第21話お義兄さん……
少し失敗してしまったオムレツを食べ終わった後、お義兄さんと一緒にお皿を洗ってから部屋に戻ってきました。
制作者と購入者を仲介するサイトで試しに2000円でMIXの仕事を募集したら、サンプル音源を聞いて気に入ってくれた方が何名か仕事を依頼してくれたので、これからお仕事をする予定です。
パソコンの電源を入れて音の編集アプリを立ち上げ、ヘッドホンをつけて作りかけだったMIXの制作に入ろうとして……手が止まりました。
思い出すのは耳元で囁かれたお義兄さんの声。
耳が敏感な私は、今日は二回、意識が飛んでしまうほどの衝撃を受けたのです。どうしてもあの声で囁かれると、抵抗できません。体中に電撃が走ったような感覚になり、火照って意識が曖昧になってしまうんです。
残念ながら今回はスマホで録音することは出来ませんでしたが、お義兄さんが持つ神の声は目を閉じれば、脳内で何回もリピートできます。
「あぁっ……」
ただの妄想だったのにもかかわらず、思わず声が漏れてしまうほどの衝撃が全身を駆け巡りました。早く仕事をしなければいけないのに、別の音を聞くべきではないと脳が拒否します。……仕方がありません。興奮が落ち着くまで、椅子の背もたれに体重を預けて今日のことを振り返りたいと思います。
一番の衝撃だったのはお義兄さんの元カノであるレイチェルさんと出会ったことです。
お義兄さんは神の声を持っているので彼女の一人や二人いても不思議ではないのですが、何故か胸が苦しくなるほどの痛みを感じました。レイチェルさんを見るのが辛くて、最初はお義兄さんの後ろに隠れてしまうほどだったんです。
でもレチェルさんは、そんな気持ちなんて知らずにグイグイと私を引っ張って、ついにはチャットのIDを交換する関係になってしまいました。
と、そんなことを考えていると、ブルブルとスマホの振動を感じたのでディスプレイを見る。レイチェルさんから連絡が来ていました。
「タイミング……バッチリですね。私の脳内をのぞき見してるのでしょうか」
そんなバカなもう妄想を口に出してから、内容を読んでみます。
『今日は体験にさんかしてくれてありがとう! 優希のことで悩みがあったら相談に乗ってあげるからね! これからも仲良くしよっ!』
正直に告白します。少しイラッとしました。
私よりお義兄さんを知っていると、マウントを取りたいのでしょうか。確かに過ごした時間はレイチェルさんの方が長いかもしれませんが、密度は私の方が濃い自信はあります。
それとも義妹の私を攻略して、またお義兄さんと付き合おうと考えているのでしょうか? もしそうなったら、私と過ごしてくれる時間が減ってしまいます。それは神の声を聞くチャンスが減ることにつながるので許せない――いえ、落ち着きましょう。これは良くない思考です。
私にとってお義兄さんは唯一無二の声を持った素敵な方ですが、逆にお義兄さんにとって私は、ただの義妹でしかありません。いや、最近家族になったばかりの他人と言ってもいいでしょう。
そんな私がお義兄さんの交友関係に口を出す権利なんてないんです。誰と付き合おうがお義兄さんの自由ですし、それで私と過ごす時間が減っても仕方がないこと。これは事実で、当たり前のことなんですが、イライラしてしかたがりません。
いった、私はどうしてしまったんでしょうか。今までそんな気持ちを持った事なんてなかったのに……。
気持ちが落ち着くどころか別の意味で興奮が高まってきました。これじゃ、仕事に集中出来ない。お義兄さんの声が無性に聞きたくなってきました。録音した声でもいいのですが、今は温かみのある生の声が聞きたい。
リビングから音が聞こえるので、部屋に戻っていないはず。お義兄さんと少しだけおしゃべりする権利ぐらい、新米の義妹にも権利はあるかな? うん、きっとあります。
結局使わなかったヘッドホンを頭から外すと、近くに置いてあった鏡で髪を整えてからリビングに戻る。予想通り、テレビを使って録画していたお笑い番組を見ていました。
「お義兄さん……」
「なんだい?」
停止ボタンを押して私を見てくれます。今、この部屋には余計な音はありません。二人の声が聞こえるだけ。
「甘いの食べたくないですか?」
「いいね。確か、アイスの買い置きがあったよね」
ああ、神の声を独占できるなんて、なんて贅沢なんでしょう。
「はい。一緒に食べてくれませんか?」
「そうしようか。じゃあ、持ってくるね」
やっぱりダメ。独り占めしたい。
優しいお義兄さんが冷蔵庫に向かう背中を見ながら、私の心は悪魔の囁きに負けてしまいました。
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