分、この調整はほとんどの人は気づかないでしょう。

 しなくても作品全体のクオリティは大きく変わりません。


 それでも、白い服に付いた小さいシミのように気になってしまうので、自己満足だと思いつつも繰り返し何度も調整していきます。


 集中しすぎたようで、気がついたら外は真っ暗。ずっと二人を放置していたことになりますね……。


 全ての作業が終わってヘッドホンを外して後ろを見ると、二人が画面をのぞき込んでいました。


「これが麻衣の言ってたMIXってやつ?」

「うん」


 紬が興味を持つなんて珍しい。パソコンは難しくてわからないといって、画面すら見ないのに。何か意識が変わったのでしょうか。


「完成前と後の音、聞いてもいい?」

「あたしも、それ気になってたっ! 聞かせてっ!!」


 ずっと目をキラキラさせていた愛羅さんが我慢できないッといった様子で、私の手を握りました。なんというか、生きるパワーが凄い。強い。好きなことは好きとハッキリいえるタイプなので、少し羨ましいです。


 お義兄さんの声が好きだから毎日聞かせてください、録音させてください、このセリフを言ってください……遠慮なくお願いできるメンタルがあったらよかったなぁ。


 絶対に引かれるから一生、そんなこと口にしないと思いますけど。


「いいよ。音を流す準備をするからちょっと待ってて」


 後ろで期待している二人を見つつ、音の出力先をヘッドホンからスピーカーに変えます。モニターについている標準のものなので音質は悪いのですが、細かい音の比較をするわけではないので問題はないでしょう。


「最初は音を合わせただけの音を流すね」


 歌声と音源をあわせただけの音を流しました。これがMIX前の状態で、音に一体感がありません。普段聞いている音楽から大きく違うので、二人にも違和感は伝わったようでした。


「歌は上手いんだけど、しょぼいね?」

「うん。紬の言うとおり安っぽい感じがする」


 その感想は正しいです。世の中に流れている音楽は一流の人たちが手がけたものばかりなので、こんなバラバラな音なんて絶対に出てきません。


 皆が知っている音楽は、一流のフレンチみたいなものなんです。


 そういった完成品に食べ慣れいるので、素材をそのまま出されても微妙だと思ってしまうのは当然ですね。


「次はMIX後の音を流すから」


 マウスを操作して、ポチポチとクリック。完成したばかりの音楽を流しました。


「えーーーっ! 全然違うっ!!」


 開始数秒で愛羅さんが驚いた声を上げました。紬は口には出さないものの似たような反応をしています。


「なんで、あんなに変わんの!? マジすごくないっ? どうやってるのっっ!」


 音楽を流している途中に質問されてしまいました。

 本当は最後まで聞いて欲しいんですが、それは私のワガママなんでしょう。


「どうやっているって、音圧や音程の調整とかかな?」

「音程ってっ! 歌をうまくすることも出来るのっ!?」

「限度はあるけどね。多少音程を外してても調整はできるよ」

「すっっっごーーい!」


 驚くほど愛羅さんが褒めてくれました。

 勢いに押されて元気な紬が黙ったままなほどです。


「ヘッドホンで聞き比べしていい?」

「うん。じゃあ椅子に座って」


 音の出力先をスピーカからヘッドホンに変えてから立ち上がると、愛羅さんに座ってもらいました。


 先ほどとは違って黙ったまま音楽を聴き始めます。一回で終わると思ったんですが、MIX前と後の音楽を繰り返し聞いています。すごく真剣な顔だったので隣にいる紬と黙って見ることにしました。


 時間にして数分だったと思いますが、ようやく愛羅さんがヘッドホンを外します。


「すごい……あたしが聞いている音楽って、こういう風に作られてるんだ」


 立ち上がって、また私の手を取る。愛羅さんの顔が目の前にきました。


「麻衣はすごーーいね!! 友達になれて良かったっ!!」


 ぇえ!! もう友達になったの!? 私の中ではまだちょっと仲の良い知り合いぐらいだったんですが、愛羅さんの基準だと違うみたいです。紬はどう思っているのか気になって見ます。


「だよねー!」


 と言って急に抱き着いてきました。勢いに負けて三人ともベッドの上に倒れてしまいます。何がおかしいのかわからないけど、愛羅さんが笑い始めて、つられて紬、そして私まで笑ってしまいました。


 その後はベッドに横になりながらお互いのことを話し合うと、愛羅さんの事情が少しだけ判明します。実は歌うのが好きらしくボイストレーニングに通っているそうです。そんなこともあってか、私のMIXに感動したと、熱く語ってくれます。


 見た目からして私と正反対のタイプだったので仲良くなれるか不安だったんですが、音楽が好きという共通点が見つかってぐっと心が近づいた気かな。


 今なら私も愛羅さんのことを友達と言える自信があります。


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