第24話紬、おはよう
楽しい土日を過ごした月曜日の朝、私は新しい制服を着て玄関で靴を履く。入学式も終わったので、今日から授業が始まるのです。
「行ってきます」
「気をつけてね~」
お義兄さんの素敵な声を聞いてから家を出ると、最寄りのバス停で時間になるのを待つ。中学生の時は歩いて通っていたので、乗り物で通学するというだけでなんだか大人になった気がしました。
バスが来たので乗ると、スーツを着たサラリーマンや私と同じように制服を着ている高校生が多く席は空いていません。椅子の近くにある手すりを掴んで立ったまま外を眺めていると、バスが走り出して景色が変わっていきます。
車内は誰も喋ってませんが、エンジン音や咳の音、対向車の音などが聞こえてきます。
普通の人にとっては気にならない音みたいですが、私は非常に不快感を覚えます。こんなノイズだらけの世界に無防備に生きていける人たちが羨ましい……。初めての通勤だったので我慢しようと思っていたのですが、そろそろ限界が来そうで頭がクラクラとしてきました。
このままだと倒れてしまうので、昔から使っているイヤホンを耳につけると、魔法のように周囲の音がフッと消えてしまう。そんな感覚です。ノイズキャンセリングの効果が発揮してくれたおかげで、不快な音をする世界から解放されました。
スマホから毎日聞いている音を流す。
『愛しているよ』
お義兄さんの声だ。安心する。あの時、愛しているゲームをして本当に良かった。ノイズで傷ついた脳が癒やされていく。絶対、健康にいいし、きっと頭も良くなるはず。だってこんなにも私を幸せな気持ちにしてくるのだから。
別の声が聞きたくなって『お義兄さんのボイス集』から、いくつか選んでいるとバスが止まった。あっという間に駅前に着いちゃったみたい。
他の人と一緒にバスから降りて、改札を通って電車に乗る。
お義兄さんと一緒に行った思い出でに浸りながら学校前の駅に降りました。
「麻衣~~!」
ノイズキャンセリングを突き破って紬の声が。
後ろを向くと元気よく走りながら手を振っている彼女が見えました。
「紬、おはよう」
「おはよう!」
朝から元気が良くて少し羨ましいな。私は音のことがあって外にいるときはいつも苦痛で、家でもお義兄さんの声が聞こえないと不安になるし、紬みたいに心の底から元気ですって態度はどうしてもできません。
一緒に改札を出て学校までの通路を歩くと、私と同じ制服を着た人が一気に増えました。また同時に雑音も増えたと思うけど、イヤホンをつけたままだったので、このままでも大丈夫。近くにいる紬の声だけが聞こえます。
「学校終わったら、クレープでも食べに行かない? 買い食いってのをやってみたいんだよね!」
制服を着たまま買い食いをするのは、高校生になったらやりたいことリストに入っていたので紬の提案には賛成かな。お義兄さん経由でお母さんからお小遣いをもらっているし、クレープを食べに行く余裕ぐらいはあります。
「行く~」
「お、いいね! その後にカラオケにも行ってみたいんだけど、どう?」
「うーーん……MIXのお仕事が残っているから、カラオケには行けないかな」
本当は行きたかったけど音源を待っている人がいるので、仕事も大事です。
「えー。サボっちゃわない?」
「信頼に関わるから難しいよ~」
「そっかぁ。麻衣はダメかぁ。じゃあ夜までどうやって時間潰そうかな」
「……何かあったの?」
「ちょっとね。今日はあまり帰りたくないんだ」
昔から紬は夜まで時間を潰したいということが何度かあったのを思い出す。今まで深く聞いたことがなかったけど、家族と仲が悪いから家に帰りたくないのかなって予想しています。
なんとなくこのまま、帰したらいけない気が……。
「もし暇だったら私の部屋で漫画でも読む?」
「え、いいの!?」
「うん。MIXしているからお話は出来ないけど、それでよければ」
「行く! 麻衣ありがとー!」
笑顔の紬に抱きしめられてしまいました。その行動がレイチェルさんを思い出させて、心の中がなんだかモヤモヤする。あの人、美人だったなぁ。
「お菓子とジュースいっぱい買って行くね!」
「もしかして、夜ご飯はにするつもり?」
抱き着いていた体を離すと紬の目を見ます。気まずいのか右に動いて視線を外されてしまいました。
「健康に悪いよ。夜は出前を頼んで良いかお義兄さんに聞いてみるね」
きっとお義兄さんなら良いよと言ってくれると思いますが、念のため確認は必要です。
「いいの? ありがとー!」
早めに連絡した方が良いのでスマホを取り出してチャットを送ろうとしたら、また紬に抱きしめられてしまいました。
さっきから足は止まっていて周りに見られてて恥ずかしいよ……。それにずっとこのままじゃお義兄さんに話せないし、学校に着かない。紬、早く落ち着いてくれないかなぁ。
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