第27話ただいまー

 仕事をしているとデスクに置いていたスマホが震えた。

 通知を見る。麻衣からチャットがきたみたいだ。


 丁度、休憩したいと思っていたところなので、スマホを持つとチャットアプリを立ち上げた。


「友達を二人連れて家に来る、か」


 これはマズイ。来客がないと思ってパジャマのまま仕事してたし、髭も剃っていない。さらには家も散らかっている。駅前のクレープ屋にいると書いてあったので、恐らく早ければ二十分後ぐらいにここに着くだろう。


 急がなければ!


 麻衣の義兄として相応しい姿になるべく、歯を磨いて髭を剃る。顔を洗ってから打ち合わせに使っているシャツとジャケットに着替えた。これで社会人っぽく見えるだろうか? 鏡を見て姿をチェックしてから、シンクに溜まっていた皿を洗って、トイレを綺麗に掃除する。余計な荷物は俺の部屋に押し込んだ。


 ピンポーン。


 休む暇もなくインターホンが鳴った。ギリギリセーフ、間に合ったようだ。本当は掃除機もかけたかったけど、諦めるしかない。慌てて掃除したなんて印象を麻衣の友達に持たれたくないからね。


「はーい。開けるね」


 壁に設置されているモニターには麻衣の顔が写っていたので、自動ドアの解錠ボタンを押す。あと一分でここまで来るはずだ。最後に冷蔵庫にジュースがあることを確認してから、玄関の前に行く。


「ただいまー」


 ガチャリと音を立ててドアが開くと麻衣が入ってくる。その後ろには紬ちゃんと……金髪のギャル? がいた。麻衣とは正反対のタイプなので驚いて固まっていると、二人は挨拶をしてくれる。


「お久しぶりです! 遊びに来ちゃいました」

「ヤバ、麻衣のお義兄さんイケメンっっ!! じゃなくて、初めまして愛羅です! おじゃまします!」


 なんか聞いてはいけない本音が漏れていたようだど、気にしたら負けだ。そういう子だと思って接すればよいだろう。ちゃんと挨拶が出来ているし悪い子ではなさそうだ。


「いらっしゃい。麻衣の友達なら歓迎だよ」


 笑顔で迎えてからスリッパを置くとリビングに戻る。台所に行くと麻衣、紬ちゃん、愛羅ちゃんの順で入ってきた。


「部屋広っ! 綺麗っ! 羨ましいんだけどっっ!!」


 紬ちゃんは元気だなと思ったいたけど、愛羅ちゃんはそれ以上だ。感情表現が大げさというか、些細なことでも感動できる体質なのかわからないけど、部屋に入っただけでここまで喜ぶとは思わなかった。


「ね! 私の家より綺麗!」


 そういえば紬ちゃんも家に入るのは初めてだったな。愛羅ちゃんと二人で感想を言い合っている。そんな友達を眺めつつ、麻衣が俺の隣に来た。


 何のお願いをしに来たのか分かっているので、先に伝える。


「ジュースとお菓子があるから用意しようか」

「ありがとうございます」


 冷蔵庫からリンゴジュースの紙パックを出している間に、麻衣がガラスコップを三つ取り出して氷を入れる。カランという音が聞こえたのか、はしゃいでいた二人が俺たちを見た。


「ジュースを用意するから少し待っててね」

「おもてなしありがとうございますっっ!!」


 愛羅ちゃん喜びながら返事をしている間に、ガラスコップにジュースを注いでいく。作業が終わるとトレーに乗せて麻衣に渡した。


「俺は部屋に戻っているから、何かあったら言ってね」

「はい」


 素直に返事をした麻衣に笑顔を向けてから、リビングにいる二人に軽く手を振って部屋に戻った。ドアを完全に閉めても話し声は薄らと聞こえる状況だ。


「イケボ過ぎてビックリなんだけどっ!」


 俺を話題にするような話が聞こえてくる。悪口を言われているわけではないのでいいんだけど、恥ずかしい。しかも麻衣は止めるどころか、俺の話を盛り上げていくので止まらない。


 親父と二人で暮らしていた期間が長かったので、家の中で女子会が開催されるとは思わなかった。数ヶ月前の俺に言っても信用しないだろうな。


 さて、今日やらなければいけない仕事は残っているので、そろそろ集中するか。


 ヘッドホンを頭につけると雨が降っているだけの環境音を流す。ノイズキャンセリング機能が付いていることもあり、パソコンから発する音や麻衣たちの声は聞こえなくなった。


 ディスプレイを見ると、他人が描いたソースコードを読み解きながら追加機能に必要な情報を追加していく。タイピングの音さえほとんど聞こえない集中出来る環境なので、他のことを忘れて目の前のことだけしか考えずに済む。


 予定通りに機能を実装して手元の環境で一通りの動作検証を行い、他のエンジニアにソースコードのチェックを依頼した。これで今日の仕事終わりだ。


 ソースコードのチェックとデバッグが終われば、今回のプロジェクトは終了となって月末にお金が振り込まれる。フリーで活動しているため、職場が毎回変わって同僚などと仲の良い人は少ない。その分嫌な仕事は受けないという選択が取れるので、俺の性格にはあっているだろう。


「もう19:00過ぎか」


 周囲は暗くなって、そろそろ晩ご飯の用意をしなければいけない時間だ。ヘッドホンを外すと、隣の部屋から声が聞こえる。喋っている内容はわからないけど、麻衣の友達はまだいるようだった。


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