第29話教えてあげなーい!

 俺の仕事は既に終わって、リビングで横になりながらスマホをいじっている。そろそろ友達は帰った方がいいんじゃないかな。そう思ってチャットを送ろうとしたら、麻衣の部屋からドアの開く音が聞こえた。


 体を持ち上げて見ると、紬と愛羅が帰ろうとしていた。


 立ち上がって三人に近づく。


「おじゃましましたーーーっ!」

「あ、お義兄さんお邪魔しました」


 俺の姿にいち早く気づいた愛羅が口を開いてから、少し遅れて紬も続いた。無視は良くないので、軽く手を振って答える。


 見送るために麻衣と一緒に玄関まで移動すると、靴を履いている姿を見ながら声をかける。


「外は暗いから気をつけてね」

「「はーい!」」


 二人は元気よく返事をすると、麻衣にまた明日学校で会おうねと言って、去ってしまった。


 ドアが閉まって二人だけになる。


「……楽しかった?」

「はい。新しい友だちと音楽の話で盛り上がれました」


 嬉しそうに話す麻衣は、本心を言っているように思えた。


 見た目は正反対のギャルとも友達になって、高校生活が順調に進んでいることに安堵する。あとは勉強をしっかりしてくれれば両親にもよい報告が出来るんだけど。MIXの仕事が忙しいらしいので少し心配だ。


 高校だと俺のレベルでは教えられないことの方が多いので、成績が落ちるようなら塾に通わせるのもありだろ。


「お義兄さん、どうしました?」


 無意識のうちに麻衣の顔をじっと見ていたようで、首をかしげて質問された。


 しばらくは新しい環境に慣れることを優先して欲しいので、今後の話は後にするべきか。


「ご飯食べる?」


 と、誤魔化すことにした。


「食べます! 今日は何ですか?」

「ピザだよ。もうすぐ届くみたいだから飲み物を用意して待ってよう」


 仕事が忙しかったので料理をする暇がなく、今日はスマホで注文していた。


 毎日ご飯を作っている人は凄いなと思いながら、麻衣と一緒にリビングでピザの到着を待つことにする。


◇ ◇ ◇


 晩ご飯を食べ終わって麻衣が先にお風呂に入っている。長風呂するタイプらしく湯船につかってゆっくりしているようだ。時折、機嫌良さそうな歌声が聞こえてくる。


 スマホでSNSを見ているとチャットが送られてきた。相手はレイチェルだ。連絡することなかったので忘れていたけど、フレンドのままだったな。


 アプリを立ち上げてメッセージを読む。


『義妹に手を出したらダメだよ』


 何を言ってるんだ……?


 俺が手を出すような男に見えるのか? もう少し元彼を信じろよ。


『するはずがない』

『優希からはないかもね。でも、迫られたら危ないんじゃない?』


 馬鹿馬鹿しい。麻衣はそんなことしないだろ。女子高生になったばかりだし、MIXという新しい仕事に夢中なんだ。俺みたいなおじさんに興味を持つなんてありえない。いや、その前に家族を襲おうなんて思うはずがないのだ。


『そっちの方がもっとあり得ないだろ』


 すぐに返信が来るかと思ったけど、しばらく間があってから意味深な内容だが来た。


『そういうとこ、あったよね』


 何が言いたいんだ。一人だけ納得していないで俺にも教えてくれ。気になって仕方がない。


『どういうこと?』

『教えてあげなーい!』


 正直、イラっとしてしまった。


 画面の向こう側にいるレイチェルが、悪戯な笑みを浮かべているのが容易に想像がつく。数年ほど連絡を取っていなかったので、少しは変わっていたかなと思っていたけど、そんなことはない。人間の本質など簡単には代わらないのだ。


 麻衣だけでなく俺までも振り回すつもりのように思えた。


『なら変なことを言うなよ』

『えー、だって気づいてないとは思わなかったんだもん!』

『気づいてないって?』

『ひみつー! 自分で気づくことに価値があるんだよ!』


 レイチェルだけが気づいて俺が見落としていることとはなんだ?


 スマホをテーブルに置いて考えてみたけど思い浮かばない。

 出会ったばかりのレイチェルより俺の方が麻衣のことをよく知っているはずなので、勘違している可能性の方が高いだろう。


「お義兄さん、お風呂空きましたよ」


 無駄な会話に付き合っている間に、麻衣は風呂から上がったようだ。


 後ろを見るとダボダボのパジャマを着て、濡れた髪をタオルで叩いて乾かしている姿が見えた。麻衣はゆっくり歩くと、無防備にも密着するような距離で隣に座る。リンスの香りがこっちまで漂ってきて、


 先ほどレイチェルと会話した内容を思いだしたが、やはり義妹という存在に手を出すなんてあり得ない。確かに麻衣は可愛いが、それが即、女性として見ることにはつながらない。どこまで行っても守る存在であり、義妹なのは変わらないのだ。


「今度は俺が入ってくるね」


 立ち上がると麻衣が少し寂しそうな顔をした。


 そうやって甘えるような仕草をされてしまうと、義妹が出来て良かったと思ってしまう。一人っ子だったので、密かにこういったシチュエーションに憧れていたのだ。


「すぐ戻ってくるよ」


 軽く肩を叩いてから風呂場に向かう。

 上がったらまた一緒にアイスを食べよう。そんなことを考えていた。


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