第24話め、目がしみます~

 料理教室でから帰る途中、スーパーで大量の食材や調味料を購入した。


 麻衣と話し合って、紬とのお泊まり会が始まるまで、麻衣も家で料理をすると決めたのだ。教室を通うだけでは時間が足りないので、自習をする予定だった。


 二人で作った手料理を紬に振る舞う。その時、彼女がどんな顔をするのか今から楽しみだ。




「め、目がしみます~」


 玉ねぎを切っていた麻衣が包丁を置いて目をこすっていた。

 あれは痛いんだよね。わかるよ。


 俺の方が料理経験は長いのでちょっとしたコツは知っている。麻衣の目が落ち着いたのを確認してから、包丁を手に取る。


「見ててごらん」


 麻衣が俺の真後ろにいるのを感じながら玉ねぎを左手で優しく触り、包丁を当てる。上から下に押すのではなく前に出すようにして切ると、目の痛みは感じずに切れた。


「押しつぶそうとするから汁が飛ぶんだよ。こうやって、スーッと切ると大丈夫」


 昔、玉ねぎに苦しめられたときにネットで調べて手に入れた知識を披露すると、麻衣のは尊敬の眼差しで見る。


「お義兄さんは何でも知ってるんですね。凄いです……」


 可愛い義妹に褒められて嫌な気はしない。少し調子に乗ってしまう。


「麻衣ちゃんもすぐに出来るようになるよ。教えてあげるね」

「お願いします!」


 麻衣に包丁を渡すと、俺は後ろに回って抱き着くようにして両手を触る。


「包丁の先端を玉ねぎにつけて……」

「……ぁ、んっっ」


 耳元で囁くと麻衣の顔が一気に赤くなった。力が抜けたのか、膝から崩れ落ちそうになる。運良く包丁はまな板の上に置かれたままだ。


 慌てて抱きしめて意識を確認する。目がうつろで息が荒い。意識が混濁しているかもしれない。こういうとき、ドラマでは耳元で話しかけていたから、俺もやってみよう。


「麻衣ちゃん。どうしたの? 大丈夫? 俺の声聞こえてる?」

「んんっ……はあ……はあ……」

 

 なぜか余計に息が荒くなった。麻衣の目がゆっくりと動いて俺を見るが、焦点は合っていないようだ。口から涎も出ていて不定期に痙攣しているようにも見える。


「お義兄さん……これ以上は……ダメっ…………」

「何がダメなんだ? 病院に行くか?」


 料理教室の時も具合が悪そうにしていたときがあった。やはり麻衣は病弱なのかもしれない。もしくは、最近になって大きな病を抱えた可能性もある。せっかく家族になったのに、こんなことで終わってしまうのは嫌だ。


 抱きかかえてソファーの上に麻衣を置くとポケットからスマホを取り出す。ええっと、救急車を呼ぶには何番だっけ、110は警察で、あ、そうだ119だ!


 混乱していると普段ならすぐに思い出せることにも時間がかかってしまう。ようやく連絡先を思い出すと、ボタンをタップした。後は通話ボタンを押すだけだ。


「お義兄さん、本当に大丈夫です。貧血なだけですから」


 痙攣は治まったようで、ゆっくりと体を起こした麻衣は俺をじっと見る。先ほどとは違って意識はしっかりしているようだ。一分程度でそんな元気になるか? と疑問に思うが、だからこそ病気でないという裏付けになるのかもしれない。


「本当に?」

「はい。義兄さんに嘘はつきません」


 ……真剣な目をしていたので、今回は俺が折れることにした。


「わかった。麻衣ちゃんの言葉を信じるよ」

「ありがとうございます」


 礼を言ってから立ち上がった麻衣は、台所へと向かった。どうやら料理を再開したいようだ。足取りはしっかりとしているので問題はないだろう。


「玉ねぎの切り方は覚えたので、お義兄さんは見ているだけで大丈夫です」


 自信ありげに言った通り、麻衣は危なげなく包丁を動かしていく。泣き出すことはない。ちゃんと押しつぶさないで切れているようだ。物覚えが早いなと感心していたら、すぐにみじん切りとなった。


「上手になったね」

「お義兄さんのアドバイスが良かったんです」


 そうか? 思いつつ、曖昧な笑みを浮かべながら麻衣が残りの材料をカットするのを見届ける。


 全ての準備が終わると麻衣は玉ねぎと一緒に炒め、さらに炊いた米やケチャップ、調味料を入れていくとチキンチャーハンが完成した。お皿に盛り付けてから、最後に卵焼きをのせるとオムレツに様変わりする……したよな?


 見た目はあまり良くないが、麻衣が作ったんだからきっと美味しいだろう。そう思いながら麻衣と一緒にテーブルに運んでいく。飲み物やスプーンを置いてから、お互いに向き合う形で座った。


「匂いはいいですね」


 麻衣の言葉にうなずいて同意すると、二人で「いただきます」と言ってから卵とライスをスプーンにのせて口に入れた。


 ……味が薄い。炒め方が足りなかったのか、玉ねぎを噛むとシャキシャキ音がなる。美味くはないな。


 麻衣を見ると微妙そうな表情をしていたので、俺と同じ感想を持っていそうだ。


「次はもっと美味しく作ろう」

「はい……」


 麻衣の返事に力はなかった。想像していた以上にガッカリしていているようなので、後でアイスを買ってご機嫌を取ろう。自然と甘やかす思考が働いてしまった。

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